昭和20(1945)年5月29日、横浜は大空襲に見舞われた。隣家の様子を心配した母親と別れ、焼夷(しょうい)弾の降り注ぐ街を1人逃げ惑う12歳の少女がいた◆「子供はみんな防空壕(ごう)だ」。腕章をつけた男性から、土を掘っただけの暗い穴に連れて行かれた。ここにいたら死ぬ。
昭和20(1945)年5月29日、横浜は大空襲に見舞われた。隣家の様子を心配した母親と別れ、焼夷(しょうい)弾の降り注ぐ街を1人逃げ惑う12歳の少女がいた◆「子供はみんな防空壕(ごう)だ」。腕章をつけた男性から、土を掘っただけの暗い穴に連れて行かれた。ここにいたら死ぬ。そう思った少女は外へ飛び出した。急ごしらえの防空壕は爆風と土砂崩れで、逃げ込んだ住民の大半は亡くなった◆生き延びた少女は誓ったという。〈もう大人の言うことは聞かない。今日で子供をやめよう〉。彼女は長じて銀幕にデビューする。岸恵子さんである。映画「君の名は」の寒い北海道ロケで、たまたま私物の白いストールをかぶった「真知子巻き」はブームを起こした◆人気が高まるほど人混みにもまれ、睡眠時間もそこそこに早撮り映画をたらい回しにされる。〈演技者にも作品を選ぶ自由が欲しい〉と、女優仲間3人で独立プロを立ち上げる。所属する映画会社にしか出演できない「五社協定」の厳しい時代に、である◆〈わたしは「うまい女優」であるよりも、「いい女優」でありたかった〉という。24歳でフランス人監督と結ばれ、ジャーナリスト、文筆家としても国際的に活躍していく。戦後日本の飛躍をたどるような生涯である。岸さんの訃報に、自分を貫く「いい生き方」をした女優をうらやましく思う。(桑)
