ひとり出版社「共和国」を11年間続け、94冊の本を刊行してきた下平尾直(しもひらお・なおし)さんは、創業10年を過ぎた頃、いったん立ち止まってみようと、新刊の刊行をやめました。「共和国編」第2回は、自身の幼少期からの歩みをつづった初の著書『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』を刊行した理由、読者と直接つながる場に立って得た手応え、そして、ひとり出版社が埋もれずに存在感を出すための、「バンド活動のような本づくり」について聞きました。

「はやり廃りのほうが一回りしてこちらに追い付いてくるかもしれません」
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刊行100冊を目前に、いったん立ち止まる
共和国は2014年の創業以来、ひとり出版社として11年で94冊を刊行しています。ハイペースな発行数ですが、企画はどのように立てているのですか?
持ち込んでいただく企画も多くて、すでに受けているけれど刊行できていない本が20タイトルほどあります。自分でゼロから作る本もありますね。持ち込みと自社発の企画の割合を意識しているわけではなく、その時々の流れや出会いで自然に決まっていきます。

(c)editorial republica
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例えば、『独裁者のブーツ イラストは抵抗する』(ヨゼフ・チャペック著/増田幸弘+増田集編訳)はゼロから企画しました。『こいぬとこねこのおかしな話』『園芸家の12カ月』など、カレル・チャペックの作品に挿絵を描いているのが兄のヨゼフ・チャペックですが、日本では“犬や猫の本”の印象が強く、ヨゼフ自身はあまり知られていません。実は、反ナチスのイラストや風刺画を数多く発表し、最終的には収容所で亡くなっています。そうした背景をしっかり紹介したいと思い、反ファシズムをテーマにした1コマ漫画や風刺画をまとめた1冊として企画しました。

『独裁者のブーツ イラストは抵抗する』(ヨゼフ・チャペック著/増田幸弘+増田集編訳)
企画のアイデアは、どのように生まれるのでしょう。
『独裁者のブーツ』が好例ですが、自分が興味を持ってきたものから生まれています。これもチェコ語の原書は古書で入手していたのですが、それだけだと少しボリュームが足りないので、別の媒体に掲載されていたものを集めて日本語版オリジナルの作品集にしました。普段から古書が好きで、カレル・チャペックの『ダーシェンカ』だと、戦前に刊行されたチェコ語版、日本語版から始まって、イタリア語・中国語・韓国語など各国語版を集めているのですが、そうやって集めた古書から企画のアイデアが湧いてくることがあります。
『ミクロコスミ』(クラウディオ・マグリス著/二宮大輔訳)は訳者の持ち込みでした。マグリスはノーベル文学賞候補に挙げられるほどのイタリアの大作家ですが、日本では翻訳がほとんど出版されていませんでした。持ち込まれた翻訳原稿を読んで、これは共和国で出すべきだと判断して出した1冊ですね。

『ミクロコスミ』(クラウディオ・マグリス著/二宮大輔訳)
『収容所のプルースト』(ジョゼフ・チャプスキ著/岩津航訳)は、ロングセラーになっている作品ですが、こちらも訳者の岩津さんの持ち込み企画でした。もともとは他の版元に打診していたそうですが、結果的に共和国から刊行することになりました。

『収容所のプルースト』(ジョゼフ・チャプスキ著/岩津航訳)
持ち込み企画の場合、共和国で刊行するかどうかの判断はどのようにしていますか?
自分が「面白いと思えるかどうか」が前提ですが、共和国のラインアップに収まりやすいかどうかもありますね。経営者としては間違った答えかもしれませんが、自分が面白いと思える企画なら、たとえ売れなかったとしても後悔はほとんどありませんが、義理人情で出した本が売れないと、これはもう金銭よりも精神面での負担が大きすぎて、なかなかつらいものがあります。ですから最近は、心情としては出したいけれども営業的に難しそうなものは、お断りすることも増えてきました。
創業当初はジャンルを限定せず、精神分析や医学なども含めて幅広く企画していました。ただ、刊行点数を増やそうとすると、どうしても自分が理解しやすいジャンルに偏ってしまい、結果的に共和国の刊行物が海外文学や人文書に偏っていることには、わりと危機感を抱いています。これまで100タイトル近くを刊行してきましたが、2024年頃にどっと疲れが出てしまいました。それで、2025年は新刊を1冊も出していないんです。
創業から11年走り続けてきて、いよいよ疲れてしまったと。
会社を辞めて、小さいけれど自分の出版社を立ち上げて、好きな本を作れるようになると、やはりうれしいですし。一人で出版社を続けていく以上、ある程度の刊行点数がないと埋もれてしまうのではないかという思いもあって、ずっと本を作ることに傾注してきました。
しかし、共和国といっても自分が働くしかないので、編集の仕事が中心になってしまいます。原稿を預かって読んで、本にする、言ってしまえばそれだけです。それを流れ作業のように感じてしまうとマンネリ化して、仕事の面白さが失われてしまう。それに本というのは、作り終えた時点で終わるのではなく、書店を通して読者に届いて初めて生が始まります。力を注いで作った1冊が売れないとか、読者に気づかれないというようなことが何回か続くと、なぜそうなるのか、自分ではなかなか納得しにくいこともあります。
例えば、2024年に刊行した『ウラジーミルPの老年時代』(マイケル・ホーニグ著/梅村博昭訳)は、ロシアのプーチン大統領がリタイアして、認知症になって暴れ回るという近未来を描いた風刺小説で、とても面白い作品です。新聞や雑誌の書評にも多く取り上げられたし、書評家の豊﨑由美さんにも2024年の3冊のうちの1冊に選んでいただきましたが、共和国の本はそうした評価とは裏腹に実売につながらないものが多いので、それも大きな課題ですね。ベストセラーになってほしいとは言いませんが、製作コストを回収できない本が1点でもあると、すぐに資金繰りがショートしてしまうので大変です。

