佐藤結さんが取材したファン・ジョンミンのミュージカル=佐藤結さん提供(c)KOREA WAVE

    映画ライターの佐藤結(ゆう)さんは、韓流ブーム以前から韓国映画を取材し、「キネマ旬報」をはじめ各媒体で映画や韓国ドラマに関する記事を執筆してきた。映画監督イベントの司会・聞き手も多数務めるとともに小説翻訳にも携わり、イ・ドウ著「私書箱110号の郵便物」(アチーブメント出版)の翻訳も担当した。【KOREA WAVE編集部 生島マキ】

    ――「冬のソナタ」以降、取材の現場はどのように変わりましたか?

    「韓流ブームが始まった頃は、今のようにインターネットやSNSで簡単に情報を得られる時代ではありませんでした。日本のファンにとっては、韓国の俳優がどんな広告に出ているのか、現地ではどんな作品が話題なのか、その一つひとつが新鮮な情報でした」

    「韓国へ取材に行くと、『持って帰れる情報は全部持って帰ろう』という感じでしたね。俳優が広告モデルを務めている化粧品会社のポスターやうちわをもらい、読者プレゼントにしたこともあります。映画館でポスターをいただいて持ち帰ることもありました。今では、ファンの皆さんのほうが情報へのアクセスが早く、作品や俳優について非常に詳しい。伝える側に求められるものも、ずいぶん変わったと思います」

    ――韓国のスターたちが続々と来日した時代でもありました。

    「2000年代半ば頃までは、韓国映画の出演者が大勢で来日することもよくありました。ひとつの作品で主演俳優だけではなく、共演者や監督までそろって来日する。別の映画の取材も同時期に重なり、自分のインタビューを終えたら隣のホテルへ移動する、ということもありました。大人数の取材が同時進行するため、私が取材をしながら別の現場の進行を手伝うこともありました。それだけ世の中は韓国映画への関心が高く、現場にも熱気がありました」

    ――間近で取材して、印象に残っていることはありますか?

    「俳優の皆さんは、話をしている時には比較的自然体で、等身大の姿を見せてくださることがあります。でも写真撮影が始まると、急に空気が変わるんです。チャン・ドンゴンさんも、インタビュー中は穏やかに話してくださるのですが、『では撮影を』となった瞬間に、スターとしてのオーラが一気に表れる。目の前で切り替わる姿を見て、すごい仕事だなと思いました」

    「ペ・ヨンジュンさんを釜山国際映画祭で非常に近い距離から見た時も、驚きました。普通の映画館での舞台挨拶だったのですが、どの瞬間を撮っても絵になる。隙がまったくないように見えました。まだ日本で社会現象になる直前の時期でしたが、すでに圧倒的なスター性を持っていたんだと思います」

    PAN ENTERTAINMENT(c)news1

    ――K-POPアーティストを取材することも?

    「はい。ただ、私はもともと映画が中心なので、K-POPの取材は人数が必要な時に声をかけていただくことが多かったです。グループはメンバーが多く、同時進行でインタビューをしなければならないこともあります。韓国語が少しできることで、若い頃のBIGBANGを取材したことはすごく光栄でした。本当にすごいオーラを放っていて、神々しかったです」

    「その後、BTSをはじめK-POPが世界的に広がり、音楽の受け取られ方は大きく変わりましたよね。以前は、韓国で流行しているものを日本の熱心なファンが見つけて楽しむ、少しマニアックな文化だったと思いますが、今は、世界中の音楽の中からK-POPが自然に選ばれている。『韓国の音楽』というより、『世界の音楽シーンにあるK-POP』として存在しているように感じます」

    ――韓流ブーム以前から見てきたからこそ、情報の伝え方の変化も大きく感じますか?

    「変わったのは、作品そのもの以上に、伝え方かもしれません。雑誌中心だったものがウェブへ移り、今はYouTubeやTikTokから韓国語や韓国文化に触れる若い人も多いですよね。韓国語を習っていなくても、動画を見て耳で覚え、だいたい話していることがわかるという人もいます。韓国が好きだから、高校生のうちに短期留学したいという若い方もいます。私が留学した頃とは、韓国との距離がまったく違います。一方で、読者やファンが非常に詳しくなったからこそ、書き手には、表面的な情報以上のものが求められるようになったと思います」

    ――インタビューで、相手から言葉を引き出すために大切にしていることはありますか?

