ロバート・デ・ニーロ主演の『ディアハンター』(1978)に『レイジング・ブル』(1980)など、学生時代に映画館で鑑賞したという名作の数々の貴重な前売券のコレクションを手に迎えてくれたのは、映画の前売券販売を手がける株式会社メイジャーの西牧昭代表取締役社長。“メイジャー”という社名を知らないという人も多いかもしれないが、懐かしい横長の前売鑑賞券や現在の主流であるムビチケ(カード)を通じて、同社は劇場と配給会社の間に立って、長年にわたり映画業界を支え、多くの映画ファンとつながってきた。
そんな、前売券販売の雄であるメイジャーがこのたび、初めて映画配給を手がける。10月23日公開の台湾映画『進行曲 マーチングボーイズ』は、1990年代の台北を舞台にした青春映画だ。なぜいま、配給業に乗り出したのか? なぜ台湾映画なのか? 「小さな作品に寄り添いたい」――西牧社長は幾度となくそんな言葉を口にし、半世紀近くにわたり携わってきた映画業界への思いを語ってくれた。
『ハリポタ』シリーズに『スター・ウォーズ』新3部作…2000年代初頭の洋画全盛の時代の映画前売券バブル期
――まず、『進行曲 マーチングボーイズ』配給に至る以前のお話、西牧さんがこれまでどのように映画業界に関わってこられたのか? 株式会社メイジャーの業務内容と併せてお聞きできればと思います。
学生時代にアルバイトニュースでこの会社に出会いました。最初から前売券の仕事がしたかったというより「映画に携わる仕事」という感じですね。僕自身、学生時代から映画小僧で、中学生くらいから都内の劇場によく足を運んで映画を観ては、必ず次に観る作品の前売券を購入するということを繰り返していました。それが、自分が前売券に関わる仕事をするようになりまして、配給会社であれば、扱うのは自社の作品だけですが、メイジャーであれば多岐にわたる作品に関わることができるので面白いなと。
“メイジャー”という社名は、ワーナーやフォックス、コロンビアといった洋画大手のメジャー系の代理店という意味で、僕が仕事をし始めた1980年代当時は、洋画が強い時代でした。僕らの仕事は前売券を売って、いかに映画館にお客さんを呼び戻すか? というところで、まさに“富山の薬売り”商法で、ひとりひとりの営業担当が宣伝マンとして、いろんな団体や法人のところに出向き、作品の魅力を伝えてチケットを買ってもらうというものでした。
――個人ではなく、企業や団体にまとめて購入してもらうということですね。
以前は、前売券というのは各劇場が売っている劇場単館券とメイジャーが取り扱う販促券(都内京浜地区限定)がありましたが、2000年頃から洋画メジャーの配給作品で、徐々に劇場単館券と販促券を全国共通券に一本化して販売しようという流れができて、大手の配給会社さんに頼まれて、メイジャーが全国の劇場と配給会社の間に入って、前売券を販売するということになったんです。それに対して、当初は各地一部の劇場からの反発もありました。それまで自分たちの劇場に来てもらうために自分たちで売ってきたのに、なんでメイジャーを通さないといけないのか? と。既得権益を奪われたようなものですからね。いまと比べて、現場の劇場支配人の方も個性的な方が多く、怖い人もいました(苦笑)。
とはいえ、劇場さんが自分たちの手を煩わすことなく、我々が配給会社を通して用意したものを預かって売り、残ったら戻すという効率の良さもあり、徐々にそのやり方が定着していきました。2000年から2001年頃は、洋画が最も強かった時期で、ちょうどその頃にワーナーさんが前売券の価格を1,600円から1,300円にしたんですね。弊社にとってはそのぶん、手数料が減るわけで、「なかなか厳しくなるな」と思っていたんですが、とにかく洋画が強い時期だったこともあり、企業に営業に出向くと、会社から福利厚生費みたいなものが出て、安くチケットを買えるということで、ものすごく前売券が売れました。ある意味で、世の中のバブル期とは異なる、映画前売券市場のバブル期と言える時期だったのかもしれません。
『ハリー・ポッター』シリーズに『A.I.』、『スター・ウォーズ』新三部作に『ロード・オブ・ザ・リング』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』……本当にSランクの洋画が次々と公開されていた最高の時代でした。
邦画に関しても2001年に『千と千尋の神隠し』が公開されたのに加え、次々とTV局による映画が製作されるようになっていきました。その少し前の1998年に『踊る大捜査線』の劇場版1作目が公開されて、TVでもバンバン宣伝が流れて…というのもあって、邦画の強さが出てきました。2000年代の初頭は、洋画の強さと邦画の勢いがうまくマッチした時期と言えると思います。
株式会社メイジャー 西牧昭取締役社長
――西牧さんが、取締役社長に就任されたのは2009年。紙の前売券からムビチケへと移行していった時期ですね?(※メイジャーで取り扱うムビチケはカード券タイプ)
そうですね。ムビチケ自体、2009年ごろから話があり、正式に動き出したのは2011年でした。ムビチケに加えて、ひとつ時代のポイントと言えるのは、プレイガイドによるチケットの電子化だったのかなと思います。紙の雑誌「ぴあ」が休刊した(2011年)のは、大きな転換点だったと思います。
実際、2009年に社長に就任した当時、紙のチケットの煩雑さをどうするか? というのは問題になってきた時期でした。劇場さんにとっても、大きな手間になっていましたし、世の中全体で、いろんなことを簡素化していこうという流れが進んでいった時期でした。僕自身、紙の前売券で育ってきた人間として、その味わい深さへの愛着もありますし、一方で若い世代の方たちにとって、ムビチケは定期券やクレジットカードのサイズでコレクションできて、それはそれで良いなと思っています。
ここまでよくやってきたな、という感慨もありますし、前売券というものを通じて、非常に楽しい時代を過ごさせてもらったなと思います。
台湾映画『若葉のころ』が紡いだ“縁”が10年の歳月を経て『進行曲』へとつながる
――そしてここから、メイジャーさんにとって新たな挑戦となる『進行曲 マーチングボーイズ』の配給に関するお話を伺ってまいります。どのような経緯で配給業務に携わることになったのでしょうか?
