世界映画史に輝く名作「東京物語」について解説しています。【ネタバレあり】

皆さんこんにちは懐かしほが名作シアへ ようこそコメンテーターの緑亀です今日は 日本を代表するや世界を代表する名作東京 物語ですこれは名称小安次郎監督の代表作 です ね2009年キネマ順法90周年記念企画 日本外国映画オールタイムベスト10で第 1位2012年イギリスの映画研究所 サイト&サウンド氏の映画監督が選ぶ映画 市場最高の作品ベスト店で第1位と時代 国境を超えて愛されている評価されている 作品 ですこれは初先輩型が色々なところで作品 のテーマであるとか監督の演出方法などに ついて様々な解説レビューをやっ てらっしゃいますのでこの動画では1映画 ファンである私が自分の体験談を交え ながら作品の魅力を振り替えていきたいと 思ってい ますこれは 1953年の作品です日本が戦争の混乱 から立ち直り高度経済成長へと向かって いく狭の時期です 映画はまずお道の風景を移し ますお寺の石 道路白壁の前を学校へ歩く子供 たち手前の大償2つ並んだ瓶はこの映画の 主人公の老夫婦を表現しているように見え ます瀬戸内会が目の前に迫る細長い小道の 街並線路を記者が走っていきます これらのショットは後半少し形を変えて もう1度出てき ます旅の支度をしている老夫婦夫平山州吉 龍 知州妻富は東山 千恵子彼らはこれから東京で生活している 子供たちを尋ねて回る予定 です同居している末の娘京子が仕事へ 出かけていき ます隣人が声をかけて くれる立派な息子さん娘さんがいて結構 です なこれらのショットも後半前半とついに なる形でもう一度登場し ます空気枕をどこに入れたのか周期地が 物忘れするようになってきている映画は さりげなくおいを表現し ます小道から東京まで今なら新幹線で大体 4時間くらいですが当時は記者で17時間 くらいかかったんですねこの旅はかなりの 長旅ということになり ます東京の場面で最初に現れるのは足立区 にあったお化け煙突というのが時代を感じ させますまだ東京タワーもありませんでし たこの工場は高度経済成長へ向かう日本を

象徴しているように見え ます長南の高一場開業院町医 です自宅を改造して内科小児化をやってい ます現在の東部スカイツリーーライン堀切 駅周辺という設定のよう ですこの後何度も登場すると手は荒川と いうことになり ますいわゆる小町と呼ばれるローアングル のショットこれについては様々な考察がさ れていますがその高さがちょうど子供の 目線の高さなんです ね私には子供が見た大人たちの 世界純粋な子供が見た大人の世界のように 思え ますまた監督は構図の美しさにこだわった 人 です狭い日本家奥の中人物が重なること なく美しく配置されてい ます長男高一場山村 蒼その妻は三宅 邦子長女茂は杉村 治子晩御飯のおかずすき焼きでいいわねお 刺身もけましょうかかいやいらんだろお肉 で十分よこんな何気ない会話から息子たち の状況してきた両親をモテなそうとする 気持ちとちょっと冷めた態度が伺え ます少し遅れて戦死した次男の妻のり子が やってきます演じるのはもちろん原セスコ 小監督のミューズです ね 夕食後小道の知り合いもだんだんなくなっ ていくという話題になり ますやがて迫りくる追いと死がさりげなく 表現されてい ます翌日の日曜日高一は子供たちも一緒に 両親を東京見物に連れて行くつもりでした が夕間が入り延期になって しまうふくされてしまう孫たち 富は下の孫イを連れて散歩に出かけます 優しいおばあちゃんです ねあんた大きくなったら何何になるん あんたも医者かその頃おばあちゃんおるか のここは後半への伏線と言えますここでも おいとしを感じさせられ ますしは美容院を経営していますまだ専業 主婦が普通だった時代美容師というのは 当時新しい職業だったの でしょうでも夫が浅草で買ってきた両親へ のお土産という高級なお菓子を自分が食べ てこんな高いんじゃなくていいのよおせべ で十分よなんて言ってい ますこの辺もどこか親に対する冷めた態度 が感じられてしまいます 気の強い女房の尻に敷かれているような夫 クゾ中村の棒がいい味を出してい

