FIFAワールドカップ2026では、ピッチ上のプレーだけでなく、選手たちの試合前のスタジアム入りも世界中の注目を集めた。フランス代表が手にした「エルメス」や「ルイ・ヴィトン」のバッグ、「ロエベ」が手がけたスペイン代表のトラベルウェア、ガブリエラ・ハーストがデザインを手がけたウルグアイ代表の公式ユニフォーム、さらにはジュード・ベリンガムやクリスティアーノ・ロナウド、 キリアン・エムバペらが履いたバブルガムピンクのスパイクまで。今大会はサッカーが世界最大のスポーツイベントであると同時に、新たなファッショントレンドの発信地でもあることを改めて印象づけるものだった。

    52年ぶり出場のコンゴ代表が見せた“史上最高の入場シーン”

    今大会でもっとも話題を集めたファッションモーメントの一つが、52年ぶりにワールドカップへ出場したコンゴ民主共和国代表の到着シーンだった。

    選手たちは全員クラシックなブラックスーツに身を包み、胸元にはレオパード柄のサッシュを斜めに掛けて登場。このルックを手がけたのは、パリを拠点に活動するコンゴ系デザイナー、アルヴィン・ジュニア・マクだ。レオパード柄は代表チームの愛称「レオパールズ(ヒョウたち)」 へのオマージュであると同時に、コンゴに根付く「ラ・サップ(La Sape)」の文化も表現している。ラ・サップとは、政治的・歴史的背景の中で育まれた文化であり、伝統的なテーラリングによる洗練されたスーツスタイルを誇り高く着こなすことを意味する。コンゴならではの美意識を祝福したこの装いは、今大会屈指のファッションシーンとして世界中に強い印象を残した。

    その姿は圧倒的な存在感を放ち、その自信はピッチにも持ち込まれた。初戦でコンゴは強豪ポルトガルと1-1で引き分けるという歴史的な結果を残し、1974年大会以来となるワールドカップで、コンゴ民主共和国史上初の勝ち点を手にした。

    WAGsから選手本人へ。ファッションの主役交代cheryl tweedy and victoria beckham attend the fifa world cup in june 2006Ross Kinnaird//Getty Images

    2006年6月、FIFAワールドカップを観戦するシェリル・トゥイーディー(シェリル・コール)とヴィクトリア・ベッカム。

    かつてサッカー関連のファッションの話題といえば、ヴィクトリア・ベッカムやシェリル・コールらWAGs(選手の妻や恋人たち)が、大きなサングラスや超ミニ丈のデニムショーツ姿でスタンドに現れることだった。しかし、いまやトレンドを生み出しているのはサッカー選手本人である。

    「私たちは長年WAGsという物語に慣れ親しんできました。2006年ドイツ大会は、まさにカルチャー史に残る出来事でした」。そう語るのは、『SEASON Zine』創設者兼編集長のフェリシア・ペナントだ。ラグジュアリーなライフスタイルを誇るイングランド代表の妻や恋人たちが滞在したバーデン=バーデンはまさにWAGsの中心地となった。「当時彼女たちはすでに芸能界で活躍する有名人でもあったので、試合観戦に何を着ていくのかに大きな注目が集まりました。あれほど大規模な現象は、それまで見たことがありませんでした」

    Chevron Left IconChevron Right Iconatlanta, georgia july 01: jude bellingham #10 of england looks on during the fifa world cup 2026 round of 32 match between england and congo dr at atlanta stadium on july 01, 2026 in atlanta, georgia. (photo by eddie keogh the fa/the fa via getty images)Eddie Keogh – The FA

    ユニフォーム姿のイングランド代表ジュード・ベリンガム。足元はピンクのスパイクシューズ。

    では、いつからスタンドのWAGsではなく、選手自身がファッションアイコンとして注目されるようになったのだろうか。ウェストミンスター大学メンズウェア・システム論の教授であり、「ウェストミンスター・メンズウェア・アーカイブ」のディレクターでもあるアンドリュー・グローブスは「サッカーは今や、常にイメージが消費される時代に入りました。選手は単なるアスリートではなく、自らイメージを発信する存在になっています」と語る。「SNSやクラブ公式チャンネル、スポンサー、ファンアカウントによって、彼らは試合前から試合後まで常に注目されるようになりました」

    「試合用ユニフォームには厳しい規定があります。そのためファッションが表現されるのは、試合そのものではなく、その周辺です。練習場への移動中、スタジアム入り、ロッカールームなどが新たなランウェイになっているのです」

    NBAやNFL、F1でも広がるアスリートのファッションアイコン化

    この現象はサッカーだけではない。いまや多くのスポーツで、アスリートは競技力だけでなくファッションセンスでも評価される存在になっている。

    NBAでは、試合前に選手たちがアリーナへ向かう“トンネルウォーク”が、コートサイドのセレブの装いに匹敵するほど注目を集めるのはもはや恒例だ。2016年に誕生したInstagramの@NBAFashionFitsは、選手たちの着用アイテムを紹介するアカウントで現在では53万人以上のフォロワーを抱える。

    NBA EME(欧州・中東部門)の新規事業・グローバルパートナーシップ&イベント担当バイスプレジデント、ディナ・アフマドは「スポーツとファッションの交差点は、これまでになく刺激的なものになっています」と語る。

