ファッションコンテストに応募してチャンスをつかむ──。そう聞いて多くの人が想像するのは「腕前や才能が有名ブランドやデザイナーに認められてキャリアアップの声がかかる」といったシンデレラストーリーかもしれない。しかし実際、チャンスの形は多様だ。コンテストをきっかけに自らの得意分野に気付くかもしれないし、弱点を底上げしてオリジナルブランドを始める自信を得るかもしれない。グランプリを選出して終わりではなく、可能な限り多くのデザイナーの“卵”に向き合い、審査の段階から受賞者の個性を開花させるプログラムを組み込んだ伴走型の2つのアワードを東京都は2022年度から開催してきた。
それが、「ネクスト ファッション デザイナー オブ トウキョウ 2025(NEXT FASHION DESIGNER OF TOKYO以下、NFDT)」と「サステナブル ファッション デザイン アワード2025(SUSTAINABLE DESIGN FASION AWARD 2025以下、SFDA)」だ。「NFDT」はテーマに制限を設けず、都内在住もしくは在学中の学生を対象としたアワードで、「SFDA」は日本文化の継承を目的に、着物などの生地使用を応募要件に都内のアマチュアデザイナーを対象としたアワードになっている。
デザイン画審査による一次審査、ルック制作を通した二次審査、ファッションショー形式の最終審査を経て、大賞と優秀賞、一般人気投票で特別選抜賞を決定する。これらのプロセスで、参加者はプロによるアドバイスやワークショップを受けられるほか、ビジネス視点を養うためにマーチャンダイジングやプロモーション施策について学ぶ。
そうそうたる審査員の面々
世界で活躍するデザイナーも
左上:森永邦彦「アンリアレイジ」デザイナー、右上:高橋悠介「CFCL」クリエイティブ・ディレクター、左下:志鎌英明「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス」デザイナー、右下:石田栄莉子「マリオン ヴィンテージ」デザイナー
ファッション業界のトップランナーらと間近でコミュニケーションを取れるのが魅力だ。「NFDT」審査員には東京藝術大学の日比野克彦学長やファッションディレクターの原由美子、三越伊勢丹の伊勢丹新宿本店「リ・スタイル」バイヤーの橋本航平など、「SFDA」審査員にはLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン・ジャパン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON JAPAN以下、LVMHジャパン)のノルベール・ルレ(Norbert Leuret)社長や、デザイナーでアーティストの篠原ともえ、伊勢丹新宿本店「メンズクリエイターズ」の椋田暁バイヤーといったそうそうたる顔ぶれがそろう。
中でも、現役デザイナーとして活躍する審査員の視点からアドバイスを得られるのは、ファッションデザイナーを目指す若手にとってまたとない機会だろう。「NFDT」では森永邦彦「アンリアレイジ(ANREALAGE)」デザイナーと高橋悠介「CFCL」クリエイティブ・ディレクターが、「SFDA」では志鎌英明「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス(CHILDREN OF THE DISCORDANCE)」デザイナーと石田栄莉子「マリオン ヴィンテージ(MALION VINTAGE)」デザイナーが登場する。過去の参加者からは、これまで考えもしなかった視点からアドバイスをもらえたという感想もある。
受賞後2年のフォローアップあり
パリの展示会「トラノイ」の
関連イベントでショー開催も
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2025年1月にパリで開催したファッションショーの様子
「NFDT」のインクルーシブ部門で大賞を受賞した河村奈央子さんの作品。オリジナルブランド「クッカバラ」として発表し、その後25-26年秋冬シーズンから公式にスタートした
「SFDA」のウエア部門で大賞を受賞した成瀬擁汰さんの作品。24-25年秋冬シーズンに始めたオリジナルブランド「ニューヨータ」を、パリで開催したファッションショーでも披露した
パリで開催したファッションショーの参加者。上列一番右が成瀬さん、下列一番右が河村さん
受賞者の特典は賞金だけではない。アワードの翌1年間、同じく東京都がファッションデザイナー育成のために開催する意識啓発プログラム「ファッション デザイナーズ アクセラレーター トウキョウ(Fashion Designers Accelerator Tokyo以下、FDAT)」に参加し、セミナーやワークショップを通してファッションビジネスを学ぶ機会を得る。実践的な知識を教授するのが特徴で、例えば今年度開催のラインアップには、ファッションディレクターの英恵カイセリリオルらによる「バイヤーの考え方を知る」や、「繊研新聞」の小笠原拓郎編集委員による「パリコレ取材から見る日本人デザイナーの強みと成功の条件」、中章「アキラナカ(AKIRANAKA)」クリエイティブ・ディレクターによる「ビジネス拡大のためにやるべきこと」といった講義テーマが並ぶ。
さらに「FDAT」の翌年には、パリ・ファッション・ウイーク(Paris Fashion Week)期間中にショー形式などで作品を発表できる。1月には初年度の「NFDT」「SFDA」受賞者がパリに飛び、第一回のファッションショーをパリ旧証券取引所で実施した。
2022年度開催の「NFDT」のインクルーシブ部門で大賞を獲得してウィメンズブランド「クッカバラ(KOOKABURRA)」を立ち上げた河村奈央子さんによれば、現地の雰囲気は日本とは全く異なる盛り上がりがあったといい、「ファッションウイークをお祭りのように楽しむ空気に触れて、これがファッション本来の華やかさと軽やかさなのかもしれないと思った」。また、「あのような歴史ある会場で自分の作った服を、モデルを起用して披露することができたのは格別だった」と喜びをにじませる。
また、同年に「SFDA」のウエア部門で大賞を受賞し、現在はウィメンズブランド「ニューヨータ(NEW YOTA)」を営む成瀬擁汰さんは、「予想をはるかに超える来場者の方々にコレクションを見てもらえた。今まで経験してきたような、学校や国内コンテストのランウエイショーではなく、プロファッショナルなショーに参加できたのはとても貴重で有意義な経験だった」と振り返る。「ファッションデザイナーは自身のクリエイションの質を高めるだけでなく、それを他者に伝えるコミュニケーション能力が必要不可欠であると再認識した」とビジネスパーソンとしてのスキルについても言及した。
十人十色のキャリア開発
2023年度受賞者2人のその後は?
