石井ふく子プロデューサーがゲストと語るテレビドラマ今昔物語り うらばなし ゲスト佐久間良子
[音楽] 橋田文化財団のセミナーを始めますえ石井 福子さんとゆかりの俳優さんとのえテレビ 物語ですえ今日のゲストは子さんです よろしくお願いしますよろしくお願いし ますさまさんとあの石井さんとのあの 初めてのお仕事っていうのはえどんなもの でしょうか58年 前そうそんなになりますねそうですね本当 に先生にはお世話になってそて日曜劇場 ずっとやっていたた舞台そうですね舞台も そうですしもう本当にお世話になりました ありがとうございますありがとうござい ますなんていうドラマでして誰にもわから ないっていうドラマっその誰にもわから ないの動画をえちょっとお見せしますので ご覧ください はい [音楽] バー フレンド身を 尽くし 青いうま かねえどうするまかどうするったってお 仕送りもなくなっちゃったんでしょ私だっ て今のままじゃとってもやってけないもの 中小企業は軒並ピンチだしねでも ね何事も経験よ女優として のバーなんかすると芝居が荒れるって説も あるけどねでも食えなきゃ結局芝居だって 続けていけないもんねこういう状況の中で 心ざしを貫くということはだ待ってお夏私 も行くわよ え58年前58年まあそうでしたそれから もずっと色々ねはい日長劇場随分やってい そうですよねすごい数です私も昨日調べた んですけど 本当にたくさんやらせていただいて私も 本当によし子さんとのお付き合いがねねえ 本当に先生とはもちろんテレビもそうです し舞台ももう舞台は本当に もうすごい作品ばっかりで先生ですね 大きな作品をさせていただいてあの橋田 さんでは女たちの中心なあそうですよね 要善意をやらせてい いろんなものをやっていたそうですよね あのこれはもうすごい対策ばっかり先生の あの今お話あったその勢員の女たちの中心 ぐらの動画をちょっとあのご紹介させて ください [音楽] はいこれ をそなたに預けます 残された人たちのために少しでも役立てて ほしいの
ですそれができるのはそなたの他には奥方 様しかとお願いします はい生をさらしても寺坂恵も一生かけて その体を 必ず ささせめて温かいくゆなり [音楽] と [音楽] 出し で長生きして おくれ [音楽] ねえいい役ならせていただきまし た当人きちますそもう当人おきはもう私の 本当にあの大きな財産を残させていただい てあれはあれでものすあ良かったですねえ 何回やりましたあれ何回やったでしょう 地方公園もやりました し大体あそこあの舞台でね水を被るなって いうことそうあれは初めてでしょうそう 天気で他のところではあのやってないん ですそうですよね大丈夫かなと思いながら ゴムでお願いしていえもう先生があの色々 演出してくださるでしょこれこうこうすと もうあ大変だけどそれをやってみという 意欲がすごく湧いてきて本当に井戸の水を こうやって組み上げてはい1幕の終わりな んですあれあれがあって土長が終なええで 本当に毎回 毎回リチえただあのスタッフの方たちが 大変だったと思うんですよその次はもう 本当に横浜のなんかあのキチ宿みたいな ところで綺麗になってなくちゃならないし 下は水たしでしょだから2階からこうで ええそうそうそう水の処理がもう本当 スタッフの方たちは大変だったろうなと 思いますうんそれで開けると海がずっと 見えてねえいいシンですね思い出すわ本当 にね本当ああいう舞台がなかなかないです ああもうそうなかなかそうです大きいです しねあのうんでま最後があのの川に入っ てってそのビシ乗れなんですけどその舞台 ではないんですがあのテレビであの先ほど の誰にも分からないであのビシ濡れになっ て劇作家に裏切られて美し濡れになって家 に帰ってくるっていところがありますので ちょっとご紹介させていただければと思い ますそれじゃ僕これでありがとうどう も調査によろしくねうんじゃねまた来てね 着替えたら風でも引いたらどうするのよ こんなにぐしょぐしょに乗れちゃっ て ごめんねとま か早のか
