愛媛で活動する矢野青山建築設計事務所。落雷で焼失した〈佐田岬 亀ヶ池温泉〉の再建プロジェクトなど地域の公共施設から、プログラム提案から取り組んだ複合施設〈だんだんPARK〉などの業務・商業施設を手掛けるほか、2026年5月に愛媛県で開催された第76回全国植樹祭では、お野立所(式典会場において天皇皇后両陛下にご着座いただく建物)の設計プロポーザルで、全国から45組が参加した中から最優秀案に選ばれています。

    地方に生活しながら設計活動をすることで分かる課題、それにどう向き合っているかなど、商店街でコミュニティスペースとしても使われている事務所で代表の矢野寿洋氏、青山えり子氏にインタビューしました。

    矢野青山建築設計事務所

    〈第76回全国植樹祭お野立所〉Photo: Masao Nishikawa

    設計活動で商店街のシャッターを開け、地域を活性化させたい

    矢野寿洋氏(以下、矢野):事務所を設立して12年ほどになり、スタッフも増えてきたことから松山市三津に事務所を移転しました。通りに面した事務所1階を〈ミツてらす〉と名付けて地域に開放しています。ここは以前、三津浜銀天街というにぎやかなアーケード商店街でした。私が中高生のころからゴーストタウン化し、シャッター街になってしまいました。そのころから「いつか戻ってきて街に貢献したい」と思っていたんです。

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    矢野:三津浜は今、松山市内でも移住者や感度の高い人たちが集まるような面白い場所になり、いろいろなお店をオープンさせています。この商店街で売りに出ていた3階建ての物件を取得し、1階をコミュニティスペース、2、3階を設計事務所としています。

    設計したコミュニティスペースが実際どのように使われるかは、自ら企画運営しないと分からないことがたくさんあります。「どうやったら地域を元気にできるだろうか」と考えたとき、今後の提案にリアリティをもたせるためにも、その地域に住んで場の運営に携わり、手法や反響を体感するプレーヤーとしてやっていくことが重要だと思っています。

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    矢野寿洋氏(写真左)と青山えり子氏(同右)

    青山えり子氏(以下、青山):現在、〈ミツてらす〉はミニライブやものづくりワークショップなどに使われたり、キッチンも併設しているので食事をしながらスポーツ観戦したり、さまざまな使われ方をしています。〈ミツてらす〉が地域に広まるだけでなく、この通りのシャッターをどんどん開けていきたいと思っています。とはいえ開けて何に使うかを考えるのは容易ではないので、地域のみなさんとここで相談して、先立つものの問題も解決しながら広げていきたいです。

    プロジェクトマネジメントまで踏み込み、サステナブルに運営が続くプログラムを提案

    矢野:私たちは愛媛県内で非住宅のプロジェクトを主に手掛けています。地方のプロジェクトで課題となるのが完成後の運用面や人的リソースです。最初はクライアントも提案に対して「いいね!」と言ってくれて話が進むのですが、徐々に「もう少し少ない人員で」「ここはアウトソースして」といった意見が出てきます。完成から2~3年は持ちこたえられるかもしれないけれど、10年、20年、サステナブルに続けていくためには単に設計力だけでなく、何がこの地域で本当に必要かのリサーチやプロジェクトマネジメント力が重要です。

    私たちが地域に足りないものとクライアントの要望をつなげ、プロジェクトマネジメントも設計も行ったのが、ネッツトヨタ愛媛のショールームである〈だんだんPARK〉です。「だんだん」は建物形状やこの地方の「ありがとう」という意味の方言から名付けています。

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    〈だんだんPARK〉Photo: Masao Nishikawa

    矢野:このプロジェクトはネッツトヨタ愛媛さんの今治店、新居浜店に続き、3店舗目となる本店の建て替えですが、敷地は空港通りと呼ばれる交通量も渋滞も多い準工業地域にあり、親しみやすいといえる雰囲気ではないエリアです。そこで「カーディーラーの敷居を下げ、車を持っていなくても買わなくても、地域の人がふらっと寄れるような空間にしたい」という依頼で計画が始まりました。

    カーディーラーのショールームに何か地域のための機能を付けただけでは「行くと車を買わされるんじゃないか」と二の足を踏んでしまいますよね。どんなプログラムと複合させるかの提案は社長から任せていただき、2年ほどかけてリサーチや検討を重ね、カフェ、あそび場、誰でも無料で利用できるイベントホール、コワーキングスペース、それらがネッツのショールームと同じ施設で駐車場も十分にあるという、施設全体で効果を発揮し、機能するプランを提案しました。

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    矢野:まず松山市や周辺にあるホールの分布状況をリサーチしたところ、小規模の施設があまりないことが分かったんです。そこで地域の人に無料で開放するホールを計画しました。この「DAN DAN HALL(だんだんホール)」は客席部分を段床になるようつくったイベントスペースです。

    イベントに使われていないときも座ってくつろげたり、赤ちゃんを寝かせて本を読んだり、上階への動線にもなるようなホールを目指しました。運営するネッツトヨタ愛媛さんがソフト面を利用しやすく整備したことで、今では習い事の発表会や婚活イベント、スタートアップ企業のプレゼン、マルシェなどいろいろな使われ方をし、予約で埋まるほどです。それだけこの規模のホールにニーズがあり、足りてなかったことを実感しています。公共施設も人口減少でなかなか建て替えることができません。これからどの地方でも、民間がパブリックスペースみたいなものをつくっていかなければならないと思います。

