2001年に発売されたマライア・キャリー(Mariah Carey)のアルバム『Glitter』の発売25周年盤が2026年10月に発売となった。

    このアルバム、そして公開された映画について、音楽ライター、翻訳家の池城美菜子さんに寄稿いただきました。

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    失敗作とされた映画とアルバム

    どうせ転けるなら、歴史に残るくらい派手にコケた方がいい。マライア・キャリーの半生をうっすらと敷いたミュージカル・ドラマ『Glitter』とサウンドトラックは、マライアにしてはセールスが振るわず、失敗作だと当初、評価された。2001年、90年代にいち時代を築いたソニー・ミュージックを離れ、ヴァージン・レコーズと契約。映画の公開は9月11日。同時多発テロ事件と重なってしまったのだ。

    前の月にリリースされたサウンドトラックもトラブルが多かった。先行シングル「Loverboy」は2位止まりで、1位しか知らなかったマライアはショックを受けたという。

     

    Glitterに正義を!

    2018年、このサントラの再評価が高まった。きっかけはマライアのファンダム。もともと、90年代からファンたちが「Lambs(ラムズ、子羊)」と名乗っていたのが、マライア本人が「家族のような存在」と言ったことから「Lambs +Family=Lambily(ラムビリー)」に進化。

    15作目『Caution』のリリースを目前に、ラムビリーたちが以前からじわじわと広げていたハッシュタグ「#JusticeforGlitter(Glitterに正義を!)」に弾みがつき、スポットライトが当たったのだ。映画とともにマライア自身も黒歴史扱いをしていたのか、コンサートのセットリストにこのサントラの収録曲を入れていなかったし、1枚限りの契約で終わったヴァージン・レコーズからのリリースだったため、ストリーミングにもなかった。

    ファンがお気に入りの曲などを書き込む#JusticeforGlitterが盛り上がり、各ストリーミング・サービスに復活してトップ10入りし、iTunesではまさかの1位に輝いた。ディーヴァ系のアーティストは強火のファンダムを抱えていることが多いが、やはりマライア・キャリーは推し活でもパイオニアにして別格だと世界に知らしめた事件だった。

     

    いま見るとただ尊い映画作品

    映画『グリッター きらめきの向こうに』は、2001年にバッシングに近い悪評を集めた作品である。四半世紀後のいま観ると、そこまで悪くない。というか、むしろおもしろい。マライア演じるビリー・フランクのメイクが90年代風で、「1983年にヌードリップつけている人なんていなかったから。当時の大人はすんごい色の唇をしていたから!」とか「エリック・ベネイの役、ストーリーの展開にはほぼ要らないよね」などとつっこみつつ、彼氏役のDJもテレンス・ハワード演じる悪役も型通り、あらすじも予想通りなのだから、そのわかりやすさを楽しめばいい。

    映画はコロンビア・ピクチャー、つまりソニー系列の制作だ。自伝『The Meaning of Mariah Carey』によると、映画の制作時、トミー・モトーラはまだマライアのキャリアをコントロールすることにこだわっており、脚本が改変を重ねた結果、「バブルガム(子供っぽい)」作品になったという。片方の主張を100%鵜呑みにはできないが、キャリアの転換期でのまったく新しい試みはリスクが高かったのは想像できる。

    加えて、911が重なった。興行的に失敗しただけでなく、マライアはその年に最悪の演技をした人に贈られるラジー賞までもらう。いまとなってはオーバーオール姿からスパンコールのドレス姿まで披露して体を張っているアラサーのマライアを104分にわたって記録している映画『グリッター きらめきの向こうに』は、ただただ尊い作品だが、当時は俳優としてのポテンシャルも期待されていたのだろう。マライアの名誉のために書き足すと、2009年に友人のリー・ダニエル監督の『プレシャス』でほぼノーメイクでソーシャルワーカーをリアリティたっぷりに演じ、「演技はできない」という評判をひっくり返している。

    ただし、「いまならおもしろい」と感じられるのは、マライアがアイランド・デフジャムに移籍したあと見事な復活劇を成し遂げ、ファンでなくてもクリスマスのたびにマライアの歌声で年末を感じる世界線にたどりついたからだろう。

    もし、2001年にコケてから以前ほどのヒットに恵まれず、あまりパッとしないまま90年代のヒットだけで思い出されるアーティストになっていたら、やはり『グリッター きらめきの向こうに』はファンにとっても切ない作品として記憶されたはずだ。

     

    アルバム『Glitter』と当時のマライア

    当時、サントラ『Glitter』が不当に低評価だったのは、いくつか理由がある。まず、10年ちょっとしか経っていなかった80年代のサウンドを焼き直すには早かったこと。これはマライア本人も自伝で自己解析している。訳出してみよう。

    「当然ながら、サウンドトラックのリリース時期は最悪だった。だれもが予想できなかったことのせいで、誰も映画館に足を運ばなかったのだ。いまでも『Glitter』は時代の先を行っていたと私は思っている。2000年代の頭、まだ80年代を懐かしむ用意ができていなかっただけ。でも、私は流行るとわかっていた。その通りになったでしょ! このサントラは大好き」(原書、234ページ)。

    このあと、2018年のリバイバル・ヒットに触れてファンに謝意を伝えて、収録曲をステージで歌えるようになってうれしいとつけ加えている。

    マライア・キャリーはあまりよくない面でもパイオニアだ。90年代終わりから00年代の初めまで、ライヴァルからよき理解者となっていたホイットニー・ヒューストンとともに「叩いたり、いじったりしてもいい大物」というネガティヴな意味でも、先駆けだった。この頃、マライアは移籍問題や離婚の報道でお騒がせキャラがつき始めていた。

