写真引用元:超、Maria 公式X(旧Twitter)
公演タイトル:音楽劇「超、Maria」
劇場:I’M A SHOW
企画・制作:アミューズ
作・演出:根本宗子
音楽:小春(チャラン・ポ・ランタン)
出演:田村芽実、清水くるみ(観劇回のみ記載)
演奏:小春、カンカンバルカン楽団
期間:7/4〜7/12(東京)
上演時間:約1時間15分(途中休憩なし)
作品キーワード:音楽劇、生演奏、二人芝居、親子、メルヘン
個人満足度:★★★★★★★★☆☆
昨今ではミュージカルの演出や小説家デビューもしている劇作家・演出家の根本宗子さんが、2020年1月に別冊「根本宗子」で初演して好評を博した音楽劇『超、Maria』を再演するということで観劇。
根本さんは、2009年に19歳で自身が主宰の演劇団体である月刊「根本宗子」を旗揚げして本公演を行い、本公演以外の根本宗子一人芝居やバー公演シリーズは別冊「根本宗子」として上演してきた。
そして、4度ほど岸田國士戯曲賞の最終候補にも名を連ねている。
私自身、根本さんが手がける作品は、『今、出来る、精一杯。』(2019年12月)、『宝飾時計』(2023年1月)、ミュージカル『ワイルド・グレイ』(2025年1月)、劇団青年座『Lovely wife』(2025年3月)を観劇したことがあるが、本作については初観劇となる。
本作はダブルキャストとなっており、登場人物のかなをチャラン・ポ・ランタンのボーカルであるももさんと田村芽実さんが、登場人物のゆうを根本宗子さんと清水くるみさんが演じていて、私は「チームエンジェル」である田村芽実さんと清水くるみさんの出演回を観劇した。
物語は、仕事で忙しくてなかなかお父さんに会う機会のない二人の小学校1年生であるかなとゆうを中心に、そんな二人が大人になっていく過程を二人の視点から描いていく話である。
かなとゆうは小学校で、父親参観にどちらのお父さんも来てくれないことを打ち明ける。
しかし他の同級生はみんなお父さんが来てくれるようである。
かなのお父さんも、ゆうのお父さんも仕事で忙しくて会社のソファーで寝泊まりしてしまうほどである。
他の同級生のお父さんは、19時には仕事に帰ってきて家族団欒で夕飯を食べたり、一日中家で仕事をしていたり、専業主夫だったりするが、そんなお父さん像と比較してかなとゆうのお父さんは、仕事で忙しくしていて格好良いと合理化している。
しかし、ある日かなとゆうは偶然お父さんと遭遇した時に、信じられない事実を知ってしまうのだが…という話である。
まず、舞台演出が非常に素晴らしく完成されていた。
舞台セットは非常にメルヘンで可愛らしく装飾された空間になっていて、西洋のお伽話に登場しそうな雰囲気だった。
白い壁に絵画や十字架などが至る所に飾られていて、修道院の中といった印象である。
そこに、カンカンバルカン楽団の奏者たちがドラム、サックス、ヴァイオリン、アコーディオンを演奏している。
その楽器たちも、どこかイタリアやスペインの音楽を思わせるくらい西洋風な印象を抱いた。
この絶妙な舞台演出に合わせて、娘たちの父親愛の渇望を描く様がリアルで私たち観客の心をグサグサと揺さぶった。
かなもゆうも、父親と会う機会が少なくて父親からの愛情不足をずっと感じさせる描写が続く。
他の同級生と比べて自分たちは父親に大事にされていないと感じてそれを合理化しようとしたり、その経験がやがて中学生、高校生になった時に、周りの同級生たちと違って少し年上の男性を好きになる傾向があったり。
そんな様子を見ていると、かなとゆうが非常に哀れに思えてくるし、男性である私は子供を持ったら父親として接する時間を大切にしていかないといけないと思わされる。
きっとこの舞台を観劇していた男性の多くが、父親としての自分の在り方を考えさせられたのではないだろうか。
音楽劇とあるように、本作の大部分が音楽で構成されていた。
そして楽曲が非常に印象的で耳に残りやすいメロディだったのも素晴らしく良かった。
「ねーMaria」という耳に残りやすいフレーズを何度も繰り返し、かなとゆうが父親に会えない寂しさを神にすがって祈るように歌うのが良くて、そこにしっかりと感情移入させる魅力があった。
また振付も良く、ついつい音楽に合わせて観客も真似したくなるような振付であった。