た何も言わ ない私は先生の愛情を信じてた わ先生の愛が女優としての私を育て てく私がそれに答えて女優として立派に 育ってくことが私たちの愛情をさらに 大きく大きく育て てく で愛情なんてどんなにうしい もの先生って私を結びつけてたのは芝居 だでも今はその芝居の先生人に し お夏あなたまさか芝居やめるつもりなん じゃないでしょう ね お夏芝居をやめるってことは先生も失う ことなんじゃない の仕方がないわあなた一体女優になり たかったそれとも先生の恋人になりたかっ た の バカよバカだわ点でおかしいじゃないの人 を愛するってことはもっと純粋なことだっ てあなた言ってたんじゃないの そうそうよ ねでもわからないのよ 私有川さんの演出でしたもう怖い方で ねすごく怒られたと思いますよあの頃ま 映画からあのあのテレビあなりましたし私 はねその時にあのやっぱり日曜劇場であの 先生とにプロデュースをしていただくて すっごいもう緊張してそれで プロデューサーも怖いしアリカさん演出化 も怖いし本当にあの頃すいませんだから 随分数はやっていただいてはいで先生昔の 歌って覚えてらっしゃいますはいあれ私 あのまあの昔ねその婚約した時のその日 だったんですよあれああああの日それは リハーサルだったのあそうそうなのでだ からプライベートのことでね皆さんにご 迷惑はかけちゃいけないしでこっちあの そのドラマのこともあるしリハーサルだし 皆さんいらっしゃるしもうすごくあの時 緊張してたんです全然わかんなかったそう あのそのえっとその昔の歌のあのえっと 画像もご用意いたしましたの でなんやむっつりしておかしな顔やなあ 生まれつきはしゃあないな牛と一緒で 嬉しいことあらへんの押しつけたらかわん なな この人2人ひっついてたら何見える やろ家では氷みたいな顔してるくせに外へ 出たらまるで人の顔おかしなめや でさじさん打ち連れて駆け落ちする勇気 ない か駆け落ち
[音楽] 話があるってその相談かあんなおんな芝居 や話で見るほどおもろいもやないで大一 あんたみたいな箱入り娘連れて逃げても 食していかれへんがなそうかセでうちを 連れて逃げる気はあんやろ好は好き やろ嫌いとは言わんけどせやけどまたなん でら駆け落ちせんならんねん駆け落ち言う たら大概親が許さんなとか他に親が決めた もんがいるとか相場の決まったもん や親の方から言い出した間からで駆け落ち したち話聞いたことないでたまにはそんな んも変わってて面白いがなほな行く か おえあんまり覚えてないんですけど内容は あただそのその時のあの私たちのあれが とっても気になっ てご迷惑かけちゃいけないと思いいえいえ 大丈夫いやあん時私初めよし子さんは誰か に紹介されたのねあそうでしたはいええ なかなかねうんお会いできなかったのうん あの出演交渉してもええそれなんで誰かが ねあなたのお友達かななんかが紹介して くださえあそうですかあの映画の東映と いうことではなく東映の方うんえあのま 東映の映画に出てましたからああそうだ それであの頃割と映画とテレビっての うまくってないからなかなか脱して いただけなかったでも私どうしてもよし子 さんを出ていただきたいって言って ありがとうそれで強引にお願いしたのだ から東映まで私お願いに行ったのああそう ですかへえ吉田直さんっていうあのマネジ ええでしたねそれで吉田さんは紹介された ああそうですうんまあ懐かしい昔ですか うん舞台もうんその後でね色々とえ生6名 間もやったんですよね6名かあの天気で これも すごいセットとそれからあのうん石島さん のあの長いセリフでええ本当に対策 ばっかりですよ先生テレビなんかもずぶ やってらっしゃるからもう忘れ てらっしゃるかもしれないけど曲には残っ てんですよねああええええやっぱりTBS が多かったですよねほとんどそう私全部お 願いにってねえまあ他からも親になってた けどでも割とTベスそうですねまあの長い のはま打局ですけどは橋田先生の1年の あのあの女対抗機をはい田さんもたくま さんで喜んでらっしゃいいえいえもうあさ にあのまあの熱海の方へねあのご主人が まだ現在でらしたことうん先生のところの 内光が美味しかったんですよ大根がで先生 のあのところのお庭かなんあのっととこに ましそうそうでご主人岩崎さん岩崎取って
