登壇者:『指飛行機の行方』黒木 瞳・常間地裕共同監督、大谷碧空、吉田雅彦さん(吉田由美子さん兄)
         『カラノウツワ』松田美由紀監督
         『恒星の向こう側』河瀨直美、中川龍太郎監督

     「なら国際映画祭」は、奈良の平城遷都1300年にあたる2010年に、映画作家・河瀨直美をエグゼクティブディレクターに迎えて始まった、2年に1回開催される映画祭。
     9回目の開催となる「なら国際映画祭2026」は、9月19日(土)から9月23日(水・祝)まで開催中。

    女優から監督へ 監督から女優へ

     「なら国際映画祭2026」では、俳優として長年スクリーンで活躍してきた表現者が映画監督として作品を生み出し、一方で世界を舞台に活躍する映画監督が俳優としてカメラの前に立つ特別プログラム「女優から監督へ 監督から女優へ」を開催。上映されたのは、黒木瞳・常間地裕共同監督『指飛行機の行方』、松田美由紀監督『カラノウツワ』、中川龍太郎監督『恒星の向こう側』の3作品。

     黒木 瞳と松田美由紀は「女優から監督へ」。そして『恒星の向こう側』では、「なら国際映画祭」のエグゼクティブディレクターであり、映画監督として世界で活躍する河瀨直美が「監督から女優へ」転身する。

     演じることと、撮ること。カメラの前と後ろの境界を越えることで、それぞれの表現者が映画に何をもたらすのか。「なら国際映画祭2026」のテーマ「CROSS」を、まさに体現する3作品が奈良のスクリーンに集った。

    黒木 瞳、事故から40年を経て初めて御巣鷹へ
    親友への思いを映画として撮り上げた『指飛行機の行方』

     初の上映を終え、壇上には黒木 瞳監督、常間地裕監督、主演の大谷碧空、そして事故で亡くなった、黒木の宝塚歌劇団の同期生であり、親友だった吉田由美子さん(芸名・北原遥子)の兄である吉田雅彦さんが登壇。さらに河瀨直美も交えて、トークショーを開催した。

     まずは黒木より、「このなら国際映画祭で初めて皆様に観ていただく運びとなりました。本当に光栄に思っています。ありがとうございます」と感謝が述べられた。

     続いて河瀬より、「私はものすごく鮮明にこの日を覚えています。当時、とてもショッキングなニュースだったし、自分がそこにいたらどうなっていたんだろうと思いました。この40年間の時間やさまざまなことが巡って、黒木さんにも言葉にできない時間があったんだろうなと感じています」と述べられ、黒木は、「お兄ちゃん(吉田雅彦さん)は毎年、御巣鷹に登られていたのですが、私はどうしても登れなくて。見たくない、認めたくないという自分がいました。でも昨年、(事故から)40年になったときに、やっぱり一度は訪れないといけない、見てあげなきゃいけないという思いが強く勝って、決心をしました」と語り、「登ったら、この光景を残しておかなければいけない、事故を風化させてはいけないという思いもありますし、520名の犠牲者の方、ご遺族の方、そういった方々の声なき声をフィルムに残しておきたいと思いました」と制作への決心を振り返った。

     事故が帰省シーズンの飛行機で起きたこと、ひとつ歯車が違えば明日はどうなるか分からないということに河瀬が触れると、「最後に流れる歌は、事故の10日前にカセットテープに録られていた実際のレッスンの歌で、ミュージカルに出ようという気持ちでレッスンをしていたんだと思います」と黒木が話し、「多分、本人はもっとうまく歌いたかったと恥ずかしがっているんじゃないかな。初号を同期の何人かに観てもらったんですけど、『現役のときよりは上手になっているね』と盛り上がりました」と懐かしんだ。

     今回、共同監督の常間地監督にオファーしたきっかけを聞かれると、「常間地監督も主演の碧空さんも事故を知らない世代なんです。その知らない強みがあると思って、今回、協力していただきました」と明かすと、常間地監督は「一度、水戸映画スクールという試みで黒木さんとご一緒していて、今回の由美子さんへの思いや御巣鷹山に登られたことをお聞きし、これは記録として残したいなと思いました。そして、改めてその話をまた頂いたときに、御巣鷹山の沢の音が非常に思い出に残ったとおっしゃられていて、音や声にフォーカスする映画を作れないかなとなりました」と制作の初期を振り返り、「でも何かこうやるべきだという直感みたいなものが本当にすぐ働いて。ただ、やはり多くの方の命が亡くなられている事故ですので、そこに向き合う責任感みたいなものは、この映画製作の時間、ずっと感じていました」と制作過程の熱い想いを語った。

