新たな「ハリー・ポッター」トリオ、アラベラ・スタントン(Arabella Stanton)、ドミニク・マクローリン(Dominic McLaughlin)、アラステア・スタウト(Alastair Stout)。Warner Bros. Pictures「ハリー・ポッター」のテレビドラマが、2026年のクリスマスにHBOで初放送される。シーズン1で描かれるのは、原作の第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』だ。映画版では原作からいくつかの場面がカットされたが、テレビシリーズではぜひそれらを見てみたい。
HBOで放送されるテレビドラマ版「ハリー・ポッター」では、隔週ごとに新たなキャストが発表されている。直近では、シーズン2のギルデロイ・ロックハート役にキット・ハリントン(Kit Harington)が起用されたことが明かされた。
12月25日に配信開始予定のシーズン1では、1997年に初めて出版されたJ・K・ローリング(JK Rowling)の魔法ファンタジー第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』の出来事が描かれる。英語圏でもアメリカ以外に住んでいる人なら、アメリカ版の『Sorcerer’s Stone(魔法使いの石)』ではなく、オリジナル版の『Philosopher’s Stone(賢者の石)』というタイトルで親しんでいるだろう。今回のHBO版でも、後者のタイトルが採用される。
HBOのCEOであるケイシー・ブロイズ(Casey Bloys)が、各シーズンで「象徴的な原作の一冊一冊を深く掘り下げる」と約束したこともあり、熱狂的なハリポタファン(ポッターヘッズ)たちは、尺の都合で映画版から泣く泣くカットされた細かなエピソードがドラマ版に盛り込まれることを期待している。
ここでは、テレビドラマ版「ハリー・ポッター」シーズン1にぜひ盛り込んでほしい10の重要な要素を紹介しよう。
1. バーノンの視点で描かれる第1章
バーノン・ダーズリー。Warner Bros. Pictures
原作の『ハリー・ポッター』の第1章は、ハリーではなく、嫌味なバーノンおじさんの視点から始まる。第1章では、バーノンのごく平凡な1日の暮らしが描かれる――もっとも、この日はまったく平凡な日ではなかった。まだ赤ん坊だった甥のハリー・ポッターがヴォルデモート卿を倒した日なのだが、バーノン自身はまだそのことを知らない。
この第1章は、魔法界がマグル(人間)の世界にいかに溶け込んでいるかを説明し、ダーズリー一家が魔法を使う親族に対してどれほど強い偏見を持っているかを示した。そして魔法界でハリーがいかに有名であるかを描くことで、シリーズ全体のトーンを決定づけている。
一方、映画版は、ダンブルドア教授とマクゴナガル教授がダーズリー家の前に現れ、ハリーを置いていく場面から幕を開ける。
2. ホグワーツ入学前のハリーの日常をもっと描く
ハリー・ポッターと届いた手紙。Warner Bros. Pictures
原作の『賢者の石』では、マグルの世界でハリーがどんな日常を送っているのかを説明するために、かなりのページ数が割かれている。ひどい髪型にされた翌朝には髪が元通りに伸びていたり、いじめっ子から逃げるうちにどういうわけか学校の屋根の上に飛び乗っていたりといった、ハリーの身の回りで起きる説明のつかない不思議な出来事もそこに含まれている。
さらに笑えるのが、ハリー宛ての手紙が「階段下の物置」という宛先で届き始めたときのことだ。自分たちがハリーを虐待していることが誰かにバレたのではないかと恐れたダーズリー一家は、かつてダドリーのおもちゃ部屋だった第2寝室へとハリーを移すのである。
また、ハグリッドが初めてハリーの前に現れてダイアゴン横丁へ連れて行ってから、ダーズリー一家がハリーをキングズ・クロス駅へ送り届けるまでの間には、本来なら非常に気まずい1カ月間が存在するはずだ。そこが描かれれば、物語にコミカルな味わいが加わるだろう。
3. シリウス・ブラックを少しだけ伏線として登場させる
映画ではゲイリー・オールドマンがシリウス・ブラックを演じた。Warner Bros. Pictures
映画版(および原作)では、ホグワーツの心優しい森番であるハグリッドが、両親の家からハリーを助け出し、空飛ぶ巨大なバイクに乗ってダーズリー家まで送り届ける。
映画では、ダンブルドアが何か問題はなかったかと尋ねると、ハグリッドはただ「ブリストルの上空でハリーが眠ってしまった」とだけ答える。
しかし原作では、ハグリッドはこのバイクを「若きシリウス・ブラック」から借りたと口にするのだ。これは小さなディテールだが、2シーズン後に大きな意味を持つことになる。シリウスがハリーの名付け親であることは、第3作『アズカバンの囚人』になって初めて明かされるからだ。
ドラマの序盤でシリウスの名前をさりげなく出しておくことは、熱心なファンにとっては楽しいイースターエッグ(隠れた小ネタ)になり、初見の視聴者にとっては少し考察を巡らせるきっかけになるだろう。