きてくだすって大根のサラダを作って くださいもう美味しくて懐かしいですそう ですねうん時時ね私もうん あの夜の10時か11時ぐといつも電話し ないと怒られるからああふっ電話がどっち 行っちゃ電話のとに電がいないんだなあ うんやっぱり寂しいですねええすごい長く 長いでしょ橋先生とは何十年うん数えられ ないですねええええええええそれとあと こないだも平岩ゆさんがなくなったでしょ ああだからもう作家がねうんうんなかなか いらっしゃらないええええでもやっぱり きちっとしたドラマを作っていかなきゃ いけないまた今度よろしくお願いもう先生 やってくださいぜひぜひあのえっと橋田 先生のそのえいやつそのはその女機をに なってであのその後にまた同じ橋田先生で 旦那様大事というのを旦那様大あの山内か の妻えおやりになったんでそれをちょっと またご紹介させていただきたいと思い [音楽] ます旦那 様 そうやっ て千代が春仕事してるの見てるとも何やら 攻められてならのは何おっしゃいます私は 針仕事が好きな よ梅に男の子ができましたら山の内家は 安泰お母様への顔も立ち女房の務めも 果たせます本当に嬉しいこと [音楽] でまもなく信長様の大へ仙山が信長様のお おに泊まりましたら山内の家はおめでたが 重なり ます本当によろしくございましたできまし たら孫にも修を上げさせてやりたく今日 仙台から出てまり娘はどうやら孫をしって はるばる出てきたようでございます おお孫も大したものよの孫は見所のある男 ときたちも可がっております招待を持たせ てやりましたらか様には一生歌詞になって くれ [音楽] ましょうこれから 賑やかになる [音楽] の先生あの花の吉原雪の旅先生が プロデューサーでしょはいそうですねね あれもすごい対策でおいらんでおいなもう あれは大変でし た [音楽] ちょちょごめんごめんごめんすいません ちょっとちょっとあのあのはんていう名前 ですかって返してやろうかあれが
ていうエアの前薄雪大だ薄雪大私はあの あのらがいいんですねあのラがいい何を 言ってるんだよおいあのがいトブトルを 落とす前世っていうのが聞こえねのよね いやあのラがいいあのラ綺麗だあのラが いい寝ぼ険じゃねえよこの変木木たえ何 万国のお題名でも嫌となったら矢でアリス とひ食せられるのはこの広い世の中将軍様 とおえらんだけなんだみたな物の野郎に お前う大どうのこのわれた族の味なんだ わかってかこの炎ぼこの野郎 [音楽] うきだ よ頭2kgぐらいあるんですよだねそれ から衣装とそれからぽっくりがあれだけの 高さじゃないとそうねやっぱりこれと思う と釣っていっ ちゃうやっぱりきちっと 芝居をやっていただけるからいやいやいや もう本当にもう今あの色々思い出すと先生 いつもこう舞台でもそうだですけどもしち 動いてらっしゃいましたねもう本当になん だかわかんないけどなんかじっと座って 演出じゃなくてね立ってたね本当それで あのま私じゃなくて他の方にあのなさるん でも本当先生がこうやってくださると本当 にあの色気というのか女の人のその美しい 姿になるし先生先生やってくださいいえ いえやっぱりうんあのこうだこうだって 言って長いことそれをやらせんの嫌だから こういうことなんですっての分かって いただきたいそういう形で失してたうん うんうんだからそういうあれで所作とか 色々教えていただきました本当に歌いも 本当に神まち子とかいええありましたね うんそれからあの後ろ姿 ねうんやっぱりその1番その役のとかあ その人間が出ますでしょその時のことも 教えていただいてあのやっぱりこっち側の 肩を脅すとか後ろそういうこことも全部 先生を色々ごしそうですかありがとう ございました当人お吉の時のねええあのま つぶれてだからあのま出ていく時ね後ろ姿 なんですあの天気の舞台ででその時の やっぱり後ろの姿をって言んで先生が見て くだすってこうっていややっぱり後ろ姿が 素敵だといいんですよね色気がって悲しく てあ一番そのむあのそうなんです前は前は ねま演じるということですけど後ろの芝居 っていうのは難ですそうですねそれを先生 教えてくだすてそうですからわかんない ですそうですよいや本当にいい勉強を たくさんさせていただいて生またぜひぜひ 作ってくださいやりましょうねなんかね なかなかテレビで大が今やれやり難しい