かな役を田村芽実さん、ゆう役を清水くるみさんと売れっ子のミュージカル俳優をキャスティングしていて、とてもハマり役であった上に非常に贅沢な歌声を堪能することができた。
田村芽実さんのいつも甘えた感じのかなと、それをちょっと俯瞰して冷静に接してくれる清水くるみさんのゆうのコンビのバランスが絶妙で、こんなに息ぴったりに演じられるのかと驚かされる。
これ以上マッチするコンビなんていないのではというくらいの素晴らしいコンビネーションだった。
だからこそ、ももさんがかな役、根本さんがゆう役の回も観てみたかった。
そしてカーテンコールでは、客席を二人が飛び回ってスマホ撮影自由になる時間もファンサービスが行き届いていて大満足だった。
こんなに面白い音楽劇は初めて出会ったかもと思うくらい秀逸な作品だった。
脚本よし、演出よし、キャスティングよし、歌と演技よし、音楽よしの音楽劇を配信があったら見逃さないで欲しい。
写真引用元:超、Maria 公式X(旧Twitter)
【鑑賞動機】
根本宗子さんの舞台作品はいつも面白くてハズレがないイメージである。そして本作も面白そうな音楽劇であった上に、田村芽実さんと清水くるみさんのコンビで芝居が観られるという点も貴重だと思いチケットを取った。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
客入れ中に、ゆう役の清水くるみさんによる前説がアナウンスで入る。上演中はスマホを電源から切るように、そしてカーテンコールではスマホの電源を入れて写真・動画撮影可能だとアナウンスが入る。そのタイミングになったら出演者が合図を送ると。
前説が終わると、奏者であるカンカンバルカン楽団のふーちんさん、岡村”オカピ”トモ子さん、舞子さん、そしてチャラン・ポ・ランタンの⼩春さんが登場し、演奏席に着く。そして、かな(田村芽実)とゆう(清水くるみ)も登場して所定の位置につく。そして演奏ともに「ねーmaria」と歌い出す。
かなもゆうも6歳で小学校1年生、ランドセルを背負って学校に通っているが、二人にはお父さんが仕事で忙しくてなかなか会えないという共通項があった。今日も学校で二人はお父さんに会いたいと言っている。もうすぐ父親参観があるが、ゆうの家のお父さんは仕事が忙しくて来れないのだと言う。かなは父親参観の案内のプリントを親に見せていなくて、ランドセルの一番下にくしゃくしゃになっていた。
かなのお父さんも、ゆうのお父さんもいつも家に帰ってくることなく、仕事が忙しくて職場で寝泊まりしているそうである。仕事場のソファーで寝て過ごしているらしい。家に帰ってくれば柔らかいベッドがあるのにと。
小学校では、それぞれの生徒がお父さんについて語る授業があった、奏者の一人が生徒になりきって自分のお父さんについて語る。
一人はうちのお父さんはサラリーマンで、19時に家に帰ってきて母親の作ってくれた晩御飯で家族みんなで夕食をとる、テレビ番組を観ながら家族団欒で食事をするのだと。
二人目の奏者が生徒になりきってお父さんについて語る。うちのお父さんは画家で、いつも家にいて仕事をしていると。好きな時間に遊んでくれてハグをしてくれると言う。かなとゆうは、そんなお父さんは仕事なんかしてないじゃんと小声で反論する。
三人目の奏者が生徒になりきって自分のお父さんについて語る。うちのお父さんは専業主夫で、お母さんが仕事をしてお父さんが家事をしてくれるのだと。お父さんが作る食事が美味しいのだと言う。
そんな他の生徒のお父さんを聞いて、かなとゆうは、仕事で忙しくしているうちのお父さんは格好良いのだと合理化する。
数少ないお父さんが家に帰ってくるとき、かなもゆうもお父さんと一緒に寝る。普段はお母さんと一緒に寝るが、お父さんが帰ってきた時は一緒に寝るのだと言う。しかし、その時のイビキが凄いのだと語る。「ぐわーん」「ぐわーん」と大きな音を立てて怖いのだと。
かなとゆうが小学6年生になったある日、かなとももが寝ていると何やら食器がガシャンと割れる音が聞こえた。耳を澄ますと、いつもは温厚な母親が珍しく声を荒げてお父さんに対して怒りをあらわにしていた。いつも一人にされて我慢していたと、いい加減にして欲しいと母親は父親に怒っていた。
中学時代を飛ばして高校時代の話をしようとしたが、中学時代は飛ばしちゃいけないと中学時代のかなとゆうのことが語られる。
