
玉袋筋太郎
Photo By スポニチ
お笑いタレント玉袋筋太郎(59)が、12日放送のTBSラジオ「ドン・キホーテ presents テリー伊藤 昭和モーレツ天国」(土曜後3・00)にゲスト出演し、お笑いの世界へ進んだいきさつを語った。
実家が雀荘やスナックを営んでいた関係で、夜もテレビ見放題の少年時代を送ったという。「ずーっとテレビを見ていたから、ドリフターズとか、そういうのが好きだったし、その後に出てくるのが、漫才ブームじゃないですか。『THE MANZAI』、そこからですよね。ラジオも聴いていましたし」。ラジオといえば、師匠のビートたけしも「ビートたけしのオールナイトニッポン」が大人気だった。玉袋は「殿(たけし)のラジオも聴いていましたね。あれ、1回目から聴いているんです。『オールナイトニッポン』ってね」と、ヘビーリスナーだったことを明かした。
そのうち、たけしの追っかけをやるように。「うちの師匠が『オールナイトニッポン』をやって、(深夜の)3時ですよね、終わるの。その後、打ち上げに必ず行く、四谷の焼肉屋があったんですよ。それを放送で聴いて、あの店だっていって、放送終わりに(店の前で)ずっと待ってて」。すると、たけしは声を掛けてくれたという。
「初めて会った時に、高校1年生ですよ?“あんちゃんら、ビール飲んでけ”って、店の中に入れてくれるんですよ」。ところが、玉袋は「そこは頑なに拒否」したという。「やっぱり、ずうずうしいと思われるのが凄く嫌で」と、その理由を明かした。
何度か入り待ちをし、そのたびにたけしは「飯食ってけ」「ビール飲んでけ」と誘ってくれたが、玉袋は「ずーっと断っていた」という。ところがある日、ついに食事の席をともにすることになった。「あの時、うちの師匠の付き人だったラッシャー板前さんが出てきて、“入ってください”って。“入れません”って。“いや、入らないと僕がしくじるんで”って、入って行ったんです」。ラッシャーの懇願に根負けして、ついに店へと入っていったという。
「お店の一番奥の座敷で、目の前にたけし、横に高田文夫。その目の前に(座った)。そのころって、たけし、高田って、一番影響を受けているわけじゃないですか?その後にテリー(伊藤)っていうのが出てくるんですけど」
その後、玉袋は高校3年になり、たけしに進路を聞かれたという。「“お前、どうするんだ?”、“就職が決まってます”って。それを言ったら、“そこを3カ月で辞めて、俺のところへ来い”って言ってくれたんですよ」。テリーから「押しかけじゃないんだね?」と問われると、「まあ…スカウトですか」と返していた。