【写真の記事を読む】ひと針ごとの手仕事が世界に支持されるクチュリエ、田中大資にインタビュー。

    G-Dragon、野田洋一郎(RADWIMPS)などのコスチュームを手掛け、中森明菜、Awich、JENNIEなどが着用し国内のみならず海外のSNSなどでその名前が知られるタナカ ダイスケ(tanakadaisuke)。ブランドデビューから5年。刺繍作家、コスチュームデザイナーという肩書きからファションデザイナーへと羽化した田中大資に話を聞いた。

    33歳になった自分の熱量でキラキラを洋服やアクセサリーに取り入れたい

    新たにスタートというか、コレクションのルック数を増やしました。これまでも男性モデルでも着られるサイズのアイテムを作っていて、ランウェイやルックブックでは発表していたのですが、2026-27AWはこれまでより体数を増やしました。リースの状況をみても最近はメンズの依頼が増えていて海外のショールームでもその傾向は同じです。メンズとウイメンズのデザインを分けているのではなく、あくまでもそのアイテム自体が着る方の個性に合っているかどうかというジャッジ。それはスタイリストさんにもそのようにお願いしています。サイズのグレーディングの問題に関しては、パリの展示会でも大きなサイズの要望はかなりあって、前シーズンから大きいサイズ展開を意識するように作っています。

    ──(今年2月に行われた)2026AWのショーの会場に使用された三越劇場は以前から考えていた場所なのでしょうか?

    デビュー2年目の2022AWコレクションを渋谷ヒカリエでやったときはJFWのサポートがあって会場が決まっていたのですが、デビュー5年目の節目となる今回のショーは、何処にしようか、いろいろと考えました。これまで他のブランドがあまりファッションショーに使っていないところを探していたらちょうどディレクターの酒井文章さんからの提案で三越劇場が見つかり、自分たちがやるしかないだろうと決めました。

    ──ブランドからイメージされる場所としてはピッタリだったと思います。タナカ ダイスケのコアとなるデザインのテーマを教えていただけますか?

    “おまじないをかけたようなお洋服で、自分のなかにいるまだ見ぬ自分と出会えますように”がブランドのテーマです。今回コラボレーションした『美少女戦士セーラームーン』や『カードキャプターさくら』など変身して戦う女の子のアニメが子どもの頃から大好きで、特に変身するシーンに幼稚園の頃からグッと惹かれていて、それをブランドとして表現したいというのが、コンセプトのコアとなるものです。

    ──今年5月に発表された『美少女戦士セーラームーン』とのコラボはお互いのファンの間で大きな話題を集めました。韓国をはじめ、海外からのSNSの反響も大きかったようです、これまで『美少女戦士セーラームーン』はさまざまなブランドがコラボしていますが、タナカダイスケとして今回のコラボで提案したかったことを教えてください。

    今回のコラボでは、『美少女戦士セーラームーン』に夢中になった世代に向けてこういうのが好きだよね、というようなものを作りたくはなかったというのがあります。自分が幼稚園の頃に夢中になったあのキラキラした感じをもっと緻密にクールに表現したかった。33歳になった自分の熱量でキラキラを洋服やアクセサリーに取り入れたいという気持ちを大切にしました。

    ──それはシーズンテーマである「Hitting the Star」につながっているわけですね。今秋冬コレクションを少し説明していただけますか?

    星のモチーフは刺繍ではよく使われるモチーフで、キラキラをビーズ刺繍などで表現しているのですが、それをブランドらしい表現でどうオリジナリティーを見せていくか考えてさまざまなテクニックを使っています。もともとセーラームーンのイヤリングが星だったり、おでこに月のマークがあったり、キャラクターに天体のモチーフはよく使われています。当時は単純に可愛いとか格好いいと思っていただけなのですが、それをもう少し緻密さやクールさといったテイストをスパイスにして表現しています。自分もスターやディーバに憧れるけれど、自分のすべてを捨ててそれになりたいわけじゃなく、自分に馴染ませ上でそのキラキラを取り入れたいというのがベースです。最近、依頼されたコスチュームを作っているときに、自分はそれを着て舞台に立つわけではないのですが、着てみたい自分がどこかいる。同じような気持ちは、みんなにもあるのでは?という思いをコレクションにしています。

    ──今まで自分のブランドの洋服を着るという発想はなかったのですか?

    サイズの問題やレディースというのもあってあまり着なかったですね。ものづくりと自分を切り離していたのかもしれません。ただ、ブランドとして全体をディレクションするようになって、デザイナーとして視野が広がり、そういう思いになったのかもしれません。マインドの変化なのかも分かりませんが。

    ──刺繍作家からデザイナーに“変身”していくなかでの変化ですね。具体的な大変さはどんなことですか?

    自分の中には生地やテクニックに対して答えはひとつしかない。この生地に対してはこのドレス、このジャケットにはこのボトムとか、答えが決まっているんです。ブランドとして考えると本来、その素材に対して最低でも7、8パターンとかバリエーションを考えなくてはなりません。自分の最初の答えに凝り固まらず、複眼で見なければいけない。ブランドディレクターとして視点が必要なのはその部分。ひとつの答えだけを見出す職人的な視点と両方が必要なのだ、とあらためて感じています。

    ──作品のインスピレーションの原点はどういうところから生まれるのですか?