ある日かなとゆうが二人で歩いていると、かながお父さんだと指差して手を振る。しかし、お父さんの横にはどうやら知らない女子中学生が座っている。さらに、ゆうもお父さんだと言って手を振る。かなとゆうはおかしいことに気が付く。かなとゆうがお父さんと呼んでいるのが同一人物であることに気が付く。二人は大騒ぎする。
考えてみたら、かなの家にお父さんがいる時は、ゆうの家にお父さんはいなかったし、ゆうの家にお父さんがいる時はかなの家にお父さんはいなかったと。そして、これはつまりかなとゆうは母親違いの姉妹であるということになって大騒ぎする。そして、先ほどお父さんと一緒にいた女子中学生も姉妹ということになると。
それからというもの、かなとゆうは学校で会ってもお互いソワソワするようになる。今までは仲の良い友達だったのに、急に姉妹であるという事実を知ると気まずくなってしまった。
かなとゆうは中学生になってから、自分たちが周囲の同い年の女子たちと価値観がズレていることに気付かされる。それは、同級生の女子たち同士で好きな男性アイドルを指差すときに気づいた。
かなとゆうと奏者たちも含めて、V6の中で一番格好良いのは誰かという話題になる。せーので次々に答えていく。かなもゆうも最も年配のメンバーを答える。次に、嵐の中で誰が一番格好良いかの話になる。かなとゆうだけが大野さんを答える。
かなとゆうは自分たちだけ年配の男性が好きだと気がつき、特にかなに関しては「純烈」が好きであることを語るとゆうは「純烈」まで年配な男性は興味ないと言ってしまう。かなの年配男性フェチが強いことを実感する。
かなは年配男性の加齢臭が好きだった。おじさんの匂いと書かれた空気砲が登場する。そこから出てくる煙を嗅ぎながら、かなは良い気分にさせられていた。
かなとゆうは二人で話している。今日はかなの家にお父さんが帰ってくるようである。お父さんとファミレスでオムライスを食べてゲームをするのだと言う。
別の日、今日はゆうの家にお父さんが帰ってくるようである。お父さんとホテルでビーフシチューを食べて、家帰ってゲームをするのだと言う。
ある日事件が起きる、かなは加齢臭が好き過ぎて窃盗を起こしてしまい逮捕される。ゆうは友達がいない寂しさからソシャゲにハマって課金を繰り返してしまい、指紋が擦れて過労で入院する羽目になる。
かなはふとおかしいことに気が付く。どうしてかなはお父さんと食事に行くのはファミレスでオムライスなの、ゆうはホテルでビーフシチューなのだろうかと。もしかして、かなはゆうよりも大事にされていないんじゃないかと。もしかしたら、ゆうの方がお父さんに会っている時間が長いのではないかと。
かなとゆうはそんなことで仲違いをしてしまう。かなはお父さんからしたら、三番手の娘なのかもしれないと、一番手はあの時一緒にいた見知らぬ女子中学生で、二番手はゆうで、自分は三番手かもしれないと。
かなとゆうは神様に祈る。どうかあの時一緒にいた女子中学生の女性に良い男性が現れて結婚して、お父さんが自分たちに振り向いてくれますようにと。なんで人の幸せを勝手に祈っているのだろうとかなもゆうもバカバカしくなる。だったら、自分の幸せを祈った方が良いではないかと。
そしてかなとゆうは、素敵な男性に出会えることを祈る。
最後にカーテンコールで、かなとゆうは「ねーmaria」と歌う。観客のスマホ動画・写真撮影も解禁される。かなとゆうは客席にも飛びまわり、観客とハイタッチしながら一周する。そして上演は終了する。
お父さんになかなか会えないで育った女性の気持ちを、これでもかというくらいリアルに表現していて素晴らしかった。根本さん自身のお父さんがそういう人だったのかなと思いながら観劇していた。
小学校の父親参観、お父さんのいびき、温厚なお母さんが夜叱っている音、V6や嵐の中で好きな人をカミングアウトする場、どのシチュエーションもリアル過ぎてさすが「ねもしゅー」だなと思う。本当に根本さんの描く脚本は、観客のリアリティをダイレクトに台詞に起こして共感を生むのが上手いよなと思う。
実はかなとゆうのお父さんが同一人物だったという設定は、ちょっとトリッキー過ぎて、そこだけ非現実的な設定に思えたので、そこまでしなくて良いのにとは思った。しかし、それを差し置いても脚本としての巧みさの方が何十倍も上なので総じて満足だった。
