殺し屋・七尾が請け負ったのは、高級ホテルの一室にプレゼントを届けるという「簡単かつ安全な仕事」のはずだった。時を同じくして、そのホテルには驚異的な記憶力を備えた女性・紙野結花が身を潜めていた。
伊坂幸太郎による〈殺し屋シリーズ〉は累計380万部を突破! 『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX アックス』に続く第4弾の『777 トリプルセブン』より、冒頭の一部を公開いたします。

二日前の別のホテル
「415号室でいいんだよね」モウフは前を歩くマクラに言った。彼女たちが着ているのは、ベージュのシャツに茶色のパンツ、ホテルビバルディ東京の客室清掃員用の制服だ。
バックヤードを歩く。前を行くマクラとついていくモウフの間には、シーツや枕カバーを詰めたワゴンがあった。
「そうそう、415。良い子、と覚えて」
モウフがマクラと知り合ったのは十年以上前、高校の女子バスケットボール部に入ったころのことだ。顔は見知っていたものの、同じ部だというのに話をしたこともなかった。というよりもモウフもマクラも、学校でほかの生徒と話すことなどほとんどなかった。
「結局、生まれた時から決まってるんだから、ずるい」と試合が終わった後、ベンチにも入れず遠くで観戦していたマクラがぼそっと洩らした。話しかけてきたのではなく、ただ本音が洩れ出ただけだったのだろうが、その隣、洩れ出た下流にモウフがいた。マクラが言わんとすることは分かった。マクラもモウフ同様、女子の中でもひときわ小柄だった。自分たちよりも運動能力が少し劣っていても、高身長の部員が重宝されることが多く、いくら練習に励み、それなりに結果を残したところで試合にはほとんど出られなかった。
「確かにね」とモウフも同意した。「生まれながらのアドバンテージ、ずるいよね」
「顔が良くて、スタイルが良かったら、人生はスムーズに決まってる。学校も楽しくて仕方がないだろうし。スイスイ生きられる。ほんと嫌」
「いちがいには言えないかもしれないけど」
「言えるって。生まれた時に決まってるようなもんでしょ。遺伝子とかで。ずるくない? 特別、努力したわけじゃないんだよ。生まれたらそうなっていたわけで。わたしなんてさ、顔は平凡、身体は小さくて、スタイルも良くない。何か悪いことした? って言いたくなるよね」
モウフも外見的要素に関しては、マクラとほぼ共通していたものの、それまでは、「わたし、何か悪いことした?」と思うことはなかった。そうか、それくらいのことは言い返してもいいのか、とはっとさせられた。
「恵まれた人にはそれはそれで苦労がある、とか?」モウフがそう口にしたのは、マクラが何と言い返してくるかが知りたかったからだ。
「ないない」とマクラは手をぱたぱたと振った。「いや、そりゃあ苦労はあるだろうけど、じゃあわたしと入れ替わりましょうか? と言ったら、絶対断るよ。スイスイ人の苦労なんてたかが知れてるんだから」
身勝手な文句を口にしているだけではあったが、モウフは不快感を覚えなかった。マクラの口調が、誰かを恨む感情的なものではなく、苦情を申し立てつつも、「どうせ改善されないんでしょ」と達観するかのような淡々としたものだったからかもしれない。
「あとさ、わたし気づいたんだけど」
「何?」
「スイスイ人って、だいたい他人を巻き込むんだよね」
「スイスの人のことを言っているように聞こえるね」モウフは笑いそうになる。
「彼氏がいたほうが幸せ、とか、みんなでわいわいしようとか、一人じゃできないことばっかり。わたしは一人で家にこもっているだけでも楽しいんだけど、あっちはそれを、可哀想な生き方だと思ってる節がある」
「あっち」がどのあたりを指すのか分からない上に乱暴な決めつけだったが、モウフは、「確かにね」と答えた。
高校時代、それが最初の会話だった。
(続きは書籍でお楽しみください)