    東京の浅草橋や韓国の市場で服飾のパーツを見るのが大好きなんです。すべてのデザインはこのパーツをどんな背景に置いたら一番美しいだろうか、という発想から始まります。そのパーツを元にモチーフを考えて、どんな洋服やアクセサリーのどこにその装飾を乘せるのが効果的だろうか、という順序です。例えば、ある気になるスパンコールやビーズから視点を引いていって、全体のコンセプトを考えていきます。自分の手を動かして、今、興味があるものに対してさまざまなテクニックでトライしながら、自分の表現したいことの解像度を高く表現できるのかを常に考えています。

    ──サンプルはすべてご自身の手刺繍ですか?

    機械刺繍もありますが、手刺繍はすべてアトリエでやります。工場さんにお願いすると上がってくるのに時間がかかってしまって、その頃には熱量が冷めてしまい、自分が何をどう作りたかったのか感心が薄くなってしまってぶれてしまうので。気になったらその日のうちに作りたい。アイデアをすぐに形にしたいですね。

    ──そういう意味では“職人的”なクリエイションですよね。

    その“職人的”な部分が抜けなくってどうしようかな、と悩んでいるっていうのがデビュー5周年を迎えた今です。今までは具体的にどう困るのかがわかってなかった(笑)。展示会をやるたびに自分の苦手な部分に気付かされます。

    きっかけはアレキサンダー・マックイーン

    ──ファッションの世界に目覚めたきっかけを教えてください。

    高校生の時に進路を迷っている時にある雑誌の表紙にアレキサンダー・マックイーンのコレクションの写真が使われていて、それを見て「これがやりたい!」と思ったのが最初ですね。最初にファッションに興味を持ったきっかけはマックイーンです。ビジューやコード刺繍などがミックスされた豪華な刺繍がふんだんに使われていて、これを自分で作りたいと思ったのが始まりです。リカルド・ティッシが手がけたジバンシィも好きです。装飾とファッションがセットとなって自分の中に入ってきているので、専門学校でも1年生のときからひたすら刺繍ばかりやっていました。

    ──専門学校に刺繍の先生はいたのですか?

    専門の先生はいなかったですね。マテリアルの先生はいました。自分でディテールの専門雑誌を見ながらどうやってこれは作っているのだろうか、糸のグラデーションや花を表現するにしてもどうやってバランスを取っているのだろうかと、自分で考えて答えを出す。研究というか写経のように刺繍の作品を繰り返し作っていました。

    ──学生の頃の作品もすべて刺繍ですか?

    授業の課題のワンピースやジャケットでも、そこに必ず刺繍や装飾を差し込んで自分ごとにして作っていました。

    ──刺繍作家として活動し始めたきっかけは。

    卒業してコレクションブランドにアシスタントデザイナーとして働いていたころに、同世代のKEISUKE YOSHIDAやAKIKO AOKIがブランドを立ち上げて作品を発表していて、それを見て自分も今の熱量のまま作品を発表したいという思いから、勤めていたアパレルを半年で辞めて刺繍作家としての活動を始めました。作家として活動を始めて4年ほど経った27、8歳のときに現在のブランドデビューの話があって、思い切ってスタートしました。

    ──計画通りというわけではなかったのですか?

    自分の肌感ではブランドとしての立ち上げは30代後半かなと思っていました。多分、踏み出すのが怖かったのかもしれません。結局28歳でデビューコレクションを発表しました。

    ──G-Dragonがワールドツアーに着用するなど世界的なアーティストがタナカ ダイスケの衣装でステージに立ちます。彼らからのオーダーを自分ではどう理解されていますか。

    どんなハイブランドでも着ることができる世界的なスターである彼らから、あえて自分に望むものは何か、というのは常に考えています。そしてそれはポップさだと理解しています。わかりやすくて強いもの。日本のポップカルチャーで育って、そこに通じ合う“遊び”の部分に共鳴して衣装を依頼されているのだと思います。

    コスチュームを依頼する方たちは、タナカ ダイスケの服自体が派手なので、それに負けないキャラクターのある人にどうしても偏っていると思います。その人に寄り添っている服というのではなくて、作る側もその人のキャラクターと交わってさらに大きくなってほしい、という願いがあります。舞台に上がった時に単純に気分が上がる服が良いし観衆を沸かせたいです。

    ──SNSでも「映える」アイテムは国を問わずファッションを楽しくしていますね。今後も刺繍やビジュー、レースなどを使った装飾のテクニックが基本になるのでしょうか?

    ブランドをスタートした当初、刺繍が入ってなくてもビジューやレース、ベロアなどのアイテムをタナカ ダイスケらしいと言われることが多く、多少意識して作ってきました。ただ、今秋冬シーズンからビジューや刺繍など装飾のないアイテムを増やしています。女性が美しく見えるシンプルなドレスなどを意識して発表しています。『GQ JAPAN』6月号で宇多田ヒカルさんに着ていただいたようなルックです。従来通りキラキラしたアイテムもブランドのシグニチャーとして発表していきますが、新しいチャレンジをどう世の中に認知されていくかが、今後の課題です。

    ──作るものが沢山増えそうですね。

    手を動かして作るのが好きなので大丈夫です。自分で課題を見つけてそれをこなして行くのが好きなんです。

    ──次の目標はパリでのランウェーでしょうか?

    次は12月に東京でショーを予定しています。もちろんパリを目標に頑張りたいのですが、ゆっくり自分のクリエイションを固めてからという思いと、少し焦っている自分もいます。

    田中大資
    ⼤阪⽂化服装学院(VOUTRAIL THE FASHION ACADEMY)卒業後、ドメスティックコレクションブランドに入社。独⽴後は⾐装制作や、刺繍作家として活動する。2021年、コレクションブランド「tanakadaisuke」としてデビュー。2022年にRakurten Fashion Weekでランウェイショーを披露した。

    写真・鶴岡義大  文・野田達哉 編集・高杉賢太郎(GQ)

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