南アは植民地の上に改めて線を引き直してできた国。何もかもが「人為的に」「後天的に」構成された国。国を支える基盤=インフラの全てが「再設計」された国。戦後になってさえ、アパルトヘイトによる白人至上主義国家の推進だけでなく、テクノロジーを駆使して近代化を進めた。
国家建設のイデオロギーありきの国で、その国の体裁を整えるために近代的なテクノロジーの導入に積極的だった。人種管理の点では「生体認証国家」の可能性も先んじて検討していた(キース・ブレッケンリッジ『生体認証国家』)。そんな環境なら、マスキズムの柱である「テクノロジーを通じた主権」に思い及んでも不思議ではなかった。生存圏の確保のためにテクノロジーが不可欠だった。だからこその、「要塞未来」主義だった。
環境が、自分しか基準がない人間を生んだ
繰り返しになるが、そんな南ア出身の異人であるマスクが見たアメリカが、アメリカで生まれたアメリカ人の見るアメリカと同じであるはずがない。マスクが茫洋と抱く社会のイメージが、大学生になるタイミングで渡った先のアメリカであるはずがない。彼が抱く社会のイメージの基盤にあるのは、生まれ育った南アフリカで接した社会だった。
テクノロジーを用いれば敵意に満ちた世界の中でも自立を強化できる。そうして軍事化し現代的な技術を取り入れながら孤立を維持する姿は「XXファースト」の自国主義がそこかしこで叫ばれる2020年代の世界の先駆けだった。
征服者である白人が、常に征服したはずの現地人=黒人の数の脅威に怯え続ける国。その征服者だが少数者(という意識を持つ)白人社会の中で、さらにカナダからの移民の子どもというハグレモノ属性を持つのがマスクだった。防衛意識の高い白人社会のデラシネ。どこに行っても好きなことをする。自分しか基準がない人間に育ってもおかしくはない。
実際、南アというアフリカ大陸の南端に位置する国は、少数征服者である白人が作った社会がもつ不安定さと常に向き合うことになる。自己防衛が根底にあるから、使えるものは何でも使え、が中心になる。

Photograph: William Campbell/Sygma via Getty Images
防衛のためにはテクノロジーが必要だが、そのテクノロジーも外来のもの。国家が介在して何処かから調達する。テクノロジーとはそういう目的ありきで調達するものだった。今日、科学技術と括られるような研究対象ではなく、あくまでも、すでにそこにある役に立つ道具だ。
もっとも、テクノロジーが外来のものなら、それは神からの授かりもののようなもので、だからこそ未来を期待させる。擬似的なアフロ・フューチャリズム、といってもいいのかもしれない。
この南ア特有の「外来のテクノロジー」という視点で、ひとつ面白かったのは、幼き日のマスクの心象風景にどうやら日本のロボットアニメの姿も加わっていた、ということだ。
マスクは『ロボテック』という日本のロボットアニメをアメリカ放送用に編集した作品を好んで観ていたという。この編集されたアメリカ版アニメのオリジナル作品のひとつに、1980年代に日本でも人気のあった『超時空要塞マクロス』があった。マクロスとは、巨大宇宙船の名前だが、それはあたかもひとつの都市のように、内部に住宅街やビジネス街、遊興街まで抱えていた。それだけならただの宇宙船でしかないのだが、この作品の設定が日本のロボットアニメらしくバカバカしいのは、この超巨大宇宙船であるマクロスが、もとは地球外の宇宙人が地球に残した宇宙戦艦で、しかもそれが変形して超巨大ロボットになるものだったことだ。変形すれば当然、内部の都市の一部はそれだけで損壊する。それでも変形して戦うバカバカしさ。