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    カフェ、あそび場、コワーキングスペースなどの看板も

    青山:複合用途を考えるなかで、「サステナブルな運営が可能なものか」が重要なのですが、場の運営のために新しく人を雇うのは難しいと言われ、自分たちで業者を探しました。カフェはトヨタ系列とまったく関係のない、松山市のカフェを探し、コンセプトに賛同してもらって運営してもらっています。あそび場はボーネルンドさんが監修し、運営は子育て分野に強い地元企業が担っています。有料のカフェやあそび場とすることで、車を買わない人も気兼ねなく来店できるようにしました。

    子供に合わせた洗面台や便座、ミルクや離乳食用の給湯スペースも用意しています。私たちがこの地域に住んで子育てをして感じる「痒いところ」を掻けるように細かな設計をしています。カーディーラーの強みは、駐車スペースが広いので小さな子連れでも来やすいですし、今では特別学級の遠足先としても使われるようになりました。

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    矢野:ランドスケープは、愛知に事務所を構えるエスエフジー・ランドスケープアーキテクツの大野暁彦さんと一緒に行いました。地方プロジェクトでも一流の方とコラボレーションできるのはこの時代の強みですね。子供たちと松山城で拾ったドングリを植えるワークショップを行い、小さな幼木が生えてきています。商業施設が愛情を込めて木を育てることで、植えた子供や親たちは商売を超えてその建築に愛着をもって訪れるようになりますよね。

    ショールームで収益を生むというより、少しでもいろいろなお客さんに来てもらう、地域の人に利用してもらうことを考えたこのプロジェクトが実現できたのは、地域全体が繁盛していくことを目標にする「地域繁盛」が社風のネッツトヨタ愛媛さんとともに、店舗をいくつか手掛けてきた信頼関係があったからだと思います。

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    写真右に写るのが前面に緑を設けた伊東豊雄氏設計のネッツトヨタ愛媛本社

    矢野:東京の事務所などがプロジェクトの期間だけ地方に滞在することに比べ、ここに暮らすことで環境やニーズの解像度を上げることができ、クオリティの向上や課題の解決につながります。地方に限らず、一般の人は建築専門誌を読まないし、わざわざ「建築を見に行こう」としなければ目にすることは多くありません。建築界の評価も大切ですが、実際の地域に住む一般の評価を両立させることが、これからの時代は重要だと思います。

    そして地方のすごくいい場所でも、建物がぽつんと単独で完成しても実はあまり意味がないんです。いろいろなものが混ざって街やエリアとして活性化しないといけない。〈だんだんPARK〉の向かいにあるネッツトヨタ愛媛の本社は伊東豊雄さんが設計され、2021年に完成したのですが、前面に緑が増えてこの通りが明るく親しみやすい印象になりました。せっかく空港と市街地を結ぶ好立地ながら排気ガスの多い渋滞する準工業地域という印象だったこの辺りも、クリーンエネルギーで道路や車のイメージが変わるような社会の流れに合わせて、ここから街が変わるきっかけになればいいなと思っています。

    地方の余地を繋げ、発信して事務所のチーム力を上げる

    矢野:〈ミツてらす〉のある商店街も、少しずつ手掛ける場を増やしていきたいですが、地域全体の底上げをするためには企画、建築、広報や宣伝、運営など、さまざまな要素が必要です。私たち建築の設計者はデザイン面やPMの観点など、ある程度オールマイティに知識があるので地域に広く関わることができると思っています。

    広報面では、落雷による火災での焼失から再建した〈佐田岬亀ヶ池温泉〉や〈だんだんPARK〉ではドローンで撮影した紹介動画をYouTubeにアップしたり、画文家の宮沢 洋さんを招いてイラストを描いてもらったり、発信・広報に力を入れて取り組んでいます。地方の設計事務所だからこそ、いろいろなチャンネルで広報に力を入れていく必要があると思います。

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    〈佐田岬亀ヶ池温泉〉Photo: Masao Nishikawa

    矢野:地方は社会の変化が大きくても、そのぶん工夫できる余地やスペースがたくさんあります。まだ繋がっていないもの、連携したり、活用したりしたらいいと思うものがたくさんあるんです。東京だと余地がなくぎちぎちに固まっていますが、地方には活動する、繋げていく余地があります。社会の変化が求められているとき、さまざまなものを統合するのが建築家の役割であり、今の時代だからこそ建築家は地方で活躍できると思います。

    地方に住み、設計業務をしているからには「あの建物、素敵だけどなんだか最近がらんとしてるよね」といった評判が立ったとしても背負っていかなければなりません。都会の事務所がやって来て設計することと、責任の範疇やスタンスが少し違うような気がします。これからも、設計者の視点と地域住民としての視点をもって、設計事務所としてのチーム力をさらに付けていきたいと思っています。

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    トップ写真:〈だんだんPARK〉Photo: Masao Nishikawa
    インタビュー:2026年4月18日 ミツてらすにて
    Photograph:Kei Sasaki(特記以外)

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