映画『アフター・ザ・ハント』の考察・レビュー。#MeToo時代の真実、権力、世代間ギャップを描く心理スリラーを、ルカ・グァダニーノの演出とテーマ性から徹底解説!
静かな大学町を舞台に、#MeToo以降の世界において揺らぐ「真実」と「権力」の構造を鋭く見つめる映画『アフター・ザ・ハント』は『君の名前で僕を呼んで』、『チャレンジャーズ』のルカ・グァダニーノ監督の最新作。ジュリア・ロバーツの新境地ともいうべき鬼気迫る演技が光る注目の作品だ。
ジュリア・ロバーツが演じるのは周りから一目置かれる哲学部の教授。告発される助教授ハンクを「アメイジング・スパイダーマン」シリーズや『アンダー・ザ・シルバーレイク』のアンドリュー・ガーフィールド、告発する大学院生マギーを人気ドラマ『一流シェフのファミリーレストラン』、映画『ボトムス 最底で最強?な私たち』のアヨ・エデビリがそれぞれ演じ、観客を倫理の迷宮へと引き込んでいく。
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本稿では、作品の核心に迫り、世代間ギャップやキャンセル・カルチャーが物語に与える影響を読み解く。
映画『アフター・ザ・ハント』はAmazon Prime Videoにて2025年11月20日(木)より配信中。
目次
映画『アフター・ザ・ハント』あらすじ

(C)Amazon MGM Studios
名門イェール大学の哲学部教授、アルマ(ジュリア・ロバーツ)は、ある日、博士課程の優秀な黒人女学生でクィアのマギーの訪問を受ける。彼女はアルマの同僚の白人男性教授ハンクから性的暴行を受けたと告白し、アルマを驚かせる。
ハンクはアルマの良き友人で、彼自身はその疑惑を否定。マギーの論文が盗作であることを追求したために自分を陥れようとしているのだと主張する。
マギーとハンクの両方から証人になってほしいと頼まれたアルマは板挟みで悩むことになるが、アルマを崇拝していたマギーは、当然味方になってくれると思っていたアルマの反応がひどく冷たいことにショックを受け、告発を決意。告発を受けた大学は即時にハンクを解雇する。
事態はそれでは収まらず、マギーはマスコミの取材を受け、問題は世間に知られることに。このスキャンダルをきっかけに、アルマ自身の過去の秘密が掘り起こされ、彼女の公的な地位に危機が訪れる・・・。
映画『アフター・ザ・ハント』感想と解説
#MeToo時代の「真実」をめぐる物語

(C)Amazon MGM Studios
映画『アフター・ザ・ハント』は、オープニングクレジットからして挑発的な姿勢を隠そうとしない。ウディ・アレン作品を露骨に模倣したスタイルは、本作が不安定な領域を大胆に歩む映画であることを早々に宣言している。
時計のチクタク音のような不安を煽る音響で映画は始まる。それは登場人物たちが直面する厳しい試練、すなわち「爆弾」の存在を暗示しているのだ。
舞台となるコネチカット州ニューヘイブンの大学町には、グァダニーノが得意とする洗練と秘密めいた気配が漂っている。私たちはすぐに、著名な哲学者アルマ(ジュリア・ロバーツ)の格調高い日常へと引き込まれる。
アルマは、同僚の白人男性助教授ハンク(アンドリュー・ガーフィールド)と厚い友情を築き、博士課程のクィアの黒人女学生マギーからは崇拝されている。学者として脂の乗り切った彼女にとって唯一の不安は大学の終身在職権を得ることができるかということだ。彼女の長年の鍛錬と苦労が報われるまであともう少しだ。
しかし、アルマの自宅にマギーが訪ねて来て、ハンクから性的暴行を受けたと打ち明けた瞬間、物語は別相を見せる。
ハンクもマギーも、アルマに“自分に都合の良い証言”を求め、アルマは板挟みになってしまう。彼女は被害者でも加害者でもない第三者なのだが、この出来事によって自らの過去の秘密と立場の危うさに追い詰められていくのだ。
アルマから当然助けを得られると考えていたマギーは予期せぬ冷淡な反応にショックを受け、告発へと踏み切る決心をする。マギーの告発は二人の関係に決定的な陰を落とし、大学とメディアを巻き込む騒動へと発展していく。
作品が照らす「世代間の断絶」

