子どもの頃に気づいた“笑い声”の差

    大泉 洋は生粋のテレビっ子だ。ザ・ドリフターズから始まり、『THE MANZAI』や『オレたちひょうきん族』(ともにフジテレビ)、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウン……とその時代を象徴する番組やスターたちを追いかけてきた。けれど、ただ漠然と見ていたわけではなかった。

    「(大橋)巨泉さんとか三波伸介さんとかも好きで、この司会者だからこの番組が面白いんだなとか、構造的にテレビを見てた気がする。ローカル番組がどうして面白くならないんだろうとか思いながらね。当時から強烈に僕が思っていたのは、“笑い声”。ドリフには笑い屋さんがいたし、『ひょうきん族』あたりからは、スタッフの現場笑いが入る。ローカル番組と東京の番組の差は笑い声だって、僕は子どもの頃からずっと思ってた」

    「新鮮だったのが、普通のローカルテレビのスタッフはバラエティー番組の収録中、面白いことがあっても口を押さえて笑うのを必死に我慢してたのに、(ディレクターの)藤村忠寿だけは現場でゲラゲラ笑っていたんです。でも、やっぱりいい笑い声じゃなきゃダメなんですよ。『水曜どうでしょう』(HTB)がどうしてあんなに面白いかっていうと、藤村忠寿の笑い声がいいからというのは大きな理由の一つです」

    『水曜どうでしょう』で人気を得た後、大泉はTEAM NACSの森崎博之と『いばらのもり』(HTB)という番組を立ち上げた。

    「その時に一つだけ条件を出したのは、僕に番組を作らせてほしいと。というのは、藤村忠寿以外に面白いものを作れる人が北海道にいるとは思えなくて、将来、仕事がなくなるかもしれない危機感があったから。それで、ディレクターとしてまず何をやったかというと、笑い声を録音したんですよ。森崎さんにいろいろなことをさせて、笑い声だけを録る。『大笑い』『中笑い』『スベり笑い』を自分なりにサンプリングして、編集で足すみたいなことをやったんです」

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