4. ハリーとドラコの本当の初対面
トム・フェルトン演じるドラコと、ラドクリフ演じるハリー。ドラコ役は番組でロックス・プラットが務める。Warner Bros. Pictures
映画版では、ハリーはホグワーツに到着し、組分けの儀式の直前に初めてドラコと出会う。有名なハリー・ポッターと友達になろうと近づいてきたドラコに対し、ハリーは「たちの悪い人間」が誰なのかは自分で判断できると冷静に突き放す。
一方、原作でこの初対面が描かれるのは、2人がローブを買いに来ているダイアゴン横丁だ。2人はそこで短い会話を交わすが、互いに名前は名乗らないまま、ドラコがハグリッドを侮辱する。
その後、2人はホグワーツ特急の車内で再会し、ドラコはマダム・マルキンの店で話しかけた少年が誰だったのかを知ることになる。そして、映画と同じ「たちの悪い人間」についてのやり取りを交わすのだ。
ハリーが初めてドラコと出会うこの場面は、いくつかの理由から重要な意味を持っている。
1つ目は、ホグワーツにいる生徒は全員が鼻持ちならない俗物なのではないかとハリーと読者を不安にさせるため、その後にハリーがロンと出会ったときの安堵感がより大きくなることだ。
2つ目は、魔法界には「血統」に基づくヒエラルキーが存在することを示す、効果的な状況説明になっていることだ。
3つ目は、ハリーがこれから足を踏み入れる世界についてどれほど無知であるかを、ハリー自身と読者に実感させる助けになることだ。とりわけ重要なのは、ハリーがこのとき初めて「クィディッチ」の存在を知ることである。
5. ハリーとクラスメートの友情をもっと描く
ハリー(ラドクリフ)と、デヴォン・マーレイが演じたシェーマス・フィネガン。ドラマでは、レオ・アーリーが彼を演じる。Warner Bros. Pictures
映画版は消化しなければならないストーリーが多く、常に時間に追われていたため、ハリーがロンとハーマイオニー以外の生徒と築く友情はどうしても二の次になっていた。
しかし原作のハリーは、少なくとも第1巻においては比較的人気者だ。同じグリフィンドールの男子生徒であるシェーマス・フィネガンやディーン・トーマスとは仲が良く、ネビル・ロングボトムのことはかばおうとする。また、グリフィンドールのクィディッチチームのメンバーとも強い絆で結ばれている。
テレビシリーズでは、中心となる3人組以外のホグワーツの生徒たちにも、ぜひスポットライトを広げてほしいところだ。
6. ピーブズ
ピーター・セラフィノウィッツ(Peter Serafinowicz)がピーブズを演じる予定だ。Danny North/Comic Relief/Getty Images
ピーブズ役はすでにキャストが決まっているため(ドラマ版ではピーター・セラフィノウィッツが演じる)、ここに入れるのは少し反則かもしれない。だが、第1作だけでなく映画シリーズ全体からピーブズというキャラクターが完全に省かれたことは、おそらくファンが最も不満を抱いている変更点の1つだろう。
このタチの悪いポルターガイストは、生徒や教師、ゴーストたちを見境なく引っかき回すことに誇りを持っている。しかし、ホグワーツに暮らす者たちを真の邪悪な力から守るべき時が来れば、ピーブズもしっかりと一役買うのだ。
また、シリーズが進むにつれて物語がダークになっていくため、ピーブズがもたらすコミカルな息抜きはいつだって歓迎だ。
7. ノーバートをめぐる一連の騒動
ロビー・コルトレーン(Robbie Coltrane)が演じたハグリッドとノーバート。ドラマではニック・フロスト(Nick Frost)がハグリッドを演じる。Warner Bros. Pictures
ハグリッドがドラゴンの卵を手に入れ、孵化したノーバートを育てた末に手放さなければならなくなるエピソードは、映画版でも印象的ではあるものの大幅に短縮されており、ドラゴンがその後どうなったのかは描かれない。ハグリッドが3人組に、ダンブルドアの手配でルーマニアのドラゴンの保護区へ送られたと事後報告するだけだ。
しかし原作では、これははるかに大がかりな出来事として描かれる。まず、そもそもハグリッドがドラゴンの卵を所持すること自体が重度の違法行為であるため、非常にリスクが高い。ハリー、ロン、ハーマイオニーは、ロンの兄チャーリーに引き取ってもらうため、透明マントを使って真夜中に天文塔からノーバートを密かに城の外へ運び出す計画を立てる。ただしロンは、ノーバートに噛まれた手が化膿してしまい、このスリリングな作戦には参加できない。
ここは原作のなかでも特に緊迫感のある章の1つだ。とりわけ、薄汚れた老管理人のフィルチやドラコ、そしてマクゴナガル先生に見つかってしまう場面の緊張感はすさまじい。この一件が原因で、ハリーとハーマイオニー、そして彼らに危険を知らせようとベッドを抜け出してきたネビルは、グリフィンドールからそれぞれ50点を減点され、寮の他の生徒たちから村八分にされることになるのだ。
