
トーキョー創作噺スタイルのポスター
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【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】9月の末、23日と27日に2つの落語会を楽しんだ。まずは23日、東京・日本橋人形町の日本橋社会教育会館ホールで行われた「継往開来PRESENTS トーキョー創作噺スタイル~創作の今。手探りの時代から完成の時代へ。~」。長い副題が付いているが、一言で言えば創作落語の会だ。
開口一番の隅田川わたし(32)を除いて三遊亭円丈(42)、春風亭昇々(41)、浪曲師の玉川太福(47)と曲師玉川みね子(73)、立川談寛(44)、林家彦いち(57)という豪華な面々が創作噺を披露した。
今年3月に真打ちになり、二代目を襲名した円丈の「ココロノガイネン」はどこか哲学チック、昇々の「すたば」はスターバックスコーヒーのおかしな従業員と女性客とのやりとりを面白おかしく描き、そして太福は「仮名手本忠臣蔵」をパロディーにした「サカナ手本忠臣蔵~オオイカ東下り~」の一席でこの日一番の拍手を受けた。
舞台は海。主君の敵を打つべく大石内蔵助ならぬオオイカ内蔵助が、いよいよ京から江戸に向かう。偽の道中手形を作り、近衛関白家の役人、カキ内左内と偽って神奈川宿の本陣に宿泊すると、そこには何と本物のカキ内左内が泊まっていて…という、おなじみ「大石東下り」を題材にした爆笑編。太福の熱演に引きずり込まれた。
中入りを挟んで、立川談志さん最後の弟子の談寛が、水道管に詰まってしまった“ゲル状のもの”を取り除いた業者のもとを、その“ゲル状のもの”が礼に訪れるという荒唐無稽の一席でわかせた。
そしてトリを飾ったのが林家彦いち。海沿いの写真店にある椅子に思い思いの写真を持ち込んで座ると、それぞれ遠い思い出がよみがえるという「記憶椅子」を披露した。写真店と椅子の秘密が解き明かされるサゲで笑わせ、観客を引き込んだ。
古典落語も最初は新作だ。「牡丹灯籠」も「真景累ケ淵」も三遊亭圓朝の創作落語。「やまんなか企画」の好企画。この会から、未来の名作が生まれることを祈って止まない。
2つ目の落語会はこちら。9月27日に横浜・関内ホール・大ホールで開かれた「立川志の輔独演会」だ。同ホールの40周年を記念した会で、1038席がチケット発売初日にあっという間にソールドアウト。改めて志の輔人気を物語った。
立川志の輔(72)の7番目の弟子で二つ目の立川志の磨(43)が開口一番を務め、「転失気」でご機嫌をうかがい、師匠にバトンタッチ。志の輔は「30年前、毎月、つまり1年に12回小ホール(264席)で独演会をさせてもらっていました」と浅からぬ縁を披露してから「猿後家」をかけて満員の客席を爆笑に包んだ。
中入り前には、親交のある民謡名人位の伊藤多喜雄(75)がスペシャルゲストとして登場し、尺八、三味線の伴奏で「ソーラン節」などを熱唱し、40周年に花を添えた。日本民謡協会を2度も追放されながら、今では名人位をいただく異色の人。「紅白歌合戦への初出場が決まった時には思わず涙が出た」(志の輔)という深い関係だ。
休憩を挟んで、志の輔が2席目に入る。「千両みかん」だ。その時代時代で微妙に貨幣価値は変化するが、千両と言えば、最低でも8億円…との志の輔の説明に「へー」の声が漏れた。真夏にみかんが食べたくて寝込んでしまう商家の若だんなのために、番頭が奔走。なんとか1個だけ入手するが…。志の輔の「千両みかん」は初めて聞いたが、説明が行き届いていておもしろかった。
横浜出身の桂歌丸師の独演会で幕を開け、そして40周年を迎えた同ホールでの記念の会。志の輔は満員の観客に呼び掛けて三三七拍子でにぎやかに締めくくった。帰りしな、お客さんの顔を見ると、皆さん満足そう。当代きっての人気と実力を誇る志の輔と共有した時間に酔いしれていた。