お父さんからの愛情不足だと、娘は年配の男性フェチになってしまうのかなと考えさせられた。やはり、娘にとって父親の存在は自己形成において非常に重要なのかなと思った。
この作品を観ていた他の男性の感想や、実際に父親で娘がいる男性はどう思ったのか気になった。グサグサと心に突き刺さる作品なのではないかと思った。そんな脚本を描ける根本さんの脚本力に素晴らしさを感じた。
写真引用元:超、Maria 公式X(旧Twitter)【世界観・演出】(※ネタバレあり)
非常にユニークな舞台空間と演出で、舞台セットはメルヘンで可愛らしくおしゃれで、衣装はコスプレといった感じで地雷系女子というキャラの強さが出ていて素晴らしくマッチしていた。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
ステージ背後には、白いパネルの壁が下手から上手にずっと広がっており、そこには数多くの装飾が施されていた。絵画や十字架やその他カーテンなどの布系の装飾などがぎっしりと飾られており、個人的にはヨーロッパにある修道院のような雰囲気を感じた。ちょっと宗教的な雰囲気が感じられて、『超、Maria』というタイトルとも合っていた。
ステージ上には木造の椅子が複数あって、かなとゆうがその椅子に座りながら演技をしたりしていた。特に学校のシーンはよく登場するので、その椅子を学校椅子として扱いながらシーンを作っていたと思う。
全体的な印象としてとてもメルヘンで可愛らしい舞台装置だった。
次に衣装について。
かなは全体的に白い地雷系女子といった格好で、まるで天使のようだった。白くて天使のような衣装というコスプレからもどこか宗教チックなものを感じる。田村芽実さんがかなを演じていたが、とても似合っていた。かなはずっとギャーギャーと甘えている感じがあって、それがまたキャラクターを良い感じに形成していた。
また、ゆうの衣装は全体的に黒くて悪魔のような地雷系女子に見えた。この天使と悪魔の白と黒の対比も非常に面白いしセンスがある。清水くるみさんが、田村さんよりはちょっとクールに演じていたのもあって、衣装も相まって全体的にややツンツンしている感じが、かなとは違ってまたよかった。
髪の結び方も良くて、三つ編みにして2本の角が生えているようにしているのも良かった。だからこそ天使と悪魔のようにも見える。
そして、二人が背負うランドセルが特に印象的である。茶色くて木造で出来ているような可愛らしいランドセルだった。
次に舞台照明について。
舞台照明は非常に奇抜に様々な色彩に変化していた。基本的には明るい白色の照明が基本なのだが、お父さんのいびきのシーンやお母さんがお父さんに怒っている夜のシーンは濃い青色だったり、真っ赤に舞台全体が染まるシーンもあった。
あとは音楽が流れるシーンだと全体的にカラフルで、まるでミュージカルというくらい豪華で派手でエンターテイメント性の高い照明演出だった。
次に舞台音響について。
「ねー、maria」の歌詞が耳から離れない。これは完全に私の偏見だが、舞台演劇では音楽はそのシーンでしか流れないので、インパクトに残る楽曲かどうかが重要だと思う。本作のメインテーマの「ねーmaria」はそれだけで耳に残るので、非常に印象的で良いと思えた。
そして、チームエンジェルは、田村芽実さんも清水くるみさんもどちらもミュージカル俳優なので、歌がうま過ぎて惚れ惚れした。「IM A SHOW」というそこまでキャパの大きくない劇場において、こんなに歌声を間近に堪能できるなんてとファンサービスも旺盛の楽曲でもあった。
また、アコーディオン、ドラム、サックス、ヴァイオリンの生演奏というのも良かった。どこかイタリアやスペインの音楽を思わせるクラシカルな感じが、またこの演劇の作風に合っていた。こんな楽器の生演奏なんてあまり聞けるものではないから、それだけでも観劇する価値があると思う。
さらに、楽曲以外でも生演奏を使って音を出しているシーンがあって、例えばお父さんのいびきをアコーディオンの低い音で表現しているのが良かった。
それと、お父さんとお母さんの喧嘩と食器が割れる音の感じも良かった。姿が見えなくて音だけ聞こえているからこそ演出として上手いなと思う。
最後にその他の演出について。
