【この記事の目次】はじめに20世紀を代表する女性報道写真家土埃と硝煙にまみれ、行動を共にしたカメラローライフレックスを作ったのは誰か?巻き上げクランクの操作による迅速な撮影ローライフレックスを王者たらしめる機能フィルムの1コマ目をフルオートで検出ローライフレックスのデザインを確立左右逆像のウエストレベルファインダー戦前仕様のテッサーとコンパーまとめ
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていきます。
20世紀を代表する女性報道写真家
今回取り上げるのは、エレン・クラス監督の映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』です。リー・ミラーは1920年代に米国版VOGUEのファッションアイコンとして起用された人気モデルであり、その後フランスに渡りジャン・コクトーの有名なソラリゼーション技法のポートレートのモデルにもなった人物です。本作では撮られる側としての人生前半にはあえて触れず、第2次世界大戦の渦中に身を投じて戦場フォトグラファーへと転身してからの実話をベースにリアルな筆致で彼女の半生を描ききった傑作です。
土埃と硝煙にまみれ、行動を共にしたカメラ

リー・ミラーはジャーナリストが尊敬するジャーナリストであり、フォトグラファーが憧れるフォトグラファーです。そんな彼女の生き方に深く感銘を受けたケイト・ウィンスレットが制作総指揮・主演を務め、綿密な時代考証をベースにリー・ミラー役を熱演しています。劇中で彼女が手にしているのは、戦前のローライフレックス Automatです。このカメラで撮影をしていくシーンに続いて挿入されるモノクロ写真もケイト・ウィンスレット本人が撮影しているそうで、演技だけでなく写真の腕前も相当なものだと感心させられます。
ローライフレックスを作ったのは誰か?

ローライフレックス Automatは、1937年に発売された6×6判の二眼レフです。ローライフレックスはフォクトレンダー社に勤務していたラインホルト・ハイデッケとパウル・フランケが独立し、1920年にドイツのブラウンシュヴァイクに工房を設立したフランケ&ハイデッケ社の製品です。ベンチャー企業として起業した同社は未来志向の超高級3眼式ステレオカメラであるハイドスコープおよびローライドスコープを設計・製造していましたが、そこからレンズを1つ外して縦型のパッケージにするというアイデアで生み出されたのが1929年に誕生した二眼レフのローライフレックス(オリジナル)でした。
巻き上げクランクの操作による迅速な撮影

その後、1932年に登場したローライフレックス・スタンダードでは6×6判モデルとして初めてフィルム巻き上げクランクを搭載。それ以降のローライフレックス各種に巻き上げクランクが採用されていきます。映画に登場する戦前型のローライフレックス Automatにも当然のことながら巻き上げクランクがあります。劇中でも、このクランクをぐいっと回してから逆方向に戻してレリーズするという撮影の所作を見ることができますが、カメラを構えた姿勢のままフィルム送りとシャッターチャージができるので、同時代の35ミリ判小型速写カメラである戦前のバルナック型ライカやコンタックスに劣らない速写性を備えています。
ローライフレックスを王者たらしめる機能

ローライフレックス・スタンダードの登場から5年後に大幅にモデルチェンジされて登場したローライフレックス Automatは、現在でも絶大な人気を誇る一連のローライフレックスが備えている画期的な機構を初めて搭載したモデルでした。それがAutomatと称するフィルム巻き上げ機構です。いったいどんなものなのか、底蓋のロックを外してフィルムを装填しながら見ていきましょう。
フィルムの1コマ目をフルオートで検出

裏紙のついた120タイプのロールフィルムをボディ下面に装填し、90度の折り返し地点の手前にある2本のローラーレールの間を通します。ボディ上面にセットした巻取り用のスプールに裏紙の先端を差し込んで巻き上げクランクを操作し、テンションがかかるように巻き付けます。あとは裏蓋を閉めてロックし、クランクをぐるぐる回すだけで1コマ目まで巻き上がります。一般的なロールフィルムカメラでは、裏紙のスタートマークをカメラ側の印と厳密に合わせて裏蓋を閉める。あるいは裏蓋にある赤窓から見える数字を頼りに手動で止め位置を決める必要がありましたが、それが全自動になっていてしかも1930年代に実現しているというのだから驚きです。
ローライフレックスのデザインを確立

ローライフレックス Automatは、ファインダー像を観察するためのビューレンズと撮影に用いるレンズの両サイドにダイヤルを配置したローライフレックスの基本的なデザインを確立したモデルでもあります。カメラを両手で保持しながら左ダイヤルで絞りを、右ダイヤルでシャッター速度を設定できます。左手では距離調整ノブ、右手では巻き上げクランクを操作するという一連の撮影準備の所作の中にダイヤル操作が組み込まれることで、自然な流れでシャッターレリーズまでの動きがまとまっていく秀逸な操作系のレイアウトが、ローライフレックスに人気がある秘密の一つなのだと感じます。
左右逆像のウエストレベルファインダー

ピントフードを持ち上げると、ビューレンズと45度の角度で配置されたミラーからの画像を正方形のすりガラスのマット面で観察することができます。撮影用レンズよりも明るく被写界深度の浅いF2.8のビューレンズが搭載されていますが、さすがに現在の視点では薄暗く感じてしまい、ファインダーの中の景色はまるで戦前の風景のようでもあります。とはいえ慣れてしまえば小さな拡大レンズを使って正確にピント合わせをしていくことが可能です。
戦前仕様のテッサーとコンパー

劇中に登場するローライフレックス Automatはシャッターボタンのロックカバーがついた2型。テイキングレンズは戦前のカールツァイス・イエナ製テッサー7.5cm F3.5で反射防止コーティング技術が民生用レンズに応用される前の時代のもの。フィルターやアクセサリーを装着するためのバヨネット爪は撮影レンズ側にしか装備されておらず、上下のレンズがダブルバヨネットになった後期モデルと比べるとシンプルな印象。シャッターはデッケル社のコンパーラピッドでフラッシュシンクロ装置はなく、フラッシュ撮影に対応したシンクロコンパーシャッター搭載モデルの登場以前の仕様です。その後のモデルでシンクロ接点が設けられていく位置はレリーズソケットになっています。
まとめ

リー・ミラー扮するケイト・ウィンスレットはローライフレックス Automatを自分の身体の一部のように使いこなし、フルマニュアル撮影で恐怖と殺戮の時代を記録していきます。斜めに外光の差し込む野戦病院のテント内では電気式露出計を取り出して丁寧に光量を測り、アベイラブルライトでの撮影が困難な状況では当時最新鋭の機材である閃光電球によるフラッシュ撮影も敢行。劇中の小道具として登場するローライフィレックス Automatには撮影レンズの側面に見慣れない筒状の装置が増設されていて気になっていたのですが、それはフラッシュ撮影を可能にするための遅延同期装置でした。実際にリー・ミラーが使用していた機材にも同様の改造が施されており、本作の伝記映画としてのリアリティ追求の姿勢には頭の下がる思いです。製造から90年近くが経過した戦前のローライフレックス Automatを手にしてみると、心持ち戦後モデルよりコンパクトな印象があるボディの手触りからはローライ二眼レフのエッセンスが感じられ、いつまでも大切に使い続ける価値のある名品であることが実感できます。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。
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