映画館の座席。私は、わりと本気で悩む。
映画ソムリエを名乗り映画評を書かせていただいている仕事柄、試写室ではメモを取るために理想の座る位置が決まっていたりする。
けれど、プライベートでチケットを買って映画館へ行く時、その2時間を「どこで過ごすか」は、私にとって人生の選択くらい重要なのだ。
あなたのお気に入りの座席はどこ?(写真は『さらば愛しきアウトロー』より)[c]EVERETT/AFLO
私がいちばん好きなのは、後方の端の席だった。
右でも左でもいい。ただ、片側が空いていること。両隣を人に挟まれるとほんの少し呼吸が浅くなる気がして、壁や通路に面した「片側の自由」が私には必要だった。心理学でいう「コントロール感」、、、逃げ道があり、自分で動けるという感覚が、私に安心と没入の余白をくれていたのだ。
だから長年、「端の席こそ至高!」と信じて疑わなかった。
ところが、映画を観続けていると、どうしても理想の席が取れない日がやってくる。半ば強制的にいつもと違う場所に座らされたことで、私は思いがけない事実に気がついてしまった。
映画館は、座る場所が変わるだけで、同じ映画の見え方までガラリと変わる。座席ごとに、まったく違う魔法が隠されていたのだ。
スクリーンとの距離で生まれる感動も変わる?
たとえば、ほぼ満席のなかでギリギリにチケットを取った『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(25)。
選べたのは前から4列目の中央で、上映前は「近すぎるかもしれない」と少し身構えていた。けれど、映画が始まった瞬間、その不安は歓喜に変わる。
視界を超えてスクリーンが広がると、もはや「観ている」のではなく「その空間にいる」と錯覚。
無限城を真っ逆さまに落ちていく絶望感。スクリーンいっぱいに迫る猗窩座の静かな笑み。渦を巻く浮世絵のような技の数々。それは映画を観ているというより、巨大なアートの内部に侵入するような感覚だった。前方席は、スクリーンを眺める場所ではなく、映像に飲み込まれるための特等席だったのだ。
劇場がライブ会場のような迫力が体感できた『ボヘミアン・ラプソディ』[c]EVERETT/AFLO
映像に飲み込まれる前方席に対し、通路側の席はふいに「ライブ空間」へと化ける。
それを教えてくれたのは『ボヘミアン・ラプソディ』(18)だ。あの伝説のライブシーンの最中、誰かが立ち上がり、トイレへ向かった。一瞬「こんなタイミングで?」と驚いたが、その人が通路を歩いていく時、横を生ぬるい人間の風が通り抜けた。
その瞬間、歓声も応援もないはずの映画館が、スタジアムのアリーナ席に変わった。誰かが通り抜けるノイズすら、巨大なライブ会場の熱気に変換されてしまったのだ。それ以来、音楽映画はあえて通路側を選びたくなる。
逆に、スクリーンから距離を取ることでしか得られない感動もある。
壮大な自然の風景が広がる『LIFE!』(14)を後方席から観た時は、まるで自分自身が遠くから世界を旅しているような心地よさがあった。
後方や中央席でしか味わえない魅力
その感覚は、少し後ろの席で観た『インターステラー』(14)でさらに確信に変わる。
五次元の本棚のシーン。もしスクリーンに近すぎたら、圧倒的な映像にただ飲み込まれていただろう。同作のクリストファー・ノーラン監督自身が「IMAXなら中央より少し後ろ」をベストな席だと公言しているように、少し距離を取ったからこそ、重力さえ時間を超えていく奇妙な空間の奥行きを感じ、宇宙の孤独にぽつんと投げ出されるような没入感を味わえた。
IMAXでの撮影にこだわるクリストファー・ノーラン監督(※写真は『インターステラー』撮影時)[c]EVERETT/AFLO
そして、私の「端席至上主義」を完全に打ち砕いたのが、『トップガン マーヴェリック』(22)で座った中央席だ。
音響エンジニアがチューニングの基準とする「音の特等席(スイートスポット)」でもある中央付近。戦闘機が急旋回するたび、劇場のあちこちから息を呑むどよめきが起こり、エンジン音の轟きに周囲の観客の身体がフワッと前のめりになる。
ふと見ると、4DXでもないのに前の席のおじさんの頭がガクガクと上下に揺れていた。自己発電で重力(G)を体現しているのだ!!!
心の中で少し笑ってしまったけれど、「そうでもしないと割に合わないリアリティだもんな」と深く共感した。
36年ぶりとなる続編となった『トップガン マーヴェリック』[c]EVERETT/AFLO
自分ひとりで観ているはずなのに、知らない人たちと同じ瞬間に息を呑み、熱狂を共有する。ジェットコースターに同乗しているようなあの一体感は、中央席でしか味わえない。
では、実際にいま公開されている映画なら、どこに座るべきか。
ベストな席は、誰と観るかで変わる
たとえば現在国民的ヒットを遂げている『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』なら、私は「通路側」で正解だった。
というのも、7歳の娘と一緒に映画館へ行く親として、一番の死活問題は上映中の「トイレ!」だからだ(笑)。
もちろん、事前にドリンクを飲みすぎないように、大人なら調整できるけど、子どもは違う!
りんごジュースを映画館に入る前にたくさん飲んでしまっていた!これは予想外…。でも、行った時期は真夏で、暑いから仕方がないよね…。
興行収入146億円を突破した『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』[c]ナガノ / 2026「映画ちいかわ」製作委員会
なので途中で席を立つ時、中央の席からだと周りに気を遣ってヒヤヒヤしてしまう。親が安心して映画を楽しむための余白として、通路側はマストだ。でも、もし大人ひとりで観るなら、ちいかわたちのかわいい音楽的なライブ感を楽しむために迷わず中央に座る。セイレーンの迫力もど真ん中で楽しんでみたい。
誰と観るかでベストな席は変わるのだ。