ますせっかく東京へやってきたのにどこへ も出かけられず2階や物干でぼんやり 過ごしている 両親クゾもしげもそれぞれの仕事が忙しく て親をかってあげられませ ん一をじたは仕事の乗り子へ電話して明日 休みを取って両親を案内してくれないかと お願いをするま乗り子に役目を押し付けた わけ です東京のハトバ 観光高居そして銀座を回っていき ますその夜はのり子の小さなアパートで 過ごしますそこは後段アパートというん でし どうやら水場は共同のよう です隣人からお酒を借りて表なしをする のり子戦死した次男正子の写真が飾って あり ますあれはカツ丼なのか天丼なのか天物を 取って両親を表なしし ますのり子にとって精一杯なのでしょうが どうしても詫びしさを感じてしまいます 高一と茂は相談して両親を熱海へ行かせる ことにし ます23日熱海でゆっくりしてきて もらおう早い話が厄介払いです ね小一もしげもお金は持ってるんでしょう が仕事が 忙しいそれぞれの生活に追われてい ます熱海荒らしの良い旅館でで温泉にも 入れたし両親は満足そう ですでも夜になるとうるさくて眠れやし ないども団体客向けの安宿みたいなん です夜中過ぎまで麻雀はやってるわ音楽の 生演奏をやってるわ眠れやし ない翌日熱海の海を前に座っている 2人ここ有名なショットですね ね東京も見たし熱海も見たしもうそろそろ 帰ろう か立ち上がろうとした時お母さんプラっと するんです ね夕べよ狙えなんだせいだろうと言います がここは後半への伏線になってい ます東京への場面転換の度に工場の煙突が 登場し ますの美容室予定より早く帰ってきた両親 に対して露骨に嫌そうな顔をする死私たち 23日ゆっくりしてもらおうと思ってたの よどうだったあの旅館ご馳走どうだっ たとても良かったよお刺身に茶碗ムシあの 大きな卵焼き でも美味しかったとは言わないですきっと 大した美味しくなかったんだろうなと思い ます でしょうあそこいいのよというしげなぜ

あんな宿を選んだのか不思議です多分しげ は実際にはあの旅館に行ったことがないの だと思い ますもうそろそろ道へ帰ろうかと思うと 聞くと急に残念そうなふりをし ますでも今夜は講習会のため人が大勢来る のでここへは止められないと いう 今夜は止まるところがないとうと宿なしに なってしまっ た富はのり子のアパートに止めてもらう 自分は東京に来ているお道の知り合いを 尋ねるという 周吉お道の知り合いの はっとそしてもう1人お道の警察所長だっ たという沼田も合流して急行を温めます はっとの子供は2人とも戦死していまし た周吉地は次男を失った戦争が残した傷跡 が描かれ ます子供はいないと 寂しいいるとだんだん親を邪魔にしる2つ ええことはないもん じゃさらに沼田生すのお屋で語り合う3人 おでん屋の女将さ息子さんが色っぽい です息子は部長ではなくかかり長じゃ 年取ってからの子供だったので甘やかし すぎたあの出来そこないがとぐる沼た親が 思うほど子供はやってくれません なうちも博士ではなく小さなマシでさもう ちっとどうにかなってると思ってたわしも 不満じゃ じゃがこりゃ世の中の親の欲じゃ諦めなあ かん東京は人が多すぎるん じゃここは戦争を体験した世代と次の世代 とのギャップだと思い ます個人的な話になりますが私も親が40 歳の時の子供なので親には随分甘やかされ て育ったともと思ってい ますただし勉強と仕事にはかなり厳しい 父親でし たま私はあまり勉強が好きではなかったの で親が望むような一流大学には入れず一流 企業にも入れず大して出世もできず現在に 至るという感じで父親はきっとこんなはず じゃなかったと思いながら亡くなったと 思っています母親はあんたなりに頑張った んだからいいじゃないお母さんは満足し てるわと言ってくれまし たこの辺り私見てると胸が痛くなってきて しまい ますのり子のアパートお母さんの肩を揉ん で あげるなあのり子さん正子の死んでからも 8年になるのにあして写真なんかかさっ とるのを見るとあんたが気の毒