けどまあの今度考えます はいあの佐さんはそのえっと東芝日代劇場 の最終回のスペシャルゲストでも出演され ていましてあのその時の映像をまたあ女の 家そうですそうですそうですそうです女 そうそうでちょっと無理かもしれないんだ けどねできれば梅姉さんの代わりをして もらえるようになってもらいたいのよね えっとここでお客様の注文受けたものを 焼くんだけどそれが梅さんの仕事だったの この人この足し弱くなっちゃって辛い らしいのひちゃんえ焼くのはね青いさんが すぐそばにいるから大丈夫なので焼けたら ばこれに乗っけてお客様に出すんだけど これが待ってちょっと難しいよしなさいよ そんなことできるわけはないじゃないの他 にしてもらいたいこといくらだったある じゃないだって姉さんの会やってもらわ なかったら何にもならないじゃないよあの どうしてこんなものに乗せて出さなくちゃ いけないんですか手でを出しちゃいけない んですかその方がよっぽど楽だと思います けど そりはねそんな面倒なことしなくたとお 料理の味は変わりゃしないけどねロバタ 焼きてのはこれで持ってたのうちはこれで 売ってたのま今はねちょっと時代遅れだ けれども一時は人気があってそりゃんたっ 随分流行ったもんよ 花山ロバ焼きで持って皆さんのごひきを いいてきたのよこれがあるからうちみたい な炭でやっただけのお魚だってみんなそれ 商売になるのこれがなかったらうちみたい にそぼくなるよりとってもお店として 成り立ちしないわ ねお商売ってそういうもんなんですかただ 材料を焼くだけのお料理でもこれに乗せて 出すと風があって変わってお料理に見える んですねどなたが考えたか知りませんけど 頭がいいですねあ簡単に言うけど大変なの よなんだか面白 [音楽] そう [音楽] できるじゃないのこれでいいんですかあん だっって運動神経だけはあるんだいい人来 てくれたじゃない梅さ園からお店出なくて も大丈夫よそう奥でのんびりテレビでも見 てらっしゃいねできる限りのことはさせて いただきますさんかったね たこさんが頑張ってくれたら安心して引退 できるわよ本当によかった ね大先輩で輩 にもうみんないらっしゃらないねえあれが 2劇場がこれ最後なんですかそうですああ
そうこれが最後ラスで日曜劇場がなくなっ たの連続でやるってんで私がうんと連続は 私はあんまりやりたくないうんああそれで 1年のドラマをうんうんやってくそうです それでやったのが渡る世間ああそうですか あれも長かったでしょう ね傘の壺なも当人おきでは 随分いろんな思いがありますねありますね もう本当にあれはそうあなたしかやって ないもあれあそうですかうん舞台はあのね 舞台でやる時にねあの大体あの あの あのかつてその方がいらしたっていう時に ね私お墓参りに行くんですよああうんで あの時もまお吉さんはやっぱりああいうね あのあの目自身にあの日本のためにあの 滅びて行った1人のあの女性で ですからまあのそういう意味であのすごい 苦労とかあのあの人の障害があの終わらせ てしまったねあのま色んな恨みとか色々 あるんでしょうけど普通そのなんて言うん でしょう1つのなんかやあのあれする時に まあの例えばあのスタッフの方とかなんか であの取材とかなんかであの行きますでし そ例はお墓とかま私はそれは嫌なだったん ですよ仕事もそうだもちろんそうだけど やっぱり1人の女性でどんな色々思いが あったんだろうと思ってその宣伝の前の日 に私は1人で行ってでえお参りしてそれで あのおせことお離れしてあなたをやらせて いただくっていうことであのあれははい ええやっぱりそういうものが芝居の心の中 にあるんでうん出てくるんですよああ なんかどうしてもねやっぱりお参りを知っ てあれだけの大変な一生をそした方でした からなんかただ演じるっていうことじゃ なくてねあのやらせていだからね3円3円 で随分やりましたねそうですよね本当に えっとですねあの初めてその橋田え先生の 本のその日劇場をおりにたえのがあります あのえっと兄弟のあの弟とお姉さんの話 あのご服屋をやってらしてそれであの弟が ちょっとこうあのどうしようもないところ があってていうところのあのえっとあの日 あなたはっていう ああ春物のセビや下着だったら今日友達の ところ預けてきたけどさきもさき だいつまでわるいな だあんたにそんなこと言う資格はない でしょ一体誰のためだと思ってる ああ俺が悪いんだよみんな俺が悪いん だでも ねさきとのことは僕なりにできるだけの ことして別れたん だ姉さんが余計なことする必要なんて
