元プリンセス プリンセス渡辺敦子さんは音楽ダンス学校の校長に 出身者には元乃木坂の白石麻衣も【あの人は今こうしている】

    渡辺敦子さん(C)日刊ゲンダイ

    【あの人は今こうしている】

     渡辺敦子さん(元「プリンセス プリンセス」/61歳)

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     ♪ダイアモンドだね〜のノリノリのサビが懐かしい「Diamonds」。歌っていた5人組ガールズバンド「プリンセス プリンセス」は、「M」「世界でいちばん熱い夏」など1980〜90年代にヒット曲を連発した。リーダーだった渡辺敦子さんは今、どうしているのか。

     東京メトロ西葛西駅から徒歩3分の「東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校(TSM)」で会った渡辺さん、“学校長”の肩書の入った名刺を差し出し、まずはこう言った。

    「プリプリ解散後、これからどうしようと思っていたとき、当時の事務所の社長から『教えるのはどう?』と、この学校を紹介されました。音楽理論などを学んできたわけではないので無理だと思いましたが、見学に来たときの学生の目の輝きに心を動かされ、挑戦してみることにしたんです」

     TSMは全国で大学や医療福祉系の専門学校など85校を運営する学校法人「滋慶学園」グループのひとつ。これまで白石麻衣や「MY FIRST STORY」のドラマー・Kid’zら人気アーティストを輩出してきた。現在、在籍学生は1000人以上。渡辺さんは副校長を経て5年前に学校長に就任したという。

    ■解散時に抱えていた借金を返そうと、頑張りました

    「副校長に比べ、学校長は全体を見なければならず責任がすごく重いですが、やり甲斐を感じています。運営だけでなく授業を持ち、直接みている学生もいて、個別の恋愛相談なんかにものるんですよ。大阪の系列校を含め、週4〜5日は学校の仕事をしていますね。気がつけば、プリプリをやった13年より、ずっと長く教育に携わってきました。実は、プリプリ時代、税金対策に失敗し、解散時は多額の借金を抱えていたので、がんばって働かざるを得なかったんです(笑)。でも、おかげでたくましくなり、借金も返し終えました」

     TSMとは別に、10年前に児童発達支援・放課後等デイサービスを行う多機能型事業所「ダイアキッズ」を開所。その代表の顔も持つそうで、大忙しだ。

    「東日本大震災の復興支援のため、2012年に1年限定でプリプリを再結成し活動したら、“やればできるんだ”と私の中にエネルギーがあふれてきた。そのタイミングで、旅行先のインドの大自然のなかで無邪気な孤児と触れ合ったり、学生時代の友人がこうした施設をやりたいと言うのを聞き、興味を持ったのが始めたきっかけです。改めて振り返ると、私は夢がかなって好きな音楽でプロになり、プリプリで本当に素晴らしい経験をたくさんさせてもらった。人間の命って尊く、人生って素晴らしい。私は子どもを持たない人生だったけど、未来ある子どもたちにもその素晴らしさを知ってほしいと思い、中高時代を過ごした千葉の市原で開所しました」

     子どもを持たなかったとは、渡辺さん、結婚は?

    「36歳のときにしたのですがすぐに別れ、再婚はしていません。一人に慣れると気楽で(笑)。プリプリのなかで、私が一番いい奥さんになって落ち着きそうだねとメンバー間で話していたのに、わからないものです」

     千葉市内の両親のそばで1人暮らしをしつつ、ここ2、3年は89歳の父、85歳の母のフォローもしてきた。父親はこの8月に亡くなったという。

    「ウチは両親の仲が悪く、激しく言い合うのを聞くのがつらかったので、父が亡くなったのは悲しいけれど、少しホッとしました。働きづめで60歳を過ぎました。そろそろ仕事以外にも目を向けたほうがいいかな、と思い始めているところです」

     (取材・文=中野裕子)

    ▽渡辺敦子(わたなべ・あつこ) 1964年10月26日熊本生まれ、千葉育ち。中2でバンド活動を始め、県立京葉高校3年の83年、レコード会社主催のオーディションで選ばれ、86年、「プリンセス プリンセス」のリーダー兼ベーシストとしてデビュー。ヒットを連発し日本武道館公演を成功させるなど人気を博した。96年解散。

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