(C)Amazon MGM Studios
当初、物語は、誰が真実を語り、誰が何を隠しているのかという対立構造へと進んで行くかに見えたが、やがてそこから逸脱し、グァダニーノ監督は、世代間の確執に焦点を当ててみせる。
X世代のアルマ、ミレニアル世代のハンク、そしてZ世代のマギーという三者の間に横たわる断絶は、単なる個性の衝突ではなく、倫理観のアップデートの速度と方向性の違いを表している。
アルマは自身の過去の痛ましい経験ゆえにマギーを傷つけまいとするが、Z世代のマギーにはその姿勢は「不十分」で「共犯的」に映る。男性社会で時に自らの心を殺して地位を築いてきたアルマと、完璧な世界を求めるマギーの衝突は、現代社会が抱える構造的な亀裂を照らし出しているといえるだろう。
マギーの告白を聞いた時、アルマは本当にマギーのことだけを考えたのだろうか。終身在職権の取得に影響があるのではとひるんだのではないか。その後、最初の冷淡な反応を挽回しようと試みたのは、マギーの実家が裕福で大学に多額の寄付をしていることと関係はないのだろうか。
一連の事柄に対するアルマの態度から見えてくるのは、彼女の「権力」への執着である。彼女は、権力、キャリア、そしてこれまで築き上げてきたすべてを失うことを恐れており、現実から目をそらし、判断を誤り、「狩の餌食」となってしまう。それはある意味、実に人間的な愚かさであり、そこにはタブロイド紙がまき散らす記事などでは到底図りえない、複雑な事情と感情が隠されているのだ。
『アフター・ザ・ハント』が投げかける問い

(C)Amazon MGM Studios
グァダニーノ作品の常連であるトレント・レズナーとアティカス・ロスが今作でも音楽を手掛け、ピアノの旋律がアルマの緊迫した心理状態を鮮やかに可視化し、ジュリア・ロバーツが、彼女のキャリアの中でも最も共感の難しい役柄を圧倒的な説得力で体現している。
また、俳優たちに極端に寄ったカメラによるクローズアップの切り返しや、キャラクターが語る際、無意識に動く手元に焦点を当てたショットがしばしば登場するなど、人間が抱え込む感情の微細な震えを映画は様々な角度から捉えようとしている。
終始張り詰めた空気が続く物語の中で、アルマの夫フレデリック(マイケル・スタールバーグ)の存在は唯一の希望である。
終盤、フレデリックが病院のベッドで横たわるアルマに語りかける場面は、『君の名前で僕を呼んで』の名高い父親の語りを思い出させる(演じたのもマイケル・スタルバーグである!)。
アルマはそんな彼の言葉を聞いても顔をそむけてしまうのだが、5年後のエピローグでは、二人はまだ共に暮らしていることが明かされる。あの時、彼がこの言葉を伝えたからこそ、二人はまだ一緒に暮らしているのだろう。
『アフター・ザ・ハント』は心理スリラーと銘打たれているが、実際、本作が描いているのは「他者の真実は決して完全には知りえない」という根源的な真理だ。
キャンセル・カルチャーが最高潮に達した2019年を舞台に、本作が訴えているのは、#MeToo運動の意義の否定ではない。ソーシャルメディアによって慣らされて来た二元論的な考えに収まらない思考の領域へ踏み出し、より深い理解と柔軟な思考を求めているのだ。映画を見終える頃には、誰もが自分自身の“解釈”という名の迷宮を歩いたことに気づくはずだ。
映画『アフター・ザ・ハント』作品基本情報
日本語タイトル:アフター・ザ・ハント
原題:After the Hunt
監督:ルカ・グァダニーノ
脚本:ノラ・ギャレット
撮影:マリク・ハッサン・サイード
音楽:トレント・レズナー、アティカス・ロス
ジャンル:心理スリラー
主なキャスト:
ジュリア・ロバーツ(アルマ役)
アンドリュー・ガーフィールド(ハンク役)
アヨ・エデビリ(マギー役)
マイケル・スタールバーグ(フレデリック役)
クロエ・セビニー(キム役)
製作国:アメリカ、イタリア合作
上映時間:138分
公開年:2025年
配信:Amazon Prime Video
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