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末永るみえさんのバッグアクセサリーブランド「キューフロウ」。ファーストコレクションでは“東京の夜”をテーマに、バッグ4型とスモールレザーグッズ2型を発表した。
末永さんが2023年度の「SFDA」で大賞を受賞した作品「NEW Knows OLD」。着物をアップサイクルし、富士山をイメージしたシェイプのバッグを制作
立澤拓都さんは、「アンリアレイジ」2025-26年秋冬コレクションのランウエイショーの制作現場を手伝う機会を得た。パリ・ファッション・ウイークでの舞台裏の様子
立澤拓都さんは、「アンリアレイジ」2025-26年秋冬コレクションのランウエイショーの制作現場を手伝う機会を得た。パリ・ファッション・ウイークでの舞台裏の様子
立澤さんが2023年度の「NFDT」で大賞を受賞した作品「ほころび」。オーガンジーの上にパッチワークを施したり、ほつれてほころびた“ぼろ”を審美的に見せるためにパンチングを加えたりしたウエア
上述の2人ほどアワード参加から時間はたっていないものの、すでに次のステップに向けて前進している受賞者もいる。中でも、23年度「SFDA」のファッショングッズ部門で大賞を得た末永るみえさんは、25年3月にバッグ&アクセサリーブランド「キューフロウ(Q+FLOW)」を始動し、ファーストコレクションが8月から全国の百貨店やセレクトショップなどで販売されることが確定している期待の新人だ。若手のうちは著名なブランドで経験を積むことを選ぶデザイナー志望者が少なくない中、末永さんになぜ真っ先にブランド立ち上げを選んだのか尋ねると、「もちろん、ブランドや企業に就職することも視野にあったが、日本にはバッグを専門的に取り扱うファッションブランドが少なく、就職希望先があまりなかった。国内には直接的な競合他社がおらず、自分にもチャンスがあるのでは?と前向きに捉えたから」と答えてくれた。
「SFDA」応募前から起業を志してはいたが、アワード参加によって想像以上に参加者から刺激を受けたという。「基本的にブランド立ち上げは孤独な作業。同じ目標を抱く仲間や応援してくれる人、支えてくれる人とつながりを得られて心強かった」。
末永さんと同年に、「NFDT」のフリー部門で大賞に輝いた立澤拓都さんは、審査員の森永「アンリアレイジ」デザイナーと交流を深めたことで、同ブランドが3月に発表した25-26年秋冬コレクションのランウエイショーを手伝うチャンスをたぐり寄せた。「受賞後に森永さんと会い、現場で学ぶ機会がほしいと伝えた。今思えば生意気なお願いだったにもかかわらず、私の話に丁寧に耳を傾けてくれた」。アクセサリーのデザイン・制作のほか、最終仕上げやフィッティングに携わったという。パリでの現場を振り返り、「モノ作りに対するプロ意識のすさまじさを感じた。これまでもいくつか過酷なプロジェクトに関わってきたが、今回の経験はそれらと比べものにならないほど厳しかった。自分の未熟さを痛感した」と衝撃を語る。とはいえ、「全ての瞬間が楽しく、学びにあふれていて、この経験がきっと未来の自分の背中を押してくれるはず」と前向きだ。現在は、フランスのIFM(Institut Français de la Mode)に進学し、海外でのキャリアを築くことを目標に、勉学に励んでいる。「尊敬するジョン・ガリアーノ(John Galliano)がもしも別のメゾンに移ることがあれば、その動きにいち早く反応したい」。
大きなチャンスは小さな勇気から!
応募締め切りは7月18日
左から、「ネクスト ファッション デザイナー オブ トウキョウ 2025」フリー部門大賞の二宮櫻壽さん、インクルーシブ部門大賞の黒田菜々子さん、「サステナブル ファッション デザイン アワード 2025」ウエア部門大賞の野口キララさん、ファッショングッズ部門大賞の藤井大将さん
ここまでアワードの内容と魅力について概観しながら、参加者のリアルな経験談にも触れてきた。上述の受賞者らが2025年度の募集開始に際して口をそろえて言うのは、「迷っているなら応募してみよう」ということ。特に、22年度参加者の成瀬さんは、「このアワードと他の国内主要アワードの違いは、アフターサポートの手厚さにある。現在のファッション業界で活躍するにあたり、“生きた学び”を実践的に得られるし、この上ない素晴らしいチャンスをつかめる」と熱い思いを見せる。「過去の自分のように、少しでも応募するか否かで迷っている方がいるならば、応募さえすれば道は自ずと開けると伝えたい。私もまだ駆け出しの半人前だが、一緒にファッションの未来を築いていきましょう!」
大きなチャンスは、小さく見える一歩からつかみ取るもの。今年度の募集締め切りは例年より2カ月ほど早い7月18日。自分でも想像しないようなダイナミックな未来に向け、動き出してみてはいかがだろうか。
問い合わせ先
Next Fashion Designer of Tokyo 2026 事務局
Sustainable Fashion Design Award 2026 事務局