     黒木も、本作がドキュメンタリータッチになったことについて、「最初はフィクションで台本を書いていただいていたのですが、なんかしっくりこなくて。なのでドキュメントですけど、由美子さんが亡くなった24歳くらいの同年代の女性に登っていただいて、最終的には命の尊さを噛みしめて希望につながる、少しフィクションが入った作品にさせていただきました」と明かした。

     吉田雅彦さんは、「最初に黒木監督からこういう作品を作りたいっていう提案があった時に、ドキュメンタリーの作品を作るというのはちょっと難しいというか、その落としどころが、観客の皆さんの耳に、終わった後で何が残るのか。泣かせる映画でもないし、かといって、盛り上がるところがあるわけでもないし、すごく難しいチャレンジだなとは思いました」と当初のオファーを受けた感想を明かすと、続けて主演を務めた大谷が「この作品に入らせていただくお話が決まった時に、失礼に当たらないように調べ尽くしてから行こうと思っていたんですけど、監督お二人が一回そのままを見せてほしいって言われて。その時に、確かに今の若い子たちは、SNSが発達したせいでもあると思うんですけど、昔のことを知ろうとせずに、今のことだけを見ていると思うんです。そして何も知らない状態で、こういった事故があったところに、多分行ってしまう。行くのはいいことだと思うんですけど、何も知らずに行ってしまうということが、やっぱりこの時代に多いと思っていて。なので、今回何も知らない状態で訪れた際に、もう本当に言葉にならなかったというのが一番印象強いですね」とクランクインの際の衝撃を語った。

     編集の際に、「私を泣かせて」と常間地監督に伝えていたという黒木は、「私が泣かなきゃ完成しない、と言いながら作業していましたね」と振り返り、劇中で印象的に流れる中島みゆきの楽曲「命の別名」については、「以前撮った2本でも中島さんの楽曲を使用しており、3本目を撮るときは、また中島さんの楽曲で撮りたいなと思っていました。いろんな曲を聴いていく中で、この『命の別名』という歌に出会い、もうこれは撮るしかないなというふうに思ったところもありました。あの曲は一人ひとりの命の大切さ、心、一人の人を偲ぶことが大勢の方を偲ぶことにもなるし、一人の人を愛するということは多くの人を愛せるということにもなると思って、今回この曲を由美子さんに焦点を当てて、撮りました」と楽曲起用に込めた思いを語った。

     終盤には、常間地監督と共同で監督を務めたことについて黒木が「作品の第一歩から常間地監督には息子のように寄り添っていただいて、ふたりで一つのような感じでした」と振り返ると、常間地監督は、「フィクションで撮ってきた中で今回、黒木さんと一緒に映画を作らせていいただいて、ドキュメンタリーの対象を見つめるという時間の濃密さを非常に感じました。映画をこれからも撮っていきたいので黒木さんにもいつか女優としてご一緒できるように頑張りたいです」と感謝を述べ、出演オファーに「喜んで」と黒木も快諾し、和やかな雰囲気の中、トークショーは終了した。

    松田美由紀、44年前に共演した原田美枝子を自ら演出
    原田美枝子×佐藤緋美『カラノウツワ』

     俳優、歌手、写真家など多彩な分野で表現活動を続けてきた松田美由紀が、監督・脚本・編集を手掛けた『カラノウツワ』。本作は15分の短編作品で、短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS Season8」の一作として製作された。松田は本作の脚本と構想に約2年を費やした。

     主演を務めるのは原田美枝子と佐藤緋美。パチンコ店には似つかわしくない上品な雰囲気を漂わせる65歳の常連客・文子(原田美枝子)と、複雑な家庭環境で育った24歳のアルバイト・土井(佐藤緋美)。偶然のきっかけから交流を始めた、親子でも恋人でもない、どこか“似た者同士”の二人が、それぞれの孤独と幸せに向き合っていく。

