ホーム » インタビュー » 【インタビュー】Oddy lozyが語る『Episode.0』、Yvng Patraとの歩みとAI時代のビートメイカー像
画像提供:Oddy lozy
ラッパー、Yvng Patraのプロデューサー・ビートメイカーであるOddy lozy。2023年にリリースされた『Tier 1』は、YouTubeで300万回以上再生され爆発的にヒットした。2022年には『Magna Scale』、2026年に『Batlogue』をYvng Patraと共作でリリース。5月にはZepp Shinjukuでワンマンライブを開催するなど、華々しい活躍を見せている。さらに今年は、森田哲矢とゆうちゃみがMCを務めるHIPHOP総合情報バラエティ『HIPHOP MAGAZINE -THE HOPE- 』に出演。現在のHIPHOPシーンにおいて欠かせない存在となっている。そんな彼らのことをもっと知りたいというヘッズもたくさんいるだろう。今回はHIPHOPCsの佐藤杜美とSamの2名で、これまでの歩みや音楽活動について幅広く話を聞いた。
キャリアのきっかけと始まり
佐藤杜美
まずは自己紹介をお願いいたします。
Oddy lozy
プロデューサー・ビートメイカーをやっているOddy lozyと申します。意外と年齢って話したことないんで、年齢を話すと面白いかもしれないんですけど今年28歳です。静岡県生まれです。ざっくりとした経歴をお伝えすると、19歳ぐらいの時に音楽を作るのに興味持ち始めて、21歳で本格化してって感じで。23歳の時にYvng Patraと出会って今のキャリアに繋がります。
佐藤杜美
年齢は今まで非公開みたいな感じだったんですか?
Oddy lozy
いや、特に言わなかっただけです(笑)。結構クラブとかで、名古屋って97、98年生まれがボリュームゾーンなんですけど、「お前、年一緒なん?」みたいに言われることが多くて。今BLACKっていう名前でやっているんですけど、昔YABAIだった場所があるじゃないですか。あそこにいる人たちはタメが多くて。結構、名古屋はライブの帯同でバックDJで付いていくことが多いです。
佐藤杜美
学生時代はどんなふうにHIPHOPと関わっていましたか?
Oddy lozy
学生時代はあまりHIPHOPが好きということは表に出してなくて。誰にも伝わらなかったんで。静岡に唯一クラブがあって、そこでオールドスクールのHIPHOPを通して会話していましたね。
Sam
その行っていたクラブの名前は何ですか?
Oddy lozy
今あるのかわからないんですけど、静岡に昔CLUB EIGHTっていう所があって。めちゃくちゃ年齢ガバかったんで普通に入れて。その時期はMCバトルが流行っていた時期で、よく遊びに行っていました。同じ世代にGREEN KIDSっていうクルーがいて、同じ年でギラギラしている奴に負けないように頑張っていました。10年前の静岡で一番騒がしていたクルーだったので、年が近いっていうのを知って負けたくない気持ちが強かったです。でも、負けたくないからといって何かできるわけでもないというか。
佐藤杜美
音楽を始めたきっかけって何かありますか?これが一番の理由みたいな。
Oddy lozy
引っ越した先にYamieZimmerっていうビートメイカーがいて。僕と年一緒だった子なんですけど、その人とたまたまTwitterで知り合って、それからビートの作り方を教えてもらったのが最初です。それからキャリアが始まりました。今年で9年目くらいです。
7/22日にEP『Episode. 0』をリリース

EP『Episode.0』ジャケット写真/画像提供:Oddy lozy
佐藤杜美
7/22日にEPを出されるということで、タイトルやアピールポイントなど具体的に教えてください!