であんたまだ若いんじゃしええ人があっ たらいつでも着金なしにお嫁に行って ください よいいのお母様私勝手にこうしてます のでもあんた今はそうでもだんだん年を 取ってくるとやっぱり1人じゃ寂しいけん のいいんです私年を取らないことに決めて ますからええ人じゃの あんた すすりなくとでももう寝ましょうと寝る前 にのり子は一瞬冷めた表情になり ます天気を消した後もずっと目を開いて 天井を見つめてい ますさっきの彼女の言葉は本心ではないの だと思い ます真夜中しげの美容室へ泥酔した周地が 沼田を連れて帰ってききます嫌になっ ちゃうなこれだから酒飲みは嫌いだよバカ 嫌になっちゃうなこの辺りの杉村はる子 さんは本当にうまい ですでもちゃんと父のために寝床を作って くれ ます翌朝のり子の アパートあのこれ少ないんですけどと言っ てお母さんにお小遣いを渡します いかんいかん私の方こそあんたにあげにゃ いかんのにその通りだと思いますお小遣い をあげるのはお母さんの方 ですなぜのり子はお母さんにお小遣いを あげるの か気持ちをさしたお母さんはありがとよ のりさんありがとよと言って胸に大事に しまい ますねえお母さんまたどうぞ東京へいらし たら へえでももう来られるかどうかあんたも いっぺんお道へ来て よ次ののり子の返事がちょっと気になり ます伺いたいですわもう少し近ければと 言うん ですこれは東京とお道地理的な距離と同時 に2人の間の心の距離も表しているのだと 思い ます 東京駅両親を見送りに来た子供たち お母さんはみんなにも会えたしこれでも もしものことがあってもわざわざ来て もらわんでもええけと言い ます何を お母さんそんな一生の別れみたい にその後帰りの記者の中で具合が悪くなっ たお母さんは途中大阪で者をて3暖房経蔵 のアパートへ行くことになり ますよう昔から子供より孫の方が可愛い 言うけれどやっぱり子供の方がええのでも

子供も応急なると変わるもんじゃのしげも 子供の自分はもっと優しい子じゃった高一 も変わりやしたよあの子 も欲を言うたらキがないかじゃ よえ方ですとも私ら幸せで さその後母既得の前方が届き ます高一としはお母さん休刊だって やっぱり行かなきゃならないかしらここん とこ忙しいんだけどな うーむしかし行かなきゃならんだろう なんて言っています母が既得なんだぞ行く のが当たり前だろと思ってしまい ます再びお道の風景お寺の石 道路丘の上のお 寺横になっている 富みんなを迎えに出かける 教子前半に出てきた場面の繰り返し ですその夜東京から子供たちがみんなやっ てきてい ます医者の高一 はお母さんはもうダメだと 告げる明日の朝まで持てば いいそうかいけんのかそうかいけんの かもうおしまいかのわっと声を出して泣き 出す しげ見た石道路白壁の数学路前半とついに なっています でも今度は小学生の姿はありませ ん最初手前にあった2つの便もなくなって い ます海を見下ろすショットでも今度は汽車 は走っていませ んこの空間から孤独が伝わってき ますお母さんはご輪中でし た大阪から映像がやってき ます間に合わなかったすいませんだ なお母さんにありがとうごめんなさいと いう 肖像また個人的な話になりますが私自分の 母が亡くなる時お母さんありがとうは言え たのですが本当はお母さんごめんなさい 心配ばっかりかけてごめんなさいと言う べきだったんですけどもそれが言えません でしたそれが心残り です私改造の気持ちは痛いほどわかり ますお寺の 石道佇む周吉地のり子が呼びに行きます ああ綺麗な夜明けだった今日も暑なる ぞたえ人が死んでも世界は動き続けている そうした姿勢感輪廻感が伝わってき ますお寺お経が流れてい ます横に並んだ父兄弟 たちみんな目線の高さが違い ますそれぞれ違う思いを抱えているの でしょう席を足す