まず、カーテンコールがスマホ撮影OKなのが非常にファンサービスとして良いなと思う。この作品は、ファンサービスへの配慮がものすごく行き届いている。もちろん劇中はスマホNGだが、ここからはスマホOKだよをキャストが合図してくれるので、観客も安心してスマホ撮影ができる。
また、キャストの田村芽実さんと清水くるみさんが客席を一番後方まで回って飛び回ってくれて、必要な人にハイタッチする演出もあって素晴らしかった。ファンサービスが神がかっていた。
カンカンバルカン楽団の人たちが、単なる奏者だけでなく、一部役者として演技をするのも良かった。最近の生演奏系の音楽劇は、奏者も役者の一員となって参加する系が増えていて良いなと思う。
インパクトが強かったのはおじさんの匂いと書かれた空気砲。このセンスが非常に良くて、おじさんの匂いというと加齢臭を思い浮かべるのでビジュアル的によくないが、ああやってコメディで消化するのは演出の上手さを感じた。
振付も良かった。椅子を使ったり身振り手振りで、観客もついつい真似したくなるような振付であった。
写真引用元:超、Maria 公式X(旧Twitter)【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
チームエンジェルのかな役の田村芽実さんと、ゆう役の清水くるみさんのほぼ二人芝居という感じだったが、この二人のコンビネーションが抜群に良くて歌も上手くて、こんなにベストマッチなコンビはないのではないかと思いながら観劇していた。
二人についてそれぞれ記載していく。
まずは、かな役を演じた田村芽実さんについて。田村さん自身はミュージカル俳優として名前はすごく良く知っていたのだが、演技を拝見するのは今回が初めて。
拗らせ女子といったら良いのだろうか、とにかくかなという人物像には父親からの愛情不足によって愛に飢えている感じを全面的に感じられて、それがまた観客の感情に訴えかけてくるものがあって良かった。甘えん坊な感じもありつつ、どこか自分が一番愛情不足なんじゃないかと被害妄想している感じが非常に訴えてくるものがあった。
小学生の頃は無邪気で、自分の父親って他の同級生と違うな、それってもしかして自分の家のお父さんって結構凄いんじゃないかと純粋に美化しているのが、可愛らしくもあるが恐ろしくもあった。それが歳を取るにつれて、段々真実に気がついて、自分の父親は仕事が忙しくて家にいないのではなく、そもそも家族を愛してなかったということに気付かされ、自分が他の同級生たちよりも愛されなかったということに悲しみを抱き始める。そして、そういった環境が自分の恋愛観にも影響していることに気がつき自暴自棄になってしまう。結構可哀想なキャラクターなのだよなと思うと胸が痛くなる思いだった。
終盤の、自分が娘として一番愛されていないのではないかみたいな感情にはうるっときてしまう。自分がいけないのではなく、そういう境遇に置かれてしまったが故の悲劇だと思っていて、同情したくなってしまうキャラクターなんだよなと思う。
そういう観客の感情をガンガン揺さぶるキャラクターを描くのが根本さんは上手いなと思うと同時に、それを完璧に田村さんでしか出せないようなキャラで演じ切ってしまうのも素晴らしいと感じた。
田村さんの歌の上手さも抜群で、さすがミュージカル俳優だった。この楽曲を歌うのも、音程の誤魔化しが効かないので難しいと思うが完璧に仕上げていた。
次に、ゆう役を演じた清水くるみさんについて。清水さんの演技は、ミュージカル『キンキー・ブーツ』(2025年5月)、舞台『東京輪舞』(2024年3月)で演技を拝見したことがある。
境遇はかなと一緒なのだけれど、かなとは性格が全く違くてちょっとクールで、世間に対して一歩引いた視線で観ている感じが凄くあって清水さんのキャラとしても合っているなと感じた。
クールではあるのだけれど、やはり父親に愛されてこなかたったことに対する深い悲しみは抱えていて、かなと同じように恋愛観にも影響している。かなほどではないにせよ、その影響は間違いなくゆうにもあるんだよなと思いながら観ていた。
ただ、やっぱりかなほどはお父さんに愛されなかったことに対して引きずっていたりしないのかなとか思ったりした。それは、かなが自分よりもゆうの方がお父さんが一緒にいる時間が長いのではと思っていて、かながゆうに対して劣等感を感じているので、ゆう自身は若干優越感もあるのかなと思ったりもした。
