台湾の新たな才能ツォウ・シーチンが描く『左利きの少女』
台湾には、左利きは悪魔の手という迷信を信じる世代がいる。ツォウ・シーチンにも幼い頃、祖父に左利きを矯正された経験があった。
台湾北部の輔仁大学を卒業し、ニューヨークでショーン・ベイカー監督と出会ったシーチン。2004年の『テイク・アウト』を皮切りに、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)や『レッド・ロケット』(2021)などでプロデューサーを務めてきた。
幼少期の記憶を25年以上も育み続けたシーチンは、盟友ベイカーが製作、脚本、編集で共働した『左利きの少女』で、初単独監督デビューを飾った。
『左利きの少女』©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
台北の夜市、シングルマザーと娘ふたりの新生活は……
シングルマザーが娘ふたりと台北に帰ってきた。こつこつ貯めたお金で麺屋台を始めるのだ。好立地だから稼げるはずだと微笑む不動産屋は、月の支払いを滞らせないようにと念を押す。そのやりとりを隣で雑貨屋を営むジョニー(ホアン・ドンフイ)が心配そうに見つめている。
負けん気が強く反抗的な姉イーアン(マー・シーユエン)、5歳になったばかりの妹イージン(ニーナ・イエ)、ふたりの娘を見つめる母シューフェン(ジャネル・ツァイ)の顔には薄幸感が滲む。10年前、夫は多額の借金を残して姿を消した。黙々と返済を続けた母の背中を見て育った姉は、怒りにも似た感情を抱えている。
『左利きの少女』©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
新生活が始まった矢先、別れた夫が入院したと連絡が入る。身寄りがなく頼れるのは元妻のシューフェンだけで、余命幾ばくもない重病だという。「まだ懲りないの……」そんな娘の苦言にも耳を貸さず母は病院に通いつめる。自ずと屋台はなおざりになる。
『左利きの少女』©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
程なく、看病続きの母は家賃を工面するためにイージンを連れて質屋に駆け込み、ビンロウ(噛みたばこ)店で働いていた姉は仕事を辞めてしまう。エレベーターボタンを無意識に左手で押したイージンは、「悪魔の手を使ってはいけない」と祖父に叱責される。
悪魔という言葉に怖じ気づき、懸命に右手を使おうとするが上手くいかない。それどころか、左手は悪魔の手先となって不審な行動を始める。
『左利きの少女』©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
芯は強いが押しが弱い母、勝ち気だが純な一面もある姉、左手を持て余す妹。ままならない現実が迫る中、祖母の還暦を祝う家族会が催されることになるのだが……。
iPhoneで撮影を敢行! 子どもの視点で夜市の大冒険を表現
イージンにとって、キラキラと輝く夜市は夢のような空間だ。幼稚園の後、姉のバイクで市場に到着すると、光の道を迷うことなく突き進んでいく。どんなことにも瞳を輝かせる夜の大冒険を子どもの視点で描くと決めた監督は、iPhoneで撮影に臨んだ。まるで夜市を一緒に歩いているかのような臨場感に心が躍る。
『左利きの少女』©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
この映画には、監督が幼き日を過ごした故郷への愛と観客への“ささやかなエール”が込められている。我々が生きる現代社会には、格差や学歴の壁、性差間の見えない制限があり、左利きの迷信に象徴される偏見や価値観の押しつけが今もまかり通っている。
『左利きの少女』©2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION COMPANY LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
制約だらけで窮屈な毎日だけど、夢中になれる人は、ありのままの自分を認めることができる。それはきっと素敵なことだと思う。台北の夜市から届いた“ささやかなエール”があなたの胸をそっと包み込む。
文:高橋直樹
『左利きの少女』は8月14日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
