一見すると、韓国時代劇『火の女神ジョンイ』とNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に接点はないように見える。一方は、朝鮮一の女性陶工を目指すヒロインの物語。もう一方は、豊臣秀吉と、その天下取りを支えた弟・豊臣秀長を描く戦国ドラマである。
しかし、両作品は「豊臣秀吉の朝鮮出兵」という歴史によってつながっている。
『火の女神ジョンイ』の主人公ジョンイのモチーフとなった女性陶工・百婆仙は、豊臣秀吉が引き起こした戦争によって朝鮮半島を離れ、日本で生きることになったと伝えられているからだ。
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、仲野太賀演じる豊臣秀長を主人公に、池松壮亮演じる兄・豊臣秀吉とともに天下統一へ駆け上がる兄弟の物語である。
大河ドラマ『豊臣兄弟!』ポスター(出典=NHK)
だが、秀吉が天下人となった先には、朝鮮半島への侵攻が待っていた。
ジョンイのモデルは実在した女性陶工
『火の女神ジョンイ』は、朝鮮王朝時代に王室用の陶磁器を製造していた司甕院の分院を舞台にした作品である。ムン・グニョン演じるユ・ジョンは、男性中心の陶工の世界で朝鮮一の沙器匠を目指す。宮廷内の陰謀や出生の秘密に翻弄されながらも、陶磁器作りへの情熱を失わず、自らの道を切り開いていく。
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ジョンイは架空の人物だが、そのモチーフとなったのが百婆仙である。
百婆仙は、朝鮮半島出身の陶工・深海宗伝の妻であり、自身も陶磁器作りに携わった女性として伝えられている。有田町では有田焼の創業に関わった人物の一人として顕彰され、現在も彼女を祀る法塔が残されている。
ドラマでは、百婆仙を下敷きにしたジョンイの才能に、豊臣秀吉が目をつける展開が描かれる。最終回では、朝鮮から運ばれてきた陶磁器を手にした秀吉が、ジョンイの器を高く評価し、彼女を日本へ連れてくるよう命じる。これは、ジョンイがその後たどることになる過酷な運命を暗示する場面である。
秀吉の朝鮮出兵で海を渡った陶工たち
豊臣秀吉は1592年と1597年の2度にわたり、朝鮮半島へ大軍を送った。日本では文禄・慶長の役、韓国では壬辰倭乱・丁酉再乱と呼ばれている。
この戦争では多くの命が奪われただけでなく、朝鮮半島に住んでいた人々が捕らえられ、日本へ連れてこられた。
そのなかには、高度な技術を持つ陶工たちもいた。
当時の日本では茶の湯文化が盛んになり、朝鮮半島で作られた器が珍重されていた。朝鮮陶工の技術は各地の大名にとって価値が高く、肥前をはじめとする地域で陶磁器生産に利用されたのである。
佐賀県も、文禄・慶長の役によって朝鮮半島から連れてこられた陶工たちが県内各地に窯を築き、その技術が陶磁器産業の発展につながったと説明している。
有田焼の始祖として知られる李参平も、朝鮮半島から日本へ渡った陶工の一人である。そして百婆仙の夫・深海宗伝もまた、この時期に日本へ渡り、肥前国で陶磁器作りに携わったと伝えられている。
百婆仙は、自身の腕を見込まれて単独で連れてこられたというより、陶工だった夫に付き従う形で日本へ渡ったと見るのが自然だろう。
夫の死後も技術を守った百婆仙
深海宗伝の死後、百婆仙は息子や一族とともに陶磁器作りを続けた。陶工たちをまとめる指導者的な存在になり、のちに有田へ移住。良質な陶石に恵まれた土地で、陶工たちを率いながら磁器生産に力を注いだと伝えられている。
有田観光協会は、百婆仙について「有田焼の母と慕われた」人物と紹介している。百婆仙の本名を示す記録は残っておらず、その呼び名も、長寿を保った彼女に対して子孫が敬意を込めて付けたものだという。
現在も有田町には百婆仙の法塔や、彼女を記念した施設がある。戦乱によって故郷を離れた女性陶工の足跡は、400年以上が過ぎた今も日本の焼き物の町に残っている。
秀吉の「成功」の裏側にあったもの
『豊臣兄弟!』で描かれるのは、貧しい境遇から天下へ駆け上がる兄弟のサクセスストーリーである。しかし、秀吉の天下統一後に行われた朝鮮出兵は、朝鮮半島に甚大な被害をもたらし、多くの人々の人生を変えた。
九州国立博物館も、文禄・慶長の役を秀吉が朝鮮へ攻め入った大規模な戦争として位置づける一方、鍋島直茂らが朝鮮陶工を保護し、磁器の国産化を進めた歴史を紹介している。
その皮肉な歴史を女性陶工の側から描いたのが、『火の女神ジョンイ』だと言える。
豊臣秀吉にとって陶磁器は、異国から持ち帰る価値ある文化だった。しかし、百婆仙たちにとって海を渡ることは、戦争によって故郷と引き離されることを意味した。
『豊臣兄弟!』が描く天下人の物語。その歴史を朝鮮半島の側から見つめ直すと、『火の女神ジョンイ』へとつながるもう一つの物語が浮かび上がるのである。
文=森下 薫