もともと、うちの取締役である中島(晶子)が大の台湾好きで、休暇のたびに台湾を訪れるということを続けていたんですね。彼女が立派なのは、台湾を訪れるたびに必ず現地の映画館に行って、台湾の映画事情を自分なりに見てくるんですね。彼女が去年の9月に高雄を訪れた際に、たまたま観たのが『進行曲』で、日本に帰ってくるなり「社長、良い映画を見つけました!」と教えてくれたんです。
ここで、話が10年前に遡るんですが、同じく台湾映画で2016年5月28日にシネマート新宿で公開された『若葉のころ』という映画がありまして、「アクセスエー」さんという会社が配給されていました。当時、うちの会社にチケットの販売の依頼にいらして、それを窓口で受けたのが中島でした。この『若葉のころ』は『小さな恋のメロディ』という作品の中で使われている曲をモチーフに作られた作品で、中島に勧められて、僕も作品を見せていただいたら、ものすごくハマってしまいまして(笑)。ぜひ配給された方にお会いできればと初日の5月28日に劇場に足を運びました。そこで担当の方と鈴木(雅人)社長にもご挨拶させていただき、それ以来、定期的に“若葉の会”というのを催して、情報交換をさせていただいてきました。その当時から、いつか台湾映画で一緒に何かできれば……という話はしていました。
――そうして、10年を経て巡り合ったのが『進行曲 マーチングボーイズ』だったんですね。
鈴木社長にお話しして、まずは権利関係を確認していただきつつ、僕も作品を見せてもらったら本当に素晴らしくて……、もし既にどこかが買っていたとしても、何らかの形で絡めないか? と思っていたら、どうやらまだ権利が空いているということで、うちで配給権を獲得できないかと交渉していただき、アクセスエーさんと共同で配給をさせていただくことになりました。
『進行曲 マーチングボーイズ』©2025 Marching Next Media. All Rights Reserved.
――『若葉のころ』との出会いと併せて、10年越しで念願の台湾映画の配給をされることに。
もちろん、『進行曲』という映画の素晴らしさもありますが、僕の中では『若葉のころ』と一対なんです。雰囲気というか、テイストも似たものがあるのを感じていて、この10年、温めてきた思いがあった上での『進行曲』だなと思います。
これは、個人的な思い入れではあるんですけど、『進行曲』の物語の内容も、夢や希望を抱きながら、目標に向かってひとつになっていく――それは自分たちがやっている仕事と重なるものがあるんじゃないかと感じています。
歴史的な背景についてもお話をすると、1990年代の台湾というのは、戒厳令が解かれて、若者たちが自由を手にした時代なんですね。ただ、物語自体は非常にシンプルで、誰もが“あの頃”を思い返すことができる映画です。ノスタルジーに浸りつつ、若者たちが夢に向かっていく姿が非常にエモーショナルで、感銘を受けるし、共感することもできる、本当に素晴らしい映画だと思います。
『進行曲 マーチングボーイズ』©2025 Marching Next Media. All Rights Reserved.劇場公開作品のほとんどが知られることなく埋もれていく中で小さな作品のためにできることは――?