     上映が終わり、壇上の河瀨直美監督の絶賛のコメントと客席からの拍手に迎えられ、松田が登壇すると、まずは作品を鑑賞した観客に感謝を伝え、旧知の仲である河瀬監督とのトークイベントがスタートした。

     9月21日が松田優作の誕生日であることに触れ、「なんていい日なんでしょう、ずっと空から守ってくれているので」と喜んだ。

     本作の撮影期間がわずか2日間だったことを明かし、「死ぬかと思いました……」と振り返り、限られた予算と時間の中で、監督、脚本、編集、音楽まで自ら担い、作品を完成させたという。「2日間という短期間でこのクオリティを出せる監督は、日本にあまりいないと思います」と河瀬監督に手腕を称えられると、松田監督は、“四の五の言わず、とにかくやる!!”という河瀬監督と以前、作品を共にしてきた経験が活きたことを明かした。

     以前、奄美大島での撮影時に、「『美由紀さん、ガン患者の役なので、3日間入院して』と言われ、一般病棟で入院することになりました。ほんとに辛くて、携帯を触っていると、『美由紀さん、携帯見てるでしょ』って、河瀬監督にバレて最後には取り上げられちゃったんです」と当時を振り返り、続けて、「地元の方がタコ釣りに誘ってくださって。外出禁止と言われていたけど、どうしても行きたくてしょうがなくて、行こう!と部屋を一歩踏み出したら目の前に河瀬監督が立っていました」と話すと、「開いた扉がすーっと閉まったよね」と河瀨監督と当時を思い出し笑い合った。そして「自分の中のリアリティを落とし込むということを教えてくださったのが河瀨監督なんです。あの3日間の衝撃的な経験が自分の基本になっていて、役が入ってくるものがすごいなと思いました」と感謝を述べた。

     松田は、長年写真家としても活動し、フィルム撮影から暗室でのプリント、写真集の制作まで自ら手掛けてきた。その経験は、本作の画づくりや編集にも生かされており、「パチンコは人生で1回くらいしかやったことないのですが、以前からすごくきれいだなと思っていました。なのでその画が描けたのが良かったです」と、劇中の印象的なパチンコ店のシーンを振り返る。そして、「限られた時間の中で作品を撮っていると、どんなことも見逃さないぞ!と。短い作品なのでどうしてこのカットが使われているのか、その意味が本当に響いてくる。それは長編を撮らないと分からないのかもなのですが……」と明かすと、「本当に撮ってほしいなと思います。もしかしたら海外のプロデューサーと作品を開発することも十分にあり得ると思います」と、松田の監督としての今後の活躍に、河瀨監督から期待の思いが寄せられた。それを受けて松田は、「監督に本当に教えていただいたのは、人間を描くっていうこと。人間の裏表を描くということは、すごく影響を受けているので、本当に感謝しています。感謝しきれてないぐらい感謝してます」と述べると、「表と裏というか、人前で話したり、思いを言語化したり、人それぞれの心の扉を開く、扉の重さっていうのがあるよね。年齢とともに扉は軽くなってきたりするんだけど、若い世代の人たちはもっと力いっぱいグーって押しても押しても、その扉が開かない、怖くて押せないことがある」と心の扉に言及し、「今日がお誕生日の優作さんも不器用なほうだったんじゃないかな? でも、いろんなことがある中で、そういう不器用だけども、開いた先にものすごく美しい世界が広がっていることを知って、その世界をやり続けてきた。また美由紀さんも、本を出されたり、写真を撮ったり、歌ったり……その扉にいろんな色があって、それを開かれている。でも最近の日本のちょっと閉塞感とか、もっと自由だったはずの部分が、若い世代の人たちは言わないとかやれないとか、映画業界って、それがもろに影響を受けているような気がしている」と話すと、「人目を気にすることばっかりの世の中になったような気がして。結局のところ、愛したり、憎んだり、悲しんだりって、すごく動物的な感情が結果残っていくもので、どの時代でも。だからその動物的なものをもっともっと表現していかなきゃいけないなっていうふうに思っています」と述べた。

