2011年の『ダークナイト ライジング』撮影現場でのクリストファー・ノーラン。Bobby Bank/WireImage/Getty Images『オデュッセイア』は、世界興行収入が少なくとも10億ドル(約1600億円)に達する勢いだ(編注:2026年7月17日にアメリカで公開済み。日本では9月11日公開予定)。多くの有名俳優が出演しているが、観客を引きつけているのは監督のクリストファー・ノーランだ。新しい世代の映画ファンは、スクリーンに映る俳優よりも、作品を手がける監督に注目している。
最近ネットを見ていれば、いや、正直なところ普通に暮らしているだけでも、こんな話を耳にしたことがあるだろう。
「クリストファー・ノーランの新作が公開された。ものすごいらしい。観に行こうよ」
マット・デイモン、アン・ハサウェイ、トム・ホランド、ゼンデイヤ、ルピタ・ニョンゴ、ロバート・パティンソンといった豪華キャストがそろっているにもかかわらず、『オデュッセイア』は「クリストファー・ノーランの最新作」として売り出されている。
スーパーヒーロー・シリーズが興行面でかつてほど圧倒的な存在ではなくなり、ハリウッドが次世代の映画スターについて頭を悩ませるなか、別のタイプのスターが台頭している。それが、映画監督だ。
ノーランは、並みいる映画スター以上に観客を引きつける
クリストファー・ノーラン。Aalok Soni/Getty Images for Universal Pictures
現在、ノーランと肩を並べる現役の映画監督は、ほかにいないかもしれない。新型コロナウイルスのパンデミック中に公開された『TENET テネット』を除けば、2006年以降、ノーランの監督作で世界興収が5億5000万ドル(約880億円)を下回ったものはない。『TENET テネット』も3億6600万ドル(約586億円)と、十分な興行成績を収めた。
『オデュッセイア』は7月17日の公開以来、世界興収6億3900万ドル(約1022億円)を記録している。R指定で、スーパーヒーロー映画でもない作品としては前例のない数字だ。
Vultureが最近発表したランキングでは、ノーランはハリウッドで最も影響力のある監督に選ばれた。いまやノーランは、その名前自体が一つのフランチャイズのような存在だ。
ノーラン作品には、息をのむアクション、緻密な映像、美しい音楽、迫力のある音響、そして壮大なアイデアが期待されている。キャストも豪華だが、出演するスターたちが必ずしも安定した集客力を持っているわけではない。
『インターステラー』(2014年)Warner Bros.
マシュー・マコノヒーを例に挙げよう。「マコナッサンス」と呼ばれた人気再燃の絶頂期に公開された『インターステラー』は、7億7400万ドル(約1238億円)の興収を記録した。しかし、それ以降、マコノヒー主演作でこれに迫るほどの興行的成功を収めた作品はない。
同様に、『オデュッセイア』主演のマット・デイモンが、その前に主演として大成功を収めた大作は、10年以上前の『オデッセイ』までさかのぼる。それ以降も精力的に出演を続けているが、『オデュッセイア』や、前回ノーランと組んだ『オッペンハイマー』ほどの興行成績を記録した作品はない。

クリストファー・ノーラン全13作品ランキング。最新作『オデュッセイア』は何位? | Business Insider Japan
『バーベンハイマー』現象を生んだ、監督の存在感が際立つ2本の大作
2023年のサンディエゴ・コミコンで、「バーベンハイマー」Tシャツを指差す参加者。CHRIS DELMAS/AFP/Getty Images
2023年7月、グレタ・ガーウィグ監督の『バービー』がノーランの『オッペンハイマー』と同じ日に公開され、「バーベンハイマー」現象が生まれた。
ガーウィグが単独で監督した『レディ・バード』『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』『バービー』の3作品は、公開するたびに前作を上回る興行収入を記録し、『バービー』では14億ドル(約2240億円)に達した。