なかったんだ よさだって甘えられる義理じゃないはず だ男とも女の間にはどうしようもないこと だってあるん だそれが分からない女ではないだろうに さ俺た1人が男だったわけじゃあるまいし し今更行ってみたってしょうがないけど ねおかげ で何も科目わさになってしまったよ めちゃめちゃになってしまった よ初子との 話から断ってきた よ当たり前だよなこれだけ人の噂になれ ばでも ね僕にはチャンスだったんだ よ姉さんに表通りに店を持たせてやり たかったあそこのりだってうんと言って くれてたんだ誰が誰がそんなことしてく れって言ったのよ姉さん今のままでこのお 店 俺の夢だったんだよ あんたあんた姉ちゃんのために初子さんと 結婚するっていうのさきさんを捨てたのも 姉ちゃんのためだったっていうの俺にはね いつだって姉さんのことが大事なんだよ さんの幸せを考えることがよして ちょうだいよお姉さんのせいにするなんて 卑怯 よ姉ちゃん1度だったあんたにそんな ことでも ね俺には何よりも大事なことだったんだ よ懐かしいいろんなねね本当やっぱり ドラマは TBSいや一生懸命皆さんやっていただい てね先生がねやっぱりあの頃は各局が何を やるかっていうことでうんうんそれでだT ベースは何何にしよううんでドラマのT ベースにしよううんうんじゃあドラマ TBSだったらドラマに中心に色々と 考えよていうことでドラマ中心になったえ だから初めは あの原作がないとできないああああの原作 者のとこお願いに行ってうんで山本志さん じゃなかはいあのマってとこに仕事場が あってそこ行ってそれで開けてくださん ないうん先生があうんドアええお玄関うん で4回ぐらい行ってうんガラっと開いたん でうん入れって言われてへえそれで入って うん何にも言えなくなっちゃってあええ上 がれっていうんで仕事場で上がってえうん うちは酒か水けないどっちがいいかうんお 水いただきますそこに水道があるから組ん でのめそれが先生との初めの会話なんです はあその後シゴ先生も随分やらして いただいてうんうんうんだ
から行かないとダメな ああうんでもあの頃のその日曜劇場でも 本当にすごいセットですものねそれこそ その花の吉原なんていうのオイラ道中の時 にはすごかったですね高にをなさる方が 100人以上だったんです満員でやっぱり まあのオイランだおいらんだて道中だって 言んで2回とした見てそうそうあのセット もすごいのまれて本当に随分贅沢させてた そうですよ ねの吉原の旅ええええあのいい作品出させ ていただいて最後もだから数えるとさま さんが58年で私が61年ああそうTBS ああ そうお互いに古いですけどそうですねいい お仕事ばっかりを残させていただいて先生 のおかげでうんあんた 私の大きな財産です先生いや私も あの坂間さんとか皆さんとお会いしたのが 今もずっとそれが私の心の中にあってこう やって対談をさせていただいてそこへお いでいただけるっていうのは本当にありえ 呼んでいただけるっていうこと幸せです こちらこそありがとうございますあの日常 劇場であのもう1本あのえ磨さんていうと こうえ和服のイメージなんですけれども その二劇場でその現代劇というかあのえ ちょっと洋服を着てらっしゃるさまさんの え夜の足音というはいただのお友達よただ の友達 じゃあじゃあなぜ君は僕と愛しているから じゃなかったの かあなたは好き よでも結婚はし ない君 はそんな不だな女だったのか い自分にも分からないの よただ [音楽] ね自分を見失った女 は例え誰でもいい の温かいと差し述べてくれる男の 人その人に指しがあってもしっかりと泣 とし男の人にはわかんないかも しれ でも ねこれだけは誓った [音楽] のこれから は真から愛する人が現れなければ決して 結婚はし [音楽] ないでもね本当に愛する人が現れたらその 人に奥さんがい て妻と
