玉袋筋太郎
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     お笑いタレント玉袋筋太郎(59)が、12日放送のTBSラジオ「ドン・キホーテ presents テリー伊藤 昭和モーレツ天国」(土曜後3・00)にゲスト出演し、若手時代のエピソードを語った。

     ビートたけしの追っかけだった学生時代を経て、高校卒業後、たけしに誘われる形でお笑いの世界へ飛び込んだ。当時、たけしの弟子たちは「たけし軍団」として、数々のテレビ番組に出演し、一大ブームになっていた。しかし玉袋は、泥臭い修業の道をあえて希望したという。その場所は、東京・浅草のフランス座。かつては、たけしも修業した劇場だった。

     「フランス座、そこで修業を始めた。行きたかったですよ。同じ道を行きたいから。あのころ、たけし軍団って凄く人気があって、キャーキャーキャーキャー言って、アイドル化していたから、そういうのあんまり好きじゃなくて。どうせ芸人になるんだったら、本当に板(舞台)に立とうという気持ちがあって。喜び勇んで行きましたよ」

     ストリップ小屋に、住み込みで働いた時期もあったという。同級生からはうらやましがられたが、苦い思い出も。「俺、照明係をやっていたんですよ。ピンスポ(ットライト)を当てて。だけどね、踊っている踊り子さんがね、俺のおばあちゃんと同い年くらい。そういうのだから、きつい、きつい」と振り返った。

     寝床は楽屋で、「30年くらい前からずっとある布団があったんです。それで寝てたの」という。生活ができないため、体はみるみる痩せていった。「体重も、高校を卒業してから30キロくらい落ちちゃって。ガリガリで」。体の抵抗力が落ちた玉袋を襲ったのが、その布団に寄生していたダニだった。

     「ダニに食われて、大変なことになったんです。やばい、やばい」。皮膚病にかかったようで、病院に駆け込んだところ、医師に驚かれたという。「メスで皮膚の一部を採って、顕微鏡で見るんですよ。先生が顕微鏡で見ているの。“凄い。今時、野良犬もかかんねえよ”って。そういう、壮絶な時期を過ごしました」と振り返っていた。

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