8. フィレンツェ以外のケンタウルス
映画版では、フィレンツェの声をレイ・フィアロン(Ray Fearon)が担当した。テレビシリーズ版で誰が演じるかは、まだ発表されていない。Warner Bros. Pictures
ノーバートの一件で罰則を受けることになったハリーは、禁じられた森のなかでケンタウルスのフィレンツェと出会う。ユニコーンの血を飲んでいた何者か(のちにクィレル教授とヴォルデモート卿だと判明する)から、フィレンツェがハリーを救い出すのだ。
映画版でハリーが出会うケンタウルスはフィレンツェだけであり、彼は森に邪悪なものが潜んでいるという警告をハリーに残して去っていく。
一方、原作では、フィレンツェがハリーを自分の背中に乗せたことで、仲間のケンタウルスであるベインを激怒させる。さらに別のケンタウルスであるロナンが、ベインをなだめなければならない展開になるのだ。
ケンタウルスたちは物語のなかで小さいながらも重要な役割を担っており、魔法界が「人間以外の存在」と必ずしもうまくやってきたわけではないという事実も浮き彫りにする。このテーマは、第5作『不死鳥の騎士団』でより大きな意味を持つようになる。
また、禁じられた森に暮らす独自のコミュニティについて知ることができるのも興味深く、作品の世界観をより豊かに広げている。
9. 「みぞの鏡」に映るポッター家が増える
映画では、ハリーの両親をジェラルディン・ソマーヴィル(Geraldine Somerville)とエイドリアン・ローリンズ(Adrian Rawlins)が演じた。ドラマ版でこの2人の役を演じる俳優は発表されていない。Warner Bros. Pictures
これも映画版では省かれてしまった、小さいながらもほろ苦いディテールだ。原作と映画のどちらにおいても、ハリーはフィルチから逃げている途中で、偶然「みぞの鏡」(原題の「Mirror of Erised」は、「desire=欲望・願望」を逆からつづったもの)を見つける。
映画版でハリーが鏡をのぞき込むと、自分の背後に誇らしげに立つ両親の姿が映し出される。これだけでも胸が締め付けられる場面だが、原作はさらに切ない。
原作でハリーが目にするのは、両親だけではないのだ。何世代もさかのぼる親族一同がそこに映し出される。ペチュニアおばさんがハリーに家族のことを一切教えなかったため、その大半はハリーにとって顔も知らない人々だ。
原作でも映画でも、ポッター家(あるいは母方のエバンズ家)についてはあまり多くが語られないが、テレビシリーズは、私たちが知るわずかな情報を広げる絶好の機会になるはずだ。
10. 賢者の石にたどり着くための魔法薬の試練
アラン・リックマン(Alan Rickman)は全8作品でスネイプを演じた。シリーズでは、パーパ・エシードゥ(Paapa Essiedu)が演じる。Warner Bros. Pictures
物語のクライマックスで、ハリー、ロン、ハーマイオニーは、「賢者の石」を守るために自分たちだけで行動を起こすことを決意する。石のもとへたどり着くには、ホグワーツの教授陣がそれぞれ考案した一連の試練を突破しなければならない。
映画版では、3人がハグリッドの試練(頭が3つある犬、フラッフィー)、スプラウト先生の試練(悪魔の罠という植物)、フリットウィック先生の試練(空飛ぶ鍵だらけの部屋)、マクゴナガル先生の試練(魔法使いのチェス)、そして最後のダンブルドアの試練(みぞの鏡)に挑む姿が描かれる。
しかし原作には、さらにもう2つの試練が存在する。そのうちの1つは、もう片方よりもはるかに重要だ。
まずは小規模なほうから触れよう。魔法使いのチェスの後にハリーとハーマイオニーが遭遇する、クィレル教授の仕掛けだ。これは簡単に突破できる。クィレルは地下牢にトロールを配置していたのだが、すでに彼自身がトロールを気絶させていたため、2人は何もする必要がないのだ。もっともこれは、石を盗もうとしている真の黒幕が誰なのかを示すヒントにはなっている。
そしてもう1つが、スネイプ先生の仕掛けだ。彼は複数の魔法薬(ポーション)を使った論理パズルを用意していた。7つの瓶のうち、1つは前へ進める薬、1つは後ろへ戻れる薬、2つはただのイラクサ酒(ワイン)、そして3つは毒薬というものだ。
ハーマイオニーは見事にこの謎を解き明かし、ハリーを先へ進ませ、自分はロンを助けるために引き返す。
この試練が映画でカットされたのは実に残念だ。映画ではハリーとロンがそれぞれ1つずつ試練を突破して見せ場を作っているのに対し、この論理パズルこそハーマイオニーの得意分野だからだ。映画版では代わりに「悪魔の罠」の場面が彼女の見せ場になっているが、原作ではあれも3人で協力して乗り切る場面に近い。
だからこそ、ドラマ版ではハーマイオニーに最高の見せ場が与えられることを期待したい。何といっても彼女は、「同年代で最も優秀な魔女」なのだから。

『ハリー・ポッター』ファンも知らない? ハーマイオニー・グレンジャーに関する15の事実 | Business Insider Japan