改造どうなすたのとり どうも木業の音いかんですわなんや知らん お母さんがポコポコポコポコチソなって 生きよる僕親高校せなんだで な墓に布団も着せられず や海を行くポンポン 気仙つやぶる舞いの 席昔話をする子供たち週吉が席を外した 時こい家なんだけどどっちかと言ったら お父さん先の方が良かったねこれで京子が お嫁に行ったらお父さん1人厄介 よそしてお母さんの着物や帯など色々片目 に欲しいという 死みんな遠いところ来てくれてありがとう と感謝を述べる父 高一しげ経蔵は今夜の急行で帰ると いうこの間一言も喋らない のり子のり子と 京子夏休みになったら東京へいらっしゃい ねお姉さんにいてもらえてよかった わ兄や姉たちの態度に不満をもらす 教子それを優しく諭す のり子この映画にいわゆる悪人は登場し ません出てくるのはみんな全量な人ばかり ですでもちょっとした気持ちのすれ違いが 誤解を生んだり人を傷つけたりして しまうそうした心のひが丁寧に丁寧に描か れていき ますこういうところが時代を超え国境を 超えてこの映画が多くの人に愛される理由 だと思い ます午後からの記者で帰るという のり子お母さんも心配しとったけどあんた のこれからのことなんじゃが なやっぱりこのままじゃ行けんよええとこ があったらいつでもお嫁に行って おくれもう少子のこと忘れてもらってええ んじゃ お母様私を買いかぶっていらしたんです わ私そんないい人間じゃありません私 ずるいんですそういつもいつもシジさんの こと考えてるわけじゃありませ んこの頃思い出さないさえあるん ですこのまま1日1日過ぎていくのが怖い んです何かを待ってるんです 私ずるいん ですいやずるはないいいえずるいんです このことお母様には申し上げられなかった んですえんじゃよそれ でやっぱりあんたはええ人じゃよ正直で とんでも ないお母さんの時計を片身に渡す周吉地 あんたが先々幸せになってくれることを 祈っとるよ本当じゃ よ自分らが育てた我が子よりいわば他人の

あんたの方がよっぽどわに用してくれた ありがとう子供たちが歌う夕べの金が 聞こえてき ますのり子が乗っている記者を小学校の 教室の窓から身をる 教子片の時計を開けて思いに吹ける のり子鬼を残して記者は走り去って行き ますポンポン起線の音が聞こえてき ます1人で座っている周吉 地前半で富が座っていた空間がぽっかり 開いてい ますみんなお帰りになってお週なりました な本当に急なこってした ないや気のきかんやつでしたがこんなこと なら生きとるうちにもっと優ししといて やりゃよかったと思います よ1人になると急に日がなうなります わい 水路をゆく船ああとため息をついて内場で 仰ぐ 父鬼を残して船は走り去っていき ますはい今日は世界映画市に輝く不及の 名作東京物語でし た映画では描かれていないのでこれは私の 解釈なのですが のり子さんには今付き合っている恋人が いるんじゃないか再婚を考えてるいい人が いるんじゃないかということですあれだけ の美人だし男たちが放っておくわけがない と正時の写真も普段はどこか引き出しの中 にしまってあるのを両親が来るので目に つくところへ飾っておいたんじゃないかな と両親に対する優しさは表面的なものま 言ってみれば偽善なのかなとそのことは のり子さん自身が1番よくわかっている あの夜お母さんの優しさに触れた時たまら なくなってしまっ たお母さんにあげたお小遣いは本当のこと を言えない自分への罪滅ぼしだったのかな と最後のお父さんとの会話は彼女の本心だ と思います お父さんの優しさに包まれて心の中にあっ たモヤモヤが吹っ切れ たきっとこれから東京へ帰ったのり子さん は新しい人生を歩き始めるんだろうなと 思います皆さんはどうお感じになりました かはいえ良い映画を見て豊かな人生にし ましょうではまたお会いしましょう さようなら DET

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2 Comments

  1. 非常に丁寧な解説を聞かせていただき勉強になりました。小津監督の静的な映画の作りには、含蓄に富んだ彼の映画を静かに味わってほしいという思いが込められていたのでしょうね。音楽でも、華やかにするほど失われていくものがある。本当に繊細なものは、簡素な表現でないと伝わりにくい。
    東京物語の中には、簡素で含蓄に富んだ表現でしか伝えることが出来ない繊細で複雑な社会事情や日本人の心の綾が、込められていると思います。そして、それらは人間が人間である限り、解決することは出来ないものであり、故にカタルシスというものはありえない。人の孤独やエゴイズムや愛や誠意や家族の絆やその脆さが、ただ表されていく・・・ 我々は解決を求めて、多分解決することが出来ずに一生を終わるのでしょう。
    原節子さんは、小津監督にとって女神だったように見えます。表面的な美しさではなく、マナーや佇まいの中にある美しさがあります。こういう雰囲気を備えた女性は、本当に見当たらなくなりました。

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