    90年代の後半のマライアは波乱万丈だった。ソニーのCEOだったトニー・モトーラとの別居中にドロップした『Butterfly』(1997)でヒップホップに大胆に歩み寄り、ファッションも含めたイメージを刷新。次の『Rainbow』(1999)もその路線を引き継いでいた。結婚していた時期は実年齢以上に大人っぽい衣装を着せられていた反動で、体型を露出するような服をよく着るように。別居中からニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーターやメキシコの大物シンガー、ルイス・ミゲルとの交際でゴシップページを賑わせた。のちに泥試合をくり広げるエミネムだけでなく、真意がはっきりしないラッパーとの噂も業界内でたまに耳にした。

    アメリカで大ニュースになってしまったのが、7月19日のMTVの看板番組だったトータル・リクエスト・ライヴ、通称TRLに飛び入りしたときの事件だ。タイムズ・スクエアのガラス張りのスタジオで収録され、人気アーティストを一目見ようと路上にファンが詰めかける社会現象になった番組である。筆者はオンタイムで観ていたので、あとでどう尾ヒレがつこうと「打ち合わせにない行動をしたマライアを、司会のカーソン・デーリーがフォローできなかった事件」だったと主張したい。

    シングル「Loverboy」のプロモーションのため、マライアはアイスクリーム売りのカートを押しながら登場。80年代っぽいグラフィティを施したオーバーサイズのTシャツをカメラの前で脱いで、「Glitter」と書かれたタンクトップを披露したのだ。

    前述の自伝では「夏っぽい演出をしたかった」ことと、「デーリーがうまく合わせてくれるだろうと期待していた」と記していた。その代わりにデーリーはマライアの登場は「知らされていない!」と歓迎より驚きを全面に押し出し、「マライアがTRLでストリップしている」と騒ぎ、「マライアの様子がおかしい!CM!」と締めてしまった。CM後に事態を収拾しようとやりとりをしているが、アイスクリームを配ったマライアにたいして当時かなり人気があったデーリーが不満をくり返すだけだ。このあと、デーリーの一言が発端で、タブロイド紙などに書き立てられ、精神的に不安定との評判につながってしまう。

     

    25周年盤の収録曲

    先行シングル「Loverboy」は、元夫のトミー・モトーラからわかりやすい意地悪を受けた曲だ。もともと、日本のYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の「Firecracker」をサンプリングしていたのだが、その情報を聞きつけたモトーラがジェニファー・ロペスの「I’m Real」に使って、1月発売だったアルバム『J.Lo』の収録曲として先にリリースしてしまったのだ。サボタージュである。

    これを知ったマライアは慌てず騒がず、キャメオの「Candy」を代わりに敷いて作り直したのは有名な話だ。結局、「I’m Real」はほかの曲をサンプリングしてがらりと雰囲気を変えたジャ・ルールとのリミックスのほうがヒットした。サントラ『Glitter』のデラックス・エディションが10月30日にドロップされ、「Firecracker」を使ったオリジナルの「Loverboy」も収録されているので、ぜひ聴き比べてほしい。

    『Glitter』は実際にマライアと仲よしで映画にも親友役として出演しているダ・ブラットとリュダクリス、シャウンナが参加した「Loverboy」のリミックスからスタート。ネリーそっくりなフロウを聞かせるトウェンティⅡというラッパーも参加している。故ネイト・ドッグやジャ・ルール、獄中にいるミスティカル、バスタ・ライムズ、DJクルー、ファボラス、映画に出演しているエリック・ベネイ、そしてキャメオ自身と客演が多く、華やかだ。

    プロダクションの大半はマライア本人とジミー・ジャム&テリー・ルイスが手がけている。数曲でヒップホップ界から重鎮のクラーク・ケントとDJとして大人気だったDJクルーらを起用。80年代の雰囲気を再現したかったマライアは、80年代を牽引したリック・ジェームズに曲の提供を依頼、快く承諾してもらって未使用トラックを使ったのが「All My Life」だ。彼は2004年に他界したので、貴重な1曲だろう。

    当初は、この曲やインディープの「Last Night A DJ Saved My Life」を仕立て直した80年代を意識した曲よりも、ウォルター・アシナシフが作ったマライアらしいバラードの「Lead The Way」や、ストリングスが効いた「Never Too Far」がファンの間で人気が高かった。

    時を経て、ジャム&ルイスが作ったシェレルのカヴァー「Didn’t Mean To Turn You On」や前述の「All My Life」も人気が上がり、80年代ブームも到来した。すべてを予見していたマライアは鋭い。今回のデラックス・エディションではディスク2にリミックスや別ヴァージョンが収録されていて、きちんとしたプロモーションがされなかったのに、ダンスポップ/ポストディスコの隠れ名盤との評価が定まってきた本作がどう作られたのかわかって、楽しい。

    映画を改めて鑑賞してからデラックス版を聴いてみると、2001年が大変な年ではあったのは事実だが、制作中だった90年代の終わりから世紀の変わり目は、まだみんな未来を信じていたいい時期だったのだと気がついた。そして、その空気を瞬間冷凍したような、自分の望む方向へ邁進していたマライアの歌声は当時を知る人だけではなく、下の世代までノスタルジーや憧れに近い感情を呼び起こすのではないか。そこに、『Glitter』の正義があるのだ。ぜひ、聴いてみてほしい。

    Written By 池城美菜子

    マライア・キャリー『Glitter (25th Anniversary)』
    2026年10月30日発売
    25周年記念2LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

    20周年記念盤発売中

    マライア・キャリー『The Emancipation of Mimi: 20th Anniversary Edition』
    2025年5月30日発売
    CD/LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music

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