『バービー』はマーゴット・ロビーが主演を務めた作品である一方、宣伝ではガーウィグ監督作であることも前面に出された。デイモンやマコノヒーと同様、ロビーも『バービー』以前は、安定した集客力を持つ俳優とは言い難かった。直前に出演した『バビロン』と『アムステルダム』は、どちらも興行的な大失敗と評されていた。
原爆を開発した人物を描く3時間のR指定大作『オッペンハイマー』も、9億7500万ドル(約1560億円)という見事な興収を記録した。
主演を務めたのは、興行実績のある大物スターではなくキリアン・マーフィーだった。それまで主に知られていたのは、ノーラン作品での脇役やテレビシリーズ『ピーキー・ブラインダーズ』である。この作品で宣伝の中心となったのは、むしろノーランならではのスペクタクルだった。
『バービー』と『オッペンハイマー』はともに2024年のアカデミー賞で作品賞にノミネートされ、『オッペンハイマー』が受賞した。
クーグラーらも「映画館で観る体験」を重視している
『罪人たち』の公開前に、ライアン・クーグラーが公開したプロモーション動画を覚えているだろうか。『罪人たち』への期待を高めるうえで、クーグラーがIMAXで観る意義を熱く訴えたこの動画ほど効果があったものは、ほかになかったと言ってもいいだろう。
実際、いまではクーグラーの名前はフィルム撮影と強く結びついている。マーベルが、彼の監督する『ブラックパンサー3』(編注:2028年12月15日に全米公開予定。日本公開日は未発表)を同スタジオ初となる大判フィルムで撮影すると発表した際も、戸惑いではなく大きな歓声で迎えられた。
コメント欄には、この動画を見てプレミアムフォーマットのチケットを購入したという声が寄せられた。『罪人たち』は最終的に3億7000万ドル(約592億円)の興収を記録した。1930年代のミシシッピを舞台にしたオリジナルのR指定ホラー映画としては、見事な成績だ。
同じように、ポール・トーマス・アンダーソンも『ワン・バトル・アフター・アナザー』の宣伝で、ビスタビジョンで撮影したことを前面に出した。同作は2億3100万ドル(約370億円)を稼ぎ、アンダーソンにとって過去最高の興行収入を記録した作品となった。同作でアンダーソンは自身初のアカデミー賞監督賞を受賞し、作品自体も作品賞に輝いた。
ほかにも例を挙げればきりがない。ガーウィグはNetflixを説得し、次回作『ナルニア国物語』のリブート版(編注:2027年2月12日に世界の劇場で公開予定。Netflixでは4月2日配信予定)で異例の48日間の劇場公開を実現させた。ジョーダン・ピールの『NOPE/ノープ』は1億7100万ドル(約274億円)、21歳のケイン・パーソンズが手がけた『バックルームズ』(編注:2026年7月17日にアメリカで公開済み。日本では9月11日公開予定)は3億8700万ドル(約619億円)の興収を記録している。ここまでで、言いたいことは伝わっただろう。
観客が求めているのは、有名シリーズより「監督の個性」
『オデュッセイア』は公開12日で北米興収2億8600万ドル(約458億円)を記録した。これは『スーパーガール』の全世界興収の2倍を超え、『サンダーボルツ』の北米最終興収も上回る。
スーパーヒーロー映画が終わったわけではない。ただ、年末の興行収入ランキングを当然のように席巻するとは、もう言えない。
さらに、Letterboxdなどのアプリや、『Blank Check』『The Big Picture』といった映画ポッドキャストも、監督や作家性の強い映画づくり、オリジナリティが、メインストリームの映画文化でもこれまで以上に注目されるようになる一因となっている。
2026年3月、『The Big Picture』でスティーヴン・スピルバーグにインタビューするショーン・フェネシー。Julia Beverly/WireImage/Getty Images
スタジオはもはや、よく知られた作品やシリーズを映画化するだけで、観客が飛びつくとは期待できない。
ノーラン、ガーウィグ、クーグラー、ピールらの成功が示しているのは、映画制作者とそのビジョンに投資し、それぞれの個性を前面に出して売り込む必要があるということだ。
映画スターという存在は消えていない。ただ、その座にいるのは、もう俳優ではない。

クリストファー・ノーラン全13作品ランキング。最新作『オデュッセイア』は何位? | Business Insider Japan