『ウラジーミルPの老年時代』(マイケル・ホーニグ著/梅村博昭訳)
2025年は、生まれ育った町や共和国の創業の話など下平尾さんの自伝的な初の著書『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社)を出版されましたよね。
今後の方向性を考えていたときに、同じくひとり出版社を営むコトニ社の後藤亨真さんから「下平尾さん自身の本を出しませんか」と声をかけていただいたので、とにかく書いてみました。結果的には自伝的な内容になってしまったかもしれませんが、主観的には自分という人間の現在を掘り下げるための、一種の精神史のつもりで書きました。なぜ自分がこういう仕事をしているのか、そこを自分なりに問い直す必要があったんですね。
この『版元番外地』刊行後は、営業を兼ねて都内の書店を中心に5回もトークイベントを開催していただき、同時に「本の産直市」という書店での即売会にも何度か参加しました。共和国の本と並べて、他社から出ている『版元番外地』を売りながら、夏から秋にかけては毎週のようにイベントの現場に立ったんです。やっぱり、本を買ってくださる方の顔が見えるのは楽しい体験です。敷居が高そうに見える本でも、目の前で説明すると手に取ってくれたり、買ってくれたりすることがある。先ほども話したように、本は読者が手にとって初めて命が生まれると思ってきたので、ようやくその瞬間を見ることができたと実感したのが、2025年でした。

下平尾さんの初の著書『版元番外地 〈共和国〉樹立篇』(コトニ社)
トランスビューに“ラブレター”を送った
共和国の本は、どのように流通させているのですか?
ずっとトランスビュー(自社の出版活動と並行し、小規模出版社の取引流通を代行するサービスを展開している出版社)にお願いしています。共和国を創業してすぐに、取引代行を始めたばかりのトランスビューに「共和国の本も扱ってほしい」と手書きの手紙を送りました。ラブレターのようなものですね。それ以来、11年間ずっとトランスビューです。トランスビューについては、通常22%くらいの書店の利幅を30%以上にアップさせるという理念にももちろん共感しているのですが、比較的事務作業が少ないので、一人で会社を営むにはありがたいんです。
共和国は広告の出し方が独特ですよね。書評紙の図書新聞に500週も出稿していたのは驚きました。
図書新聞の1面の突出(つきだし)と呼ばれる小さなスペースですが、2014年5月の法人登記直後から毎週、広告を出し続けました。東京の東久留米市に出版社を作ったというお知らせから始まり、新刊の告知はもちろん、時の政権批判の文章もよく載せました。ブックフェアが続く時期は、「8月10日:ブックフェア開催 11日:飲みすぎて泥酔」といった日記のようなものありましたね。いわば図書新聞の1枠を買い取って、その中で自由にやらせてもらったという感じでしょうか。8面全ページに出稿したこともありますよ。当初は、作家の中島らもがあちこちに連載していた「啓蒙かまぼこ新聞」を意識したんですが。
ユニークな広告で共和国の認知度も上がっていったと思いますが、500週で出稿をやめました。
多くの方に「続けたほうがいい」と言われましたが、惰性でだらだらと続けてしまうとなにより自分が面白くないので、500週というキリのよいところで終わりにさせてもらいました。ただ、2026年1月から3月末までの期間限定で復活し、出稿しているので、よろしければご覧になってください。
図書新聞の広告といえば、出稿を始めてすぐに、広告を見た東久留米市の図書館の司書さんが「一緒にイベントをやりませんか」と声をかけてくれました。一般的に図書館と出版社は付き合いが薄いといわれがちですが、それ以来ずっとご縁が続き、毎秋のイベント「図書館フェス」は毎回参加していますし、先日も図書館で講演をさせていただきました。広告を出すと、誰かが気にかけてくれます。そこからいろんな動きが生まれるんでしょうね。
数ある出版社の中で共和国が埋もれないように工夫されているのですね。
他の例だと、トランスビューが月に一度、毎日新聞の書評欄の下の広告枠を使って、他社との共同広告を打っているので、そこにも10年近く出稿しています。書評欄だと、新聞社の文化部の記者や出版関係者、あるいは書店員はたいてい目を通すはずですから、共和国という出版社があり、どんな本を作っているのかを知ってもらうきっかけになると思って、これもコンスタントに出稿しています。

「共和国の世界観を変えないために、装丁はずっと宗利淳一さんに依頼しています」
もう一つ意識しているのは、ひとり出版社を気の合う仲間とのバンド活動みたいに考えていることです。ロゴから装丁まで、ブックデザインは創業から一貫して宗利(むねとし)淳一さんにお願いしています。やはり会社を作った直後は、広告だけじゃなくて、書店で見かけたときの本のデザインそのものを通しても、共和国という出版社の世界観を広めたいじゃないですか。流通はトランスビューのみだし、印刷所も基本は相見積もりなど取らずに懇意の担当者にお任せしています。そこに著者や訳者が加わり、4〜5人体制で1冊を作っていく。そうやって共和国としての色をはっきりさせて継続していくことを意識しています。
取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス) 写真/木村輝
