──専門学校に刺繍の先生はいたのですか?

    専門の先生はいなかったですね。マテリアルの先生はいました。自分でディテールの専門雑誌を見ながらどうやってこれは作っているのだろうか、糸のグラデーションや花を表現するにしてもどうやってバランスを取っているのだろうかと、自分で考えて答えを出す。研究というか写経のように刺繍の作品を繰り返し作っていました。

    刺繍作家からファッションデザイナー、ブランドディレクターに、タナカ ダイスケ 5年目の羽化

    ──学生の頃の作品もすべて刺繍ですか?

    授業の課題のワンピースやジャケットでも、そこに必ず刺繍や装飾を差し込んで自分ごとにして作っていました。

    ──刺繍作家として活動し始めたきっかけは。

    卒業してコレクションブランドにアシスタントデザイナーとして働いていたころに、同世代のKEISUKE YOSHIDAやAKIKO AOKIがブランドを立ち上げて作品を発表していて、それを見て自分も今の熱量のまま作品を発表したいという思いから、勤めていたアパレルを半年で辞めて刺繍作家としての活動を始めました。作家として活動を始めて4年ほど経った27、8歳のときに現在のブランドデビューの話があって、思い切ってスタートしました。

    ──計画通りというわけではなかったのですか?

    自分の肌感ではブランドとしての立ち上げは30代後半かなと思っていました。多分、踏み出すのが怖かったのかもしれません。結局28歳でデビューコレクションを発表しました。

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