──それはかなり焦りますね…。
「グラストンベリーに立つには早かったのかもしれない」なんてことも思いました。でも、持ち時間が60分あるので、そこでチーム全員がそれぞれのプロフェッショナルを発揮していくわけです。
わたしは中継としてステージ脇に入っていたBBCのカメラマンに話しかけて、「そのカメラでわたしの絵を狙ってくれないか」と頼んだのですが、彼らは持ち場から離れられない。プロとして、次に何かが起きる瞬間を待っているわけです。技術チームもその場でプログラムを書き換えて、なんとか復旧させようとしてくれた。
すると、不安や焦りは不思議と消え、今まで1公演ずつ重ねてきてここまできたという信頼で心が燃えて、「きっと絵を生かしてくれる、復旧できる」という確信に変わっていったんです。この暗闇の40分のなかで、光が戻り、絵が映った瞬間の喜びはものすごいことになる。その瞬間に相応しい絵を暗闇のなかで準備しておこう──。そうしてスクリーンに光が戻った瞬間からの15分は、人生のなかでも比べるものがないくらいの喜びのなかで絵を描くことになりました。
──その体験は表現にどんな影響を与えましたか?
暗闇に抑圧された静の状態から光を浴びて動の状態に切り替わり、まるで命が溢れ、生気を帯びて駆け抜けるような色彩、線の躍動が目の前に現れる。この瞬間の根源的な喜びを、暗闇や不安を共有したお客さんも含めたすべての方々と目一杯に感じて、光と音楽のなか踊る。最大のトラブルが、結果的にこの喜びを受け止めることに全神経を集中する忘れられない思い出になりました。
世界が微笑む瞬間を、味わい尽くす
────「WIRED Innovation Award」は「未来のシアワセ」について思考するプロジェクトでもあります。中山さんにとっての幸福とは何でしょうか。
何気ない日常において、環境や世界が少しおもしろい表情をして自分たちに微笑んでくれたような瞬間に、わたしは幸福を感じます。例えば、電車に乗っていてトンネルを抜けたとき、ピンク色の夕日にびっくりしてスマートフォンを扱う手を止めてぼーっと眺めてしまうとか。予期していなかったけれど、気分がガラリと切り替わるような瞬間ですね。そういう楽しいことを見つける“虫眼鏡”のようなものがわたしにとっての創作で、その過程にこそ価値があると思っています。
──それを他者や社会にも共有していきたい、という思いもありますか。
あるような、ないような……というのが、正直なところでしょうか。「わたしが感じたことを、みんなにも同じように感じてほしい」ということではないです。パフォーマンスをするときも、「こんな時間にしてほしい」という考えは驕りのような気がしていて。自分が世界に対して感じた幸福は、必ずしも他者にとって幸福ではない、もしかしたらその色彩は誰かにとっては悲しい記憶を呼び起こすものかもしれないですから。