ミランダ・ジュライによる9年ぶりの長篇小説『はいつくばって』。そのテーマは「中年」そして「更年期」。主人公は著者を連想させる45歳のアーティストで、音楽プロデューサーの夫と可愛い子供とともにLAで平穏な日々を送っている。しかし、新しい自分に出会うためのアメリカ横断ドライブ旅行をきっかけに、人生が思わぬ方向に転がり出します。迫り来る中年期を前に四苦八苦、五里霧中、七転八倒する彼女の人生に、はたして光は差すのか――。

    中年期や更年期というジョークの文脈で語られがちなテーマに正面から切り込み、アメリカでは発表と同時に「こういう本を誰かが書いてくれるのをずっと待っていた!」と大反響を巻き起こし、全米図書賞や英女性小説賞のファイナリストにも選ばれました。

    本書の冒頭をご紹介いたします。

     ***

     お騒がせしてすみませんが、とそのメモ書きは始まっていた。最高の書き出しだ。ぜひお騒がせして! お騒がせして! こんなメモ書きでお騒がせされるのを、生まれてからずっと待っていた。

    お騒がせしてすみませんが、誰かがお宅の窓を通りから望遠レンズで撮影しているのを見かけました。もしお知り合いだったらこちらの勘違いなので謝りますが、そうでない場合は、車のメーカー/型/ナンバーは控えてあります。
    ブライアン(隣の家の者です)

    その後に彼の電話番号

     通りに面したうちの窓は大きくてカーテンもついていないから、本当は望遠レンズなんか使うまでもない。わたしはときどき家に入る前に立ち止まり、何も知らないハリスとサムがいろいろなことをしているところを眺める。ハリスが口をぱくぱくさせてサムに何か説明したり、サムを高い高いしたりしている。すると二人に対してうんと優しい気持ちがこみ上げる。この気持ちを忘れないで、とわたしは自分に言い聞かせる。近くで見るあの二人は、これと同じ人たちなのよ。
     ブライアンがどっち側のお隣さんかはすぐにわかった。FBIのほうだ。ブライアンのおかげでわかったことが一つあるとすれば、それはFBIで働いているというのはCIAみたいには秘密ではない、ということだ。彼はいつも必要以上に大きな字でFBI、と書かれたFBIのベスト(もしかして防弾?)を着ていた。ドジャーズの選手がユニフォーム姿で芝生に水やりをするようなものだ。ご近所さんはみんな思う、うんうん、あなたがドジャーズの選手だってことはようく知ってるよ。
     そんなわけだから、わたしがそのメモ書きを読みあげたとき、ハリスが真っ先にしたのは、ああはいはい、FBIのお隣さんが、誰かが“望遠レンズ”を持ってるところを“察知”したってわけね、と鼻で笑うことだった。その次に何をしたかというと、何もしなかった。僕は忙しいんだ、そんなことにかかずらっている暇はないよ。
    「でもちょっと不気味じゃない?」
    「最近はみんな何でもかんでも写真に撮るんだよ」ハリスは部屋を出ていきながらそう言った。
    「でも電話してみたほうがよくない?」
     ハリスには聞こえなかった。
    「だれに電話するの?」とサムが言った。
     わたしはメモ書きを手に持ったまま、家庭生活で人が日に百万回味わう、あのちょっと見捨てられたような微妙な気分を味わった。泣いたっていいけれど、でもなんで? 細かいことまでいちいち夫と話しあわなくちゃならないなんて変だ。そういうのは友だちとやればいい。ハリスとわたしの関係は、もっと堅苦しい。相手が自分の飲み物に毒を盛ったんじゃないかと疑っている外交官どうしみたいに。いつも喉が渇いていて、でも相手が先にひと口飲んでくれればいいのにといつも願っている。
     どうぞ、召し上がれ。
     いえいえ、お先にどうぞ。
     そちらこそ、お先にどうぞ!
     そんなふうに気を遣いながら暮らすなんて疲れると思うかもしれないけれど、最後に笑うのはわたしたちだと信じている。ほかのみんなが互いに死ぬほどうんざりするころ、わたしたちはちょうど殻を打ち破ってハネムーンを迎えている。たぶん六十を過ぎたころに。
     友だちのキャシーは、夫との電話の最後にいつも、愛してる!と言う。横で聞いていて、いつも腹が立つ。
     だってほんとに愛してるんだもん、と彼女は言う。
     さっきまでさんざん不幸だ、息が詰まりそうだって言ってたじゃない。
     すると彼女は、どうしようもないのよ、というように笑う。夫に何もかも正直に言えとは言わないけれど、せめてわたしには本当のことを言ってよ! ほかの人たちの関係って本当にわからない。いちど親友のジョーディに、彼女と彼女の妻のふだんの会話を録音してほしいと頼んだことがある。ジョーディは才能あふれる彫刻家で、どんなことでも的確に言語化してくれるのだけれど、録音したその会話のなかでは彼女はほとんど何も言わず、妻が最近人気の某テレビ番組がいかにくだらないかを一方的にまくしたてていた。ジョーディはほんのときたま質問をさしはさむだけで、あとはただメルの言うことにくすくす笑っているだけだった。呆れているのかと思ったが、ちがった。
    「メルのあの断言っぷりが楽しいの。あたしは主張の強い人が好きなのね。あんたもそう」
     それに気を良くして、わたしはころっと二人の関係性に賛同した。
    「あの番組はほんと最悪」とわたしは言った。「メルは炯眼(けいがん)だね」
     わたしの友人はみんな、この手の日常の断片をちょくちょく提供してくれる――エロいメッセージのスクショとか、母親に送ったメールとか――なぜかというと、わたしは他人であるというのはどういう感じなのか、いつだって知りたくてたまらないからだ。みんなは何をしているの? この世界でいったい何が起こっているの? もちろん、そんな遺物をいくら集めたところで何かがわかるわけではなかった。それはまるで煙の把手をつかもうとするようなものだった。そもそも把手ってあるの?

    (以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて)

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