萩本欽一〈27〉坂上二郎さんは一番特別な人。あのボケは誰にもできないよ【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ〜んぶ話しちゃう!」】

     「一番の憧れだった」という三木のり平さん(左)と(C)共同通信社

    【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ〜んぶ話しちゃう!」】#27

     作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。

      ◇  ◇  ◇

    増田「二郎さんは車椅子じゃなくて自分の足で歩いたんですか?」

    萩本「立ってとぼとぼ歩くだけ。手なんか引いたりするとあれだから、やっぱり必死になってね。まだ雪が積もってるわけじゃないわけよ。でも、その最後のシーンになったらどんどん雪が降ってきて…。その中を2人でただ歩いた」

    増田「旅先はどこだったんですか?」

    萩本「旅先どこだったかな。番組のタイトルは、テレビ朝日の『旅の香り』だったと思います。北の地方へ行った」

    増田「その『旅の香り』*が二郎さんとの最後の共演ですか?」

    ※『旅の香り』:は、2002年から2009年までテレビ朝日系列で放送された旅番組。その後も特番として放送された。芸能人が日本各地を訪れ、風土や歴史、食、温泉宿などの魅力を紹介する内容で、落ち着いた大人向けの旅番組として親しまれた。司会は野際陽子、中井美穂が務め、旅の映像を見ながら感想を語る形式が特徴。萩本欽一と坂上二郎が秋田県を旅した回は「旅の香り」のスペシャル番組として2008年1月に放送された。

    萩本「最後だと思う。うん。でも、もう大変だったの。奥さんが付いてこられて、洋服もなにも全部、奥さんが着替えをさして。二郎案はもうほんとボーッとしてた」

    増田「体も当然不自由だし、軽妙な掛け合いとかもできない」

    萩本「それから本当に2年くらいで亡くなったから」

    増田「でも雪の中を歩く背中だけで演じてたわけですよね、最後」

    萩本「ほんとにね、気分のいい人。喧嘩する理由がないもん」

    増田「ええ」

    萩本「普通はね、だいたいネタの打ち合わせで喧嘩になるんですよ。でも、55号は打ち合わせしなかったから。俺がひとりで考えて『これで行くよ』っつったら『よし』って。それだけ」

    増田「はい、はい」

    「漫才師でもタレントでもなく役者です」

    萩本「二郎さんは何にも言わないし、好きなようにやってる。舞台上でね。二郎さんはもうてこずって、必死こいて汗かいてるのがお客さん一番喜ぶと思ってやってた」

    増田「いや、相撲だったら、例えば歴代の大相撲で一番強いのが双葉山か大鵬かとか、野球でも金田正一や沢村栄治とかいますし、どの世界でも歴史的な人物がいますけど、笑いコンビで最強だったら、やっぱり55号だと僕は思いますね」

    萩本「二郎さんのあのボケは誰にもできないよ」

    増田「そうですね」

    萩本「あのボケができた最後のコメディアンですよね」

    増田「でもコメディアンと感じさせないところがコメディアンなんですよね」

    萩本「うん、コメディアンってのはあのね、喜劇役者ってことですからね。喜劇役者ってのはおかしいことを言うじゃないですか。ストーリーをうまく演ずることでおかしいんですから」

    増田「まさに役者なわけですね」

    萩本「そうなんです、役者なんですよ」

    増田「漫才師でもなく、タレントでもなく、役者だと」

    萩本「そう、漫才っていうのは言葉で笑わすから。動きよりも」

    増田「コメディアンっていうのは演技なんですね」

    萩本「そうです」

    増田「役者なんですね」

    萩本「うん。言葉の強弱とかだけで笑わせたり」

    増田「萩本さん、浅草の修業時代から、そういう、いわゆる喜劇役者という先輩も含めて、いろんな喜劇役者をご覧なられてたし、接してきたと思うんですけども。東八郎さんとか、伊東四朗さんなんかももちろんそうでしょうけど、やっぱり坂上二郎さんっていうのは特別な人なんでしょうか」

    萩本「特別ですよね。私が一番憧れたのは三木のり平さんなんです。でも、それは憧れ。2番目が坂上二郎さん。だから二郎さんは一番特別な人。三木のり平さんは一番憧れの人」(つづく =火・木曜公開)

    ▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。

    ▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

    Share.

    Comments are closed.