スマホゲームにハマり過ぎて課金しまくって、指紋が擦り切れてしまって過労で入院という結末がぶっ飛んでいて印象的だった。スマホゲームに中毒になってしまうということは、やはりどこか欲求不満な部分があったのかなとも思った。
かなの甘えん坊な感じと違って、ちょっとクールでお姉さんぽいけれど、心のどこかでお父さんを渇望している感じが本当にキャラクターとして良くて素晴らしかった。
清水さん自身の演技も歌声も非常に素晴らしかった。
写真引用元:超、Maria 公式X(旧Twitter)【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、本作についてと、今回キャスティングされた田村芽実さんと清水くるみさんについて、私が感じたことを記載していく。
『超、Maria』は、2020年1月〜2月に別冊「根本宗子」として初演された。当時は私も観劇が趣味になって間もない頃だったのと、その1ヶ月前に新国立劇場で『今、出来る、精一杯。』を観劇したばかりで、根本さんって凄い面白い演劇を描く人なんだなと根本さんの存在自体を知ったばかりの頃だった。
上演していること自体は知っていたが初演は私は観ておらず、舞台セットがとても可愛らしくてメルヘンだなというのを舞台写真で知って印象に残っていた。
それからコロナ禍に入って、劇場で公演が打てなくなってしまった期間があり、そんな中本作は無観客配信を行なったそうである。実は、その無観客配信をしていたというのは当時知らなかった。
根本さんは、そんなコロナ禍の真っ只中の演劇が上演しにくい期間においても、演劇の可能性を諦めずに観客を楽しませることを最優先に上演を続けてくれていて、本当に演劇愛に溢れた劇作家さんだなと側から見て思っていた。
だからこそ、2021年の第65回岸田國士戯曲賞では、根本さんの『もっとも大いなる愛へ』が最終候補に残ったものの、受賞は該当なしとなり、コロナ禍の中で苦しい中で演劇を上演しようと取り組んできた劇作家の人たちに対して、該当なしはあまりにも酷な結果だったのではないかと物議を醸していて、根本さんもそのことについて私見を発信されていて非常に印象に残っている。
賞というものは、情けで与えられるものではないにせよ、あのタイミングで受賞なしは観客としてもくるものがあったなと感じた。
そんな無観客配信を経て、6年ぶりに本作は再演されることになった。無観客配信で本作を知った観客にとっては、ようやっと劇場でこの作品が観られると待ち望んでいたのではないだろうか。
根本さん自身もあまり再演を好まず、新作をどんどん打っていくタイプの劇作家さんのようだが、この作品に関しては再演しようと踏み切ったのだと。それは、やはり初演が好評だったのと、無観客配信で観客に楽しんでもらえたからだろう。
今回の再演では、かな役に田村芽実さん、ゆう役に清水くるみさんという新たなキャスティングも用意して上演された。本当にナイスキャスティングだったなと思う。
田村さんと清水さんのコンビは、他でも度々見かけるコンビである。ミュージカル『ヘアスプレー』でも共演しているし、何より私も観劇したミュージカル『キンキー・ブーツ』(2025年5月)では二人がWキャストとして同じローレン役を演じている。
プライベートでも二人は仲が良いようで、ミュージカル『ヘアスプレー』の共演を機会に、仲良しになったようである。どうりで、このコンビネーションの良さは今回の二人芝居で作り上げたものではなく、以前から培われたものだったのだなと思った。
世の中には色々な劇作家さんがいるが、根本さんはその中でも観劇の間口を広めたいという思いが強い劇作家さんだと感じている。だからこそ、観客を楽しませたい、演劇を好きになって欲しいと感じる作品が多いと感じるし、観客ウケが多い作品も良い意味でとても多くて素晴らしいことだと思っている。
『宝飾時計』もミュージカル『ワイルド・グレイ』も『Lovely wife』も、根本さんの作演出で観劇してきた作品のほとんどが、この作品も含めて大当たりだと感じている。
これからも根本さんの演劇作品を追い続けていきたいなと思う。
写真引用元:超、Maria 公式X(旧Twitter)
↓根本宗子さん過去演出作品
↓清水くるみさん過去出演作品