Oddy lozy
『Episode. 0』っていうタイトルでリリースするんですけど、19歳までほとんど音楽制作をしていなかったので「もっと早くやっておけよ」という17歳くらいの頃の自分に好きなことをもっと早くやった方が良いよという、自分へのメッセージ込めた作品みたいな感じです。基本的には皆が聴きやすいように心がけました。同じ境遇で始めようと思っているみたいな、そのくらいの熱量の子たちにも、もっと早く始めておけば意味があるし、今からでも動くべきだっていうことを伝えたいです。アピールポイントはそこですね。一歩踏み出せない子たちに向けた作品って感じです。
Yvng Patraとの関係性、現在とこれから

画像提供:Oddy lozy
佐藤杜美
Yvng Patraさんとの出会いや現在の関係性について教えてください。プライベートでも仲良いんですか?
Oddy lozy
プライベートでも仲が良いです。出会いは向こう(Yvng Patra)が聴いてくれていて、いつかプロデュースして欲しいっていうDMが来て。それでプロデュースしたっていう感じです。バックDJでもあるので、○○どう思う?とか相談したりフィードバック返したりっていう感じですね。
佐藤杜美
Yvng Patraさんとの印象に残っている出来事やエピソードがあれば教えてください。
Oddy lozy
本当に今でも忘れられないのが、制作にすごい命賭けている訳ではないですけど、お互いプライドがあるのでめちゃくちゃ衝突しまくった時があって。切磋琢磨と言えばそうなんですど、しょうもないことで言い合いをした時は何しているんだろうってなって。間を空けるか、音を詰めるかみたいなのをずっと言い合ってて。終わった後に、もっと見るべきところがあるのになんで1時間も使って何やっているんだろうみたいな。作り手としてはプライドがあって誇りがあって良いことだと思います。
佐藤杜美
音楽活動に限らず、今後挑戦してみたいことがあれば教えてください。
Oddy lozy
僕の活動自体がこれからAIの時代になっていった時にクリエイターがどうやって生きていくかみたいな。ビートメイカーって曲を作って家から出なくてメディアにも出なくてという人が多いと思うんですけど、そうじゃなくて逆にあえて
ビートメイカーがメディアに出るんだったらこうだよねとか、ビートメイカーって全然出られるよねっていうディファレンスになりたいっていうのが一個あって。
人に価値が置かれるというか、ネームバリューが置かれればAIって多分誰が作ったっていう文脈は必要ないじゃないですか。誰々のビートっていう文脈があるものだったら価値が残り続ける。その人っていうネームバリューをつけさせたい。ビートメイカーにもネームバリューをつけさせて、これからもまだ生きていけるよみたいな。まずそれを実現しないといけない。皆も同じやり方とか一個の指標として同じ道を辿ってもらえたらいいかなと思います。まとめると、AIが出てくるけど人の可能性の最大化を考えていて、その先にあるのが日本人として誇りを持てることをしたいです。ルーツを大事にしたいなと思います。
佐藤杜美
記事内でぜひ伝えておきたいことやヘッズたちに向けたメッセージがありましたらお聞かせください。
Oddy lozy
マジで皆特に若い子たちは、衝動にまかせてもっと生きていいよっていうことを伝えたいです。「やりたいことあるんですけど、迷っています」みたいなDMが一番多くて。それをやらなかったり無駄だったりした時間っていうのが意外と多いんじゃないかなって。それも人生だけど、若いうちにいろいろとやりたいことをやった方がいいよって伝えたいです。
インタビューを終えて筆者が感じたこと
Yvng Patraとの出会いをきっかけに、プロデューサー・ビートメイカーとしてキャリアを築いてきたOddy lozy。制作におけるこだわりや困難を乗り越えながら、二人で音楽を追求してきた時間は、現在の活動やカルチャーの大きな土台となっている。
一方で、Oddy lozyが見据えているのはキャリアだけではない。AIが進化していく時代の中で、クリエイター自身の名前や背景に価値を生み出し、ビートメイカーという存在の可能性を広げていくことを目指している。
これからも挑戦を続けるOddy lozyとYvng Patra。彼らが生み出す音楽と、その先に描く未来に今後も注目していきたい。
▼EP『Episode.0』はこちらから
Episode.0 by Oddy lozy | TuneCore Japan
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画像提供:Oddy lozy
インタビュー協力:YTG Sam
