6月下旬、『マリ・クレール』フランス版でファッションエディターとして大活躍された山崎真子さんが亡くなりました。葬儀は7月2日10時30分からパリのペール・ラシェーズ墓地のクーポール式場で執り行われました。葬儀にはパリ在住の日本人デザイナー、島田順子さんや入江末男さん、ヘアスタイリストのマサトさんをはじめ、パリでの交流があった方々が参列し、真子さんが好きだったという「My Funny Valentine」のピアノの生演奏が流れ、踊りだす女性もいて、真子さんらしいとても素敵な旅立ちになったそうです。

    女子美術大学を卒業後、1968年に渡仏。テキスタイル会社に勤務後、フリーのスタイリストとして活躍、1985年には「マリ・クレール・アルバム社」に入社。サラ・ムーンやピーター・リンドバーグといった世界の一流カメラマンたちと仕事を重ね、「マリ・クレール」の黄金時代を代表する作品を作り上げました。2014年に同社を退職し、その後は執筆活動を続けていました。

    『マリ・クレール』日本版でも山崎さんには時々パリでの撮影を手伝っていただきました。厳寒のパリ、コンコルド広場で冨永愛さんをモデルに真子さんのスタイリングでピーター・リンドバーグの弟子だったティエリー・ル・グエスと表紙とカバーストーリーの撮影をしたのはとても貴重な体験です。また私がパリ出張の際はいろいろお世話になりました。特に真子さんは高田賢三さんと仲が良く、またお互いの住まいもセーヌ川左岸のサンジェルマン・デ・プレの近辺だったので、とても親密にお付き合いをされていました。パリではよく3人で食事をご一緒させていただいたものです。

    山崎さんの功績といえば、もちろん日本人のファッションエディターのパイオニアとして、『マリ・クレール』フランス版の黄金時代を築いたということがとても大きいと思いますが、1980年代からパリでコレクションショーを開催するようになった日本人デザイナーに対してもサポートを惜しまず、日本人デザイナーの評価を高めることにも大いに貢献されました。

    『マリ・クレール』日本版でも彼女の仕事の歴史を「Travail a Paris」(パリでお仕事)というタイトルで連載させていただいた時期もありました。(2016~2020年) ファッション業界に生きる人たちにとっては、とても興味深いお話が毎回掲載されたのです。読み返すたびに彼女の仕事のレベルの高さに大いに刺激されたものでした。



    2020年4月8日発行の「marie claire style」
    Photos:Thierry Le Gouès
    Hair:Henry Olivier
    Make=up:Delphine Ehrhart
    Realization:Mako Yamazaki
    Model:Ai Tominaga

    text: Katsuto Tai

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