4年前、森に山小屋を建て、東京から長野へ移住した作家の小川糸さん。その経緯を綴った『いとしきもの 森、山小屋、暮らしの道具』の刊行を記念して、新しくオープンしたばかりの長野県未来屋書店須坂店で昨秋、トークイベントが行われました。

 ここだけのとっておきの話が披露され、読者ファンの静かな熱気に満ちたイベント会場の様子を5回にわたってお届けします。


大人気エッセイ『いとしきもの』のカバー。山小屋の木の色合いが目に優しい。撮影:榎本麻美

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第二の新しい人生がはじまった、いとしき森の日々

――『いとしきもの 森、山小屋、暮らしの道具』の担当編集者Iです。本日はようこそ、皆さまお越しくださいました。まずはこの本について簡単にご紹介いたします。

 5年前、コロナ禍での離別を経験し人生の行先に悩んでいたとき、この長野で、小川糸さんは美しい森と出会いました。車の免許を取得して東京から長野に通い、山小屋を建て、都会から移住。大自然の美しさに気付かされる暮らしの中で、衣食住はよりシンプルに。大好きな器やアートに囲まれ、自然との対話を楽しむ日々を綴ったカラーフォト満載のエッセイ集で、文庫オリジナルです。おかげさまで大変ご好評いただいておりまして、6刷目の重版がかかっております。

 商品を掲載するカタログのような本ではなく、小川さんと愛犬・ゆりねちゃんの交流、手仕事の器を日常的に使っているところなどをご紹介し、ぬくもりのある本として表現できればと制作にあたりました。本の最後の方のページに、ぱらぱらマンガみたいな仕掛けをしておりまして、ページをめくると、ゆりねちゃんがとことこ可愛く歩きますので、ぜひ、ぱらぱらめくってみてください。


イベント会場の未来屋書店須坂店が入るイオンモールから望む、雄大な山の景色。撮影:鈴木七絵

森との運命の出会い

――まずは、今年(2025年)5月に刊行された文庫オリジナル『いとしきもの』が出るまでの経緯や、この本に込めた思いについて小川さんにお伺いいたします。どのようなきっかけで本書を書こうと思われたのでしょうか。

小川 皆さん、こんにちは。今日は朝早い時間からお集まりくださってありがとうございます。 

 山小屋を建ててから今年の夏で4回目を迎えました。建てるまでは、自分に予期せぬことが色々と重なって、この先どうやって生きていこうかな、と思い悩んでいたんです。本当になんでしょう……泥の中を歩いているような、止まるとずぶずぶと沈んでいくような感覚だったんですけど、この長野の森と出会って、そこから土地を手に入れて、じゃあ住もうって決めました。

 住むためには車がぜったい必要な場所ですが、車の免許すら持っていなかったので、コロナ禍の最中に東京で自動車学校へ通って免許を取って、山小屋はどのような住まいにしようかなってちょっとずつ考えて、人に相談したりしながら建てました。

 そして実際に山小屋ができて住み始めて、最初は大自然の中に身を置くというのが、夜は真っ暗でとても静かなので、それまでの都会の生活と比べてすごく異質なものに感じて怖かったんですけど、段々慣れていって、気づいたらそれが無いと、逆にちょっと物足りないような気持ちになりました。

 そういった日々を繰り返していくうちに、自然からたくさん教えられることもあるし、自然治癒力みたいなものをもらって、自分自身がすこやかに暮らせるようになった。その過程を言葉にしたいなと思って、この本が出来ました。


山小屋をぐるりと囲む森の木々。撮影:榎本麻美

――タイトル「いとしきもの」には、どんな意味が込められているのでしょうか?

小川 そうですね、50歳という年齢を過ぎる前あたりから自分にとって大事なものや好きなものって何なんだろう? と考えてまして、本当に心から愛せるものだけ傍に置きたいなと思うようになりました。ですので、山小屋にあるモノは自分にとって「いとしきもの」なんですね。もちろん犬のゆりねや、山小屋の建物や周囲の森も含めて。

 そして、それぞれの読者の方がその人にとっての「いとしいもの」を見つけられるきっかけにもなったらいいなと思って、このタイトルにしました。


 

決断して行動する秘訣

――4年前に決断して移住されたわけですけれども、おそらくきっと、決断して行動に移す、ということの連続だったのではないかと思います。そのときに何か心がけていたことはありますか?

小川 最初はなにもかも自分ひとりで決めるということに対して、怖さみたいなものがありました。でも、そうしたことを重ねていくうえで、「大丈夫かな、これは自分で出来るかな」とトライしていくうちに、それが逆にだんだん面白く思えてきたんです。

 自分で決めると間違うこともありますし、その責任は自分に返ってくるわけですけど、 たとえば二人で決めた場合だと、わたしはこう言ったのに相手のいうことを聞いて違う結果になってしまった、と人のせいにする面も出てきてしまう。でも、一人で決める場合はそれがない。ですので、すごく清々(すがすが)しいと思います。


お気に入りのかごと日傘を持って、トークイベントの会場へ。撮影:鈴木七絵

――失敗しちゃったときって誰しもあると思うんですけれども、気持ちの切り替え方はどのようにしてきましたか? 

小川 起きたことは起きたことで、もう覆(くつがえ)らないですし、そこにずっとこだわっていても何も解決はしないので、そこでじっくり自分で反省会はするんですけど、でもそこからまた違うルートを探します。

 私がいつも心がけているのは、最終的に結果がオッケーだったらいい、という所に無理やりにでも持っていくようにしています。忘れるというのもちょっと違うと思うんですけれども、ただ気持ちをそこから切り替えて、次に向けて道を探していくほうが有効かなと思います。

(2回目に続く)

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