――素晴らしい作品と出会い、その作品に何らかの形で携わりたいという思いはわかりますが、配給を手がけるという決断は、非常に大きなものだったかと思います。
長年、映画業界に携わらせていただいてきて、「小さな作品に寄り添いたい」という思いは強くありました。1年間で1000本以上の作品が公開されて、その中でTVで予告編が流れたりする、ごく一部の大きな作品を除いて、多くの人にとって「そんな作品、あったんだ?」というのがほとんどで、たいていの作品は埋もれていってしまう。インディペンデントの作品を配給されている方たちや興行の方たちが、どういう思いで作品に向き合っているのか? それを自分の肌身で感じたいと思ったし、自分が関わることでミニシアターや小さな作品を盛り上げるために何か発信をできるんじゃないか? そう思ったのが配給という形で携わろうと決めた大きな理由です。
『進行曲 マーチングボーイズ』©2025 Marching Next Media. All Rights Reserved.
――実際に配給の仕事をやられてみていかがでしたか?
40年以上、この業界にいて、身近なところで配給さんの仕事も見てきましたが、わかっているようで全然わかっていなくて、こんなに大変だったのかと(苦笑)。ひとつの作品を人々に認知してもらい、世に送り出すということの大変さを改めて感じていて、毎日が一期一会であり、学びの連続です。いくつになっても学ばせてもらえるんだなと非常にありがたい経験ばかりで感謝しています。
ただ、メイジャーとして前売券を通じて、全国の劇場さんとお付き合いさせていただいてきたという意味では、全くの素人がやるよりはアドバンテージがあったのかなと思います。劇場さんにも「メイジャーさん、やっぱり配給もやるんですか」と言っていただけるんですけど、これが10年、20年前だったらば、やっぱり「いやいや、餅は餅屋でしょ? メイジャーさんはそういう会社じゃないですよ」で終わっていたと思うんです。『進行曲』で台湾の人たちがあの時代に自由を得て、夢を追いかけたように、いまの時代だから、我々が配給をやるということに対しても「応援しますよ」という空気を持ってもらえて、それはすごくありがたいですね。やっぱり、そこも映画と重なるんですよね(笑)。
もちろん、プレッシャーを感じている部分もあるんですが(苦笑)、会社として次のステップへと進むためには、いましかないとも感じていて、こうして多くの方が応援してくださるという環境を知ることができて、いろんな出会いが生まれたという意味でも、公開はこれからですが、すごく大きな財産になったと言えると思います。
株式会社メイジャー 西牧昭取締役社長
――お話を伺っていて、時代の変化に柔軟に対応していくことの大切さを改めて感じさせられます。
映画の前売券販売って、すごくニッチな商売だと思います。映画興行全体の中で10%ぐらいの市場の中で動いているビジネスなのでね。その上で、前売券は映画の宣伝のツールとして存在してほしいというのは、ずっと思い続けてきたし、いまもそれは変わりません。ただ、前売券の市場以前に、お客さんの映画の見方や興行の在り方の形が変わってきているので、自分が「変わりたくない」と思っても、変わらざるをえない環境になっていて、そこに合わせていかなきゃならないというのはあると思います。
その意味で「あの頃はこうだった…」と昔話を語るのも、それはそれで楽しいんですけど(笑)、やはり、いまの時代に沿った形でやっていかないと生き残れないですよね。その点でも、配給というのは、映画づくりに携わる人たちにも寄り添うことができる立場であり、新たなチャレンジだなと思います。あくまでも、きっかけは『進行曲』という素晴らしい映画との出会いではあるんですけど。
『進行曲 マーチングボーイズ』©2025 Marching Next Media. All Rights Reserved.
――「いろんな様々な作品に携われるのが面白い」と前売券販売の会社で働き始めた西牧さんが、40年以上を経て、ひとつの作品を世に送り出す配給業務に尽力されているというのも素敵な変化だと思います。
本当に出会いに感謝ですね。いろんな作品に携わる、いろんな方たちとお会いしてきたからこそ、自分の根底にある「好き」というものを知ることができたのかなと思います。今回、自分が本気で「いいな」と思ったものを手がけられるという喜び、感動というのをひしひしと感じています。
――『進行曲』の公開もこれからで(取材は10月初旬)、少し気が早いですが今後、同じような良い出会いがあれば、配給業務を継続していく可能性も?
そうですね。別に「配給会社になりたい」とか「配給会社やります」と公言するというわけではなく、良い作品に出会えた時に、自分たちで手がけることができるなら、それはすごく幸せなことだと思います。そういう作品にぜひまた出会いたいですね。
――最後に、映画業界を志している方に向けて、アドバイスやメッセージをお願いいたします。
いま、映画業界で働きたいと思っている方は、おそらく昔とはまた違うでしょうし、業界自体が大きく変わってきていて、何かを語ることがすごく難しいですが……。僕自身、若い頃から映画が大好きで、「夢を持つ」という意味で、その思いを向ける先がたまたま映画だったんですが、映画というのは本当に夢が詰まっていて、恰好の材料だなと思います。ぜひ強い信念をもって夢を追いかけてほしいですし、あとはやはり、出会いに対する謙虚さ、学びの精神を持ち続けることが、いろんな人を惹き寄せてくれるんじゃないかと思います。
『進行曲 マーチングボーイズ』は全国にて順次公開中。