    「難しいですね。聞かなければならない質問はありますし、取材時間が短いことも多いです。時間があれば、少しずつ相手の緊張がほぐれて、用意された言葉ではない話が出てくることもあります。でも短い時間では、そこまでたどり着けない場合もあります。長い時間をいただいても、会話がなかなか弾まないこともあります。そうするとこちらも焦ってしまい、うまくいかないことがあります」

    「複数の媒体で一人を取材する“囲み取材”もありますが、質問がバラバラになり、話の流れが途切れてしまうことも少なくありません。ただ、ごくまれに、参加している記者全員がその俳優や作品に強い思いを持っていて、前の人の質問を受けて次の人が自然につなげていく、非常に良い流れが生まれることがありました。俳優の方にも、その熱意は伝わりますから。20年以上取材をしていて、そうした経験は数えるほどですが、とても印象に残っています」

    ――韓国映画が特に面白かったと感じるのはいつ頃ですか?

    「2000年から2006年頃までの韓国映画は、世界的に見ても非常に面白い作品が作られていた時代だったと思います。もちろん、私たちがまだ韓国映画をよく知らなかったから、すべてが新鮮に見えた部分もあります。でもそれだけではなく、実験的な表現と商業性を同時に成立させようとする勢いがありました。制作規模は今ほど大きくなく、監督たちも若かった。だからこそ、『新しいことをやってやろう』という心意気やパワーが作品にあふれていました」

    「現在の韓国ドラマや映画は、本当に完成度が高いです。期待に応える、あるいは期待を少し超える作品が次々に生まれています。ただ、当時には、まったく見たことのないものに出会う驚きや、何かを発見するワクワク感がありました。その時代にリアルタイムで並走できたのは、本当に幸運だったと思います」

    ――特に心に残っている作品を挙げるとしたら?

    「2001年に釜山映画祭で初めて観た『子猫をお願い』です。今でも大好きな作品です。商業高校を卒業したばかりの女の子たちが、それぞれ違う道を歩き始め、少しずつ距離が生まれていく。若い女性たちの友情や、その後の人生を描いた作品です。商業高校を卒業した女の子たちを主人公にした映画は珍しく、今観ても新鮮です。昨年、釜山でスクリーン上映を観る機会がありましたが、改めて素晴らしい作品だと思いました。自分では当時意識していませんでしたが、最初の頃にこの映画と出会えたから、韓国映画の仕事を続けてみようと思えたのかもしれません」

    ポン・ジュノ監督=JTBC「ニュースルーム」(c)news

    ――ポン・ジュノ監督のイベントで聞き手を務めたこともありました。

    「日本で、ポン・ジュノ監督の全作品について聞くイベントがあり、司会・聞き手を務めました。監督の作品すべてについて、限られた時間の中できちんと話を聞かなければならない。タイムキープも必要で、人生で一番と言っていいほど緊張しました。終わって家へ帰った後、胃が痛くて眠れなかったくらいです。ただ、ポン・ジュノ監督は本当に感じのいい方で、いつお会いしても誠実に向き合ってくださいます。デビュー作の頃から、ほぼ同時代で作品を見続けてこられたことも、とても幸せなことです。あのような監督がいることを、韓国映画界は誇りに思っていいのではないでしょうか」

    ――現在、関心を持って取り組んでいることを教えてください。

    「今は、映画と本を重ねて考えることに関心があります。もともと本を読むことが好きだったんですが、K-BOOKフェスティバルで、小説を原作にした映画について書いたり、イ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』に関連して、翻訳家の斎藤真理子さんとお話ししたりする機会がありました。映画は映画として見るだけでも面白い。でも本と一緒に考えることで、それまで気づかなかった見方が生まれるのではないかと思ったんです」

    韓国でヒットした小説「私書箱110号の郵便物」=佐藤結さん提供(c)KOREA WAVE

    「最初は、原作小説と映画化作品を比べることを考えていました。でも実際に書いてみると、同じ出来事やテーマを扱った映画と本を、自分で見つけて並べて考えるほうが面白いと感じるようになりました。これまでは、次に公開される作品や、いま話題になっているものを追い続けてきました。これからは少し広い時間軸で、なぜ今この作品が生まれたのか、その背景にどのような歴史や文化があるのかを、別の角度から考えてみたいと思っています。それが直接仕事になるかはわかりません。でも、自分の中で新しいものが見つかるかもしれないと思い、今は取り組んでいるところです」

    (c)KOREA WAVE

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