「美術展ナビ」で2024年1月から2025年5月にかけて作家・ドイツ文学者の中野京子さんに連載していただいた『中野京子が読む「絵画と音楽」』が『名画で読む「音楽の秘密」』(定価2090円)と改題されて祥伝社から出版されました。書店のほか、アマゾンなどで買うことができます。
「絵画で音を出す」「楽器の象徴性」など17章で構成されるこの本では、絵画がどのように音楽と関わってきたのか、どのように「音」を表現してきたのかなどを、様々な角度から考察するものですが、中野さんはどのようにしてこの連載を構築し、どういうところに著者ならではの面白さを感じていたのでしょうか。中野さんにお話を伺ってみました。(聞き手・田中聡)

――出版おめでとうございます。「音楽」と「絵画」について中野さんらしく様々な考察をされたこの本ですが、根本的なアイデアはどこから出てきたのでしょうか
中野 連載を始めるにあたり、音楽好きの担当編集者木村圭輔さんからテーマの打診をされました。これまでオペラの本は出してきましたが、音楽と絵画を密接に結びつけた書籍は初めてなので、書いていてとても面白かったです。楽器を演奏している絵画は沢山ありますが、そればかりでは読者も飽きるでしょうから、楽器が描かれていないのに音楽を感じさせる作品、背景の物語に興味を惹かれるような作品と、できるだけバラエティに富むよう心がけました。
――テーマは音楽でも、いろいろな方向性がある、ということですね
中野 オペラ歌手が役を演じている肖像画や、日本間の畳の上での合奏、ロシアの鳥女などは珍しいのではないでしょうか。また第4章「音楽のエロス」で取り上げた「クロイツェル・ソナタ」も、ベートーヴェンの楽曲やトルストイの同名小説は有名ですが、そのものずばりのドラマティックな絵画のほうはこれまであまり知られてこなかったと思うので、楽しんでいただけるのではないでしょうか。
また意外だったのは、絵画に登場する楽譜がかなり正確に記されていることです。カバー画のカラヴァッジョ作《エジプトへの発展途上の休息》もそうです。おかげで天使が演奏する曲のタイトルも、どの時代に流行っていたかということまで、後世の研究者たちによって突き止められたのです。
――西洋画は細部まで緻密なんでしょうかね
中野 画家によるとは思います。カラヴァッジョは一時期音楽をやっている若い子たちと同居していたので、楽譜も手に入りやすかったのかもしれません。ゴヤも楽譜を描いていますが、これはハイドン愛好家の肖像画です。
また、第6章「楽器の象徴性」で扱ったエドワード・バーン=ジョーンズの《黄金の階段》では、この世ならぬ美女たちが各々楽器を持って階段を降りてくるところが描かれています。古楽器なので正確にはわからず、木村さんに楽器博物館や音大の資料館にも確認していただいて、とても助かりました。
――今回は、歌川国芳の《猫のけいこ》も入っていますね。
中野 私の専門は西洋絵画ですが、比較として今回入れてみることにしました。洋の東西を問わずに、いろいろな画家が様々な方法で「音をどうやって描くか」を考えている。改めて「すごいな」と思いました
――結局は、そこが一番重要ですよね
中野 第1章「絵画で音を出す」がまさにそのテーマ。ミレーの《晩鐘》などは、画面から鐘の音が響いてくるような絵です。でも音は日本の晩鐘とは全く違うんですよ。それについても詳しく書きました。
――文化とか習慣で「聴こえてくる音」も違ってくるんですね
中野 いえ、むしろ鐘の形や大きさ、そして湿気などの気候風土によって違ってきます。そこが面白い
――「音」「楽器」「音楽にかかわる人々」・・・・・・。いろいろな角度から音楽についてアプローチされた
中野 日本もそうですが、ヨーロッパが厳格な階級社会だった時代には、楽器にも「庶民的楽器」と「貴族的楽器」という心理的区別がありました。
――締めの作品はロシア絵画ですね。
中野 連載時の章立てとは順序を変えています。一冊のまとまった本では、ラストは明るく終わりたいという思いがありました。最終章「子どもと音楽」で選んだルジェフスカヤの《楽しいひととき》は、連載時から「この絵を最後に持ってゆこう」と決めていました。お兄ちゃんの奏でるアコーディオンに合わせて、小さな弟が一生懸命踊る姿です。これを描いた画家のエピソードとともに、明るい気持ちになっていただけるのでは、と願っています。
――音楽ファン、美術ファンそれぞれが楽しめますね。そして、美術展ナビのコラボ企画は今後も続く予定です。次は何を書こうと思っていますか
中野 音楽で書きたかったことは今回書けたので、次回はまったく違うテーマを構想中です。ぜひそちらもお楽しみにしていただければと思います。