     トーク後半では、松田監督が現在温めている次回作についても話が及んだ。自身の母親の壮絶な人生を題材に描く構想があると明かしつつ、「ただ、遊ぶことも楽しくて。私たちの60代はご褒美の年齢だと思うんです。今までよく頑張ってきたねと。君のために過ごしていいよっていう年でもあるんじゃないかなと思っていて」と明かすと、河瀨からは、「美由紀さんも数年前に倒れられて、戻ってきた!という感じがしています。なので長編をぜひ作ってほしいし、その題材だとロード・ムービーのような作品になると思うんですけど、ものすごく編集もうまいです」と期待を語ると、松田は、「編集がすごい好きで。写真も、写真集にするとワクワクするんですよね。写真の順番で全然世界観が変わります。それと同じように、やっぱり映像も同じだったなっていうのをすごく感じて、今回、すごく嬉しくなりました」と編集作業を振り返り、本作の完成を喜んだ。

     イベントの最後には、松田優作の誕生日を祝い、会場全体が「Happy Birthday」を歌う特別な時間が生まれた。会場は自然と温かな空気に包まれた。

    “監督から女優へ”河瀨直美がスクリーンに立つ
    東京国際映画祭・最優秀女優賞 W受賞作『恒星の向こう側』

     「女優から監督へ」と対をなす「監督から女優へ」の一本が、中川龍太郎監督『恒星の向こう側』。中川監督が「喪失と再生」を見つめる3部作の最終章として撮り上げた作品だ。主人公・未知を演じるのは福地桃子。その母・可那子を演じるのが、映画監督として世界的に知られる河瀨直美。なら国際映画祭を率いるエグゼクティブディレクターであり、これまで「監督」として映画を生み出してきた河瀨直美が、今度は「女優」として奈良のスクリーンに登場。「女優から監督へ 監督から女優へ」という本プログラムを象徴する一作となった。

     ステージに登壇した河瀬は「朝からここでは、女優から監督へ、そして今、監督から女優へというタイトルで、すごくいろんな窓があるというか。黒木 瞳さんの作品もそうだし、松田美由紀さんの作品もそう。いろんな窓を、いろんな角度から、いろんな立場から作り上げた人たちの、そういうものが、今日は一日、このホールの中で、うごめいているのかなと感じています」と挨拶。中川監督は、「直美さんとは何度かお仕事をサポートでやらせていただいたこともありますし、本当に良くしていただいているので、直美さんの仕事にかける厳しさや、芸術に対しての真っ直ぐさというのを間近で見させていただいており、その厳しさというものが、この役には必要なものだと思っていました。演じる人たちを一人ひとり見つめて、こういう言葉を伝えたいということを、ある程度、自分の言葉として、あの場で後続世代である自分たちに伝えてくれたと感じています」と、河瀬の出演に感謝を述べた。

     続いて河瀬は、「今日、ご覧になった方も思っていらっしゃったんじゃないかと思いますが、母親になるということも未知の世界だと思いますが、親を看取る、親を亡くすというのも、多くの人が何回も経験することではなくて。こうやって親子で向き合う時間も永遠じゃないんだっていうことも、意識をしないといけない年になってきて、その未知の世界に不安や期待と共に打ち当たっていく。私も今そういう世代ですかね」と語り、「今、それぞれどの世代の方が見るかによっても変わるとは思いますが、今この作品に出会ってよかったなって思う方が多いのではないかなと思います」と、10月30日(金)より劇場公開される本作をPRしてトークショーは締めくくられた。

    「なら国際映画祭2026」開催概要

    ◆開催日:9月19日(土)~23日(水・祝)
    ◆開催場所:奈良市 奈良市ならまちセンター市民ホール/奈良公園バスターミナルレクチャーホール
          東大寺総合文化センター金鐘ホール/春日大社 感謝・共生の館 等

    ◆実施内容:インターナショナルコンペティション/NARA-wave学生映画コンペティション
          カンヌ国際映画祭招待作品上映/ベルリン映画祭スポットライトジェネレーション部門優秀作品上映
          ショートショート フィルムフェスティバル & アジア優秀作品上映/
          NARAtive/NARAtiveJr作品上映/ユースシネマプロジェクト 等

    (オフィシャル素材提供)

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