    2026年のNBAファイナルはニューヨーク・ニックス対サンアントニオ・スパーズという顔合わせとなり、第5戦では2400万人以上が視聴。ニックスが53年ぶりの優勝を果たした試合は28年間で最多の視聴者数を記録した。

    street style: june 17 milan men's fashion week spring/summer 2019Christian Vierig//Getty Images

    ミラノコレクションのストリートスナップ。

    billie eilish performing on stage 2023 lollapalooza festivalMichael Hickey//Getty Images

    ビリー・アイリッシュのライブパフォーマンス。

    「これは試合そのものの魅力だけでなく、NBAがカルチャー全体へ与える影響力が高まっている証拠です」とディナ。「NBAユニフォームは今や日常着となり、世界中の都市でストリートファッションや個人のスタイルの一部として着こなされています」

    同じことはバスケットボールショーツにも言え、ミュージシャンのビリー・アイリッシュの日常やツアー衣装を象徴するアイテムの一つとなっている。

    NFLトラヴィス・ケルシーとF1ルイス・ハミルトンが切り開いた新時代new orleans, louisiana february 09: travis kelce (87) of the kansas city chiefs arrives prior to super bowl lix against the philadelphia eagles at caesars superdome on february 09, 2025, in new orleans, louisiana. the eagles defeated the chiefs 40 22. (photo by logan bowles/getty images)Logan Bowles//Getty Images

    第60回スーパーボウルへの出場を前に、会場入りするトラヴィス・ケルシー。

    試合前のコーディネート文化を切り開いたのはNBAだが、そのカルチャーは今やエリートスポーツ界全体に広まっており、NFLでも定着している。その代表格が、テイラー・スウィフトと挙式したばかりのトラヴィス・ケルシー。全身をラグジュアリーブランドでまとめたスタイルは、そのままファッションウィークのランウェイに登場しても違和感がないほど完成度が高い。

    そしてF1では、ルイス・ハミルトンがコース内外で前衛的なパドックファッションを披露して、毎戦大きな話題を呼んでいる。

    lewis hamilton at the f1 grand prix of monaco practiceCiancaphoto Studio//Getty Images

    F1スター、ルイス・ハミルトン。

    最近では、新鋭イタリアブランド「ニコロ・パスクアレッティ」の2026年春コレクションのシアーな淡いピンクのスパンコールトップスにブラッシュピンクのテーラードパンツと繊細なパールチョーカーを合わせたルックで登場。恋人として同席したキム・カーダシアン以上の注目を集めた。このことは、もはやWAGsが主役ではないことを象徴する出来事でもあった。

    実際、Pinterestではルイス・ハミルトンやF1ドライバーのスタイルに関する検索量が増えている。2026年1月から6月にかけて「Lewis Hamilton aesthetic」の検索数が223%、「Formula 1 aesthetic outfit」は483%もの増加を見せた。

    “見せるプレー”に加え、”見せる装い”が勝負の一部にteam of france arrival and training and press conferenceFranco Arland//Getty Images

    「ディオール」のバッグを携えたフランス代表キリアン・エムバペ。

    試合前のスタジアム入りそのものがエンターテインメントとなった結果、ワールドカップはこの変化を積極的に取り入れている。今年の大会では、スポーツとファッションの結び付きがこれまで以上に強調された。「これまで以上に多くの視線が集まっています」とフェリシア。今年はアメリカ、カナダ、メキシコの3カ国が共同開催していることもあり、それぞれの国にとって自国文化を発信する絶好の舞台になっているという。

    「各国はこの機会を利用して、国への誇りや伝統衣装、自分たちが何者なのかを世界へ示しています。サッカーには『言葉ではなくプレーで示せ』という文化があります。腕前や卓越さはプレーで証明するものです。でも今は、それに加えて『良い服を着れば、気分も上がり、プレーも良くなる』という考え方が広がっています」

    アスリートの新たな自己表現としてのファッションmanchester city airport arrivals fifa club world cup 2025Leonardo Fernandez//Getty Images

    所有する「エルメス」コレクションも話題のノルウェー代表ハーランド。

    ファッションはいま、競技の一部として機能するだけでなく、 同時にチームやユニフォームという枠を超えて、自分らしさを表現する最も明確な手段にもなっている。個性や創造性、カルチャーを表現するだけでなく、成功の象徴としても機能しているのだ。英国プロフェッショナル・フットボール・スカウト協会によると、プレミアリーグ選手の平均年俸は約300万ポンド(約6億5,800万円)とも報じられている。それだけの収入があれば、高級ブランドに身を包むスタイルが自己表現の一部になるのも不思議ではない。

    アンドリューはこう締めくくる。「サッカーは昔から、男性が服に関心を持つことを自然に認めてくれる文化でした。競技、チームへの帰属意識、そして愛国心を持つことで、実際にはスタイルをアピールする側面があってもファッションは競技の延長として受け入れられてきたのです」。だからこそ、6月23日から28日にパリ・メンズ・ファッションウィークが開催されていたにもかかわらず、ファッションで大きな話題をさらったのはランウェイを歩くモデルではなく、スタジアム入りするサッカー選手たちの装いだったのだろう。

    今年のワールドカップで人々の記憶に残るのは優勝チームだけではない。コンゴ民主共和国代表の見事なテーラリングから、「エルメス」のボストンバッグまで、サッカー選手たちはゴールを決めるだけの存在から、ファッションの主役へと進化した。そして”美しきゲーム”は今、新たなファッションランウェイとして、その存在感を確立しつつある。

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