立場にはならなくて もせいっぱいその人を愛していこうと [音楽] 思うそんな人に巡り合えるかどうかわから ない [音楽] けど [音楽] あこれかさん懐かしいですよねそうですね うんかさん鴨下さんの演出ですねはいあ 鴨下さん多いですのねうん私は本当にかし さん多かった なとあと山さん山本和夫 さん山さん先ほどの昔の歌 うんですねあそうでしたはい私もこうやっ てやったのこう見てみたうわあやって いただいたなっていろんななさせて いただいて石井先生にお目に書かれ るっていうことはすごく嬉しくまた教えて いただけるなと思ってやっぱり現場に行く のがすごく楽しかったですそうですか うんま他の曲もねやらせていただいたけど やぱ特に先生のると思っ て何にもできない いえでもやっぱりあのお付き合いする俳 さんとかスタフやっぱり心に残ってますよ ねあえ うん長い間随分TBSにいるけども本当に ほいろんなこと思い出します ええそうでしょもうたくさんのあのさん さんとのねお付き合います先生大変でしょ 本当にね色々お1人お1人うんからこう いうチャンスだからちょうどこうやってね お話ができて嬉しいですそうそうそうじゃ ないと電話でそうですねいつもお電話でね はいあのたくさんそのドラマをやってらし てそれであのま橋田先生の方もたくさん やってらっしゃると思うんですけれども あの橋田先生のえ本の特徴と言いますか あのま皆さんこのますごい長いセリフだっ たりとかで格闘されているんですけれども あのどういう風にして格闘されたのかって いうかあの橋田先生の脚本についてあのえ なんか思覚えてらっしゃることがあれば 教えていただけないなとうんあの確かに あのセリフは本当にもうなかなか覚えるの に大変であのあれで割とね何回もあ同じ ようなことかなと思セリフもあるんですよ ねでもやっぱりそれを噛みしめてやって うちにあこれはああ愛なんだっていうこと が分かるとあそうなんだってそういうこと がやっぱり演じられるっていうことが やっぱり視聴見てくださる視聴者の方たち にも届くんじゃないと思うかと思って やっぱりあの先生の持っていらっしゃる人
を愛することその魂みたいそういうあもの がすごく伝わっいましたねうん確かに 覚えるのは大変でしたけどねねええだから 先生はやっぱり本当にその人その人にの 愛情を持って役のあのセリフをあの人物を 書いてくださるからなおそうですよね一生 懸命でしただから真が長いんですよああ そうええええ今はもう短い芯が多いんです けども橋田さんは長いんですそこでお互い の頃を語り合ってそそれからまたこっちへ 行っていろんな問題があってそれでまた 行ってだから最終的に心がずっと広がって いくっていううんうんドラ好きでしたえ ええだからそれそれがやっぱりお茶のの あの皆さん方に見てくださる方に伝わって ねそうだと思いますよねうんり女大行をや 1年やらせていただいた時にもものすごい セリフが多くてでも覚えて次の会の先生 あのあのご本が早いでしょだからこう覚え たと思うとも次々だからもう必死でした けれどもうんでも本当に 楽しくさせていただきましたありがとう ござい喜んでます よ本当に先生のあの楽しい思いをさせて いただきましたではそろそろお時間になっ てまいりましたけれどえっとこの辺で 終わらせていただこうと思いますえどうも ありがとうございましたえ今日のゲストは 佐良子さんでしたありがとうございました 何か先生はいお考えくださいはい [音楽]
37年間続いた東芝日曜劇場に29回出演した佐久間良子が、石井ふく子と語る思い出の数々。日曜劇場の名シーンもたっぷり紹介する。
「誰にもわからない」(昭和41年)では俳優を志すひたむきな女性役で、演劇と愛のはざまで揺れる女心を演じた。「むかしの歌」(昭和45年)ではこの年に結婚する平幹二朗と共演。あまざけを飲みながら談笑する2ショット映像が微笑ましい。「夜の足音」(昭和55年)では佐久間に思いを寄せる井上順に別れを告げるシリアスなシーンを妖艶に演じた。東芝日曜劇場最終回の「おんなの家」にもゲスト出演し、レギュラーの大物女優たちに囲まれた、笑顔の演技が光る。
時代劇「花の吉原 雪の旅」(昭和59年作・小山内美江子)からは、あでやかな佐久間の花魁道中シーンを披露する。
橋田壽賀子作の大型ドラマでも常連だ。「女たちの忠臣蔵」(昭和54年)から浪士の一人をねぎらう瑶泉院役の見せ場シーンが登場。「旦那さま大事」(昭和61年)では西田敏行と夫婦役を演じ、戦国時代を生きた二人が互いに寄り添う姿が印象深い。
石井が演出した舞台「唐人お吉」「鹿鳴館」「簪マチ子」ほかの話題も。石井の演出に刺激を受けながら作品を作り上げた女優魂を明かす。

1件のコメント
石井ふく子さんが作るドラマは、令和時代に拝見していて心に染みます。あたたかいドラマが多いですね✨