2026.07.08 UPDATE
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術にかける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、マルコス浄瑠璃『金閣寺』に出演し、邦舞の振付も担当する中村壱太郎さんにお話を伺いました。
一生をかけて追い求めていく歌舞伎
1歳で初お目見得、5歳で初代中村壱太郎を名のり初舞台を踏んだ壱太郎さんは、祖父が四世坂田藤十郎、父が四代目中村鴈治郎という、いわゆる梨園の家で育ちました。もの心つく前から当たり前のようにあった歌舞伎。その魅力に改めて気づいたのは高校生の時だったそうです。
「私が高校生の時に、祖父が四代目坂田藤十郎を襲名しました。その時、祖父は73歳だったのですが、前名の三代目中村鴈治郎から新たに坂田藤十郎という名前になって、歌舞伎の道をさらに追い求める祖父の姿が印象的でした。70歳を過ぎてからの襲名披露というのは、とても大変なことですが、70歳を超えてもまだ挑戦できることがあるという歌舞伎は、人生を捧げる仕事なのだと深く刻み込まれました。その祖父の姿を見て、自分も一生、歌舞伎俳優を続けていこうと思いました」
ご自身の芸の輪郭を作ってくれたのがお祖父様だったと語る壱太郎さんですが、壱太郎さんがこれまでに影響を受けた作品として名を上げたのは、意外にも歌舞伎ではない作品でした。
「2016年に、野田秀樹さん作の『三代目、りちゃあど』に出演しました。この舞台は、日本とシンガポールとインドネシアによる国際共同制作で、シンガポールのオン・ケンセンの演出によるものでした。この作品のために国境を超えて集まった人たちと半年ほど時間をかけて稽古、本番を行いました。そのようなロングランでのカンパニーで作品を創るということが初めてでしたし、国境を越えた、様々な文化的背景を持つ人たちとの繋がりの中で、自分が携わる歌舞伎や日本舞踊は一体どんなところに魅力があるのか、というのを改めて見直すきっかけになりました」

障壁があるからこそ新たな道が生まれる
この経験がその後の創作活動にも大きな影響を与えたという壱太郎さん。それはコロナ禍での活動にも繋がります。コロナ禍で舞台の上演中止が相次いだ時、壱太郎さんにとっても、歌舞伎の舞台に立てないという危機に直面します。その時に立ち上げたのが『ART歌舞伎』でした。歌舞伎の様式をベースにして、新たなアーティストたちとの融合による新しい歌舞伎の表現を目指した『ART歌舞伎』は、世界がまだコロナ禍で沈んでいた時に、鮮烈な映像作品としていち早く発信されました。
「コロナ禍では、試行錯誤しながら『ART歌舞伎』を創りました。有り難かったことは、一緒に困難を乗り越えようとする仲間たちがいたことですね。あの時だったから出来た作品でしたが、仲間たちと一緒に創りあげた『ART歌舞伎』をコロナが終わった後も、様々な機会に上演してきました。危機的な状況があったからこそ、新たな道を見つけられたということだと思いますので、障壁だと感じたことはあまりないかもしれません」
さらにコロナ禍だった2021年3月からスタートしたのが壱太郎さんを座頭とした京都南座での花形歌舞伎でした。
「コロナ禍ではお客様が入らなくて苦しい時もありましたが、今年の3月に『曽根崎心中物語』を尾上右近くんと一緒に21日間で46回の公演を行いました。普通だったら考えられないことですが、そこまで勝負をかけた結果、映画『国宝』の効果もあって連日、満席でした。お客様にも喜んでいただけて、これまで6年間、同世代たちと一緒に頑張ってやってきたことが一つ実ったような気がして、とても嬉しい気持ちになりました」

歌舞伎俳優と日本舞踊・吾妻流の家元
壱太郎さんのお母様は、日本舞踊・吾妻流宗家の二代目吾妻徳穂さんで、壱太郎さんも24歳の時に吾妻徳陽として七代目家元を襲名しました。近年は、映画『国宝』の所作指導をはじめ、振付の仕事も増え、その時は舞踊家であることを意識して、吾妻徳陽の名を用いることが多くなったそうです。今回のマルコス浄瑠璃『金閣寺』の邦舞振付も舞踊家名でクレジットされています。
「一言に日本舞踊と言っても流儀によって違いますからね。たとえば『藤娘』という踊りがありますが、曲は同じでも流派によって振りが違います。当然、歌舞伎の時は、振付の先生がいらっしゃいますから、私も吾妻の振りとは違う振付で踊ります。洋楽の場合でも、振付が変わるということもありますから、そこにあまり違和感はありません。ただ、歌舞伎俳優として舞台に立つ時は、女方として様々なものを纏って舞台に立っていますが、吾妻流の特徴は、お弟子さんたちがほとんど女性ということもあり、女性にしかできない女の歌舞伎のようなものを目指しているのです。ですから、私も吾妻流の時は、女方ではなく、“女性で踊る”ということをより意識して、踊り分けています」

歌舞伎の女方と、日本舞踊の女性らしい踊りを自然に踊り分けていらっしゃるお話が興味深いですが、振付や所作指導の時に大切にされていることも伺いました。
「映画『国宝』のように、歌舞伎や日本舞踊を経験されたことがない俳優さんたちへの場合は、まずは話をして思いをしっかりと汲み取っていくという時間を大切にしているような気がします。振りは真似てもらいますが、形だけ真似ても、そこに意味を見出せないとよいものはできないですから、そのためにもコミュニケーションは大事ですね」
自身の身体表現の挑戦としてのマルコス浄瑠璃
これまで他ジャンルの人たちと作品を創ることによって、歌舞伎の「当たり前」を問い直してきたと語る壱太郎さんにマルコス浄瑠璃で楽しみにしていることをお聞きしました。
「マルコスさんの作品を拝見すると、私たちの表現の仕方とは異なる奥行きのようなものを感じます。今回、おそらく台詞は喋らないでしょうし、その中で自分の身体表現だけでどこまでできるのか、という挑戦のような思いでいます。まずはマルコスさんが何をしたいのか、という意図を汲み取りながら、振りを生み出すこともそうですし、そこで踊る自分はどう深めていけるのか、ということをしっかりとやっていきたいなと思っています」
今回、出演者に歌舞伎俳優の尾上眞秀さんがいらっしゃいますが、お二人が初共演ということも話題です。
「眞秀くんは後輩なのですが、今回は異ジャンルに飛び込む仲間として、彼がやってよかったと思える作品に一緒にしていきたい、と思っています。また、末永光さん、文楽の吉田玉助さん、外国のダンサーのみなさんとの交わりを楽しみにしながら『金閣寺』に臨みたいですね」

歌舞伎俳優として、日本舞踊家として、そして振付家として、まさに脂が乗っている壱太郎さんにとって、今回のマルコス浄瑠璃は、さらなる可能性を広げる舞台になるという予感がしました。
お祖父様の藤十郎さんが極められた女方の芸の継承や上方歌舞伎の振興というミッションを持ちながらも、いまやるべきことに向き合って、40歳までは全力で駆け抜けます!と明るく仰る壱太郎さん。藤十郎さんの座右の銘は「一生青春」でしたが、壱太郎さんにも青春の瑞々しさを感じました。その青春の1ページにマルコス浄瑠璃がどう刻まれるのか、楽しみです。
取材・文:田中綾乃

〈プロフィール〉
1990年生まれ。歌舞伎俳優・中村鴈治郎の長男。祖父は同じく歌舞伎俳優・人間国宝の四世坂田藤十郎。母は日本舞踊吾妻流宗家の吾妻徳穂。’95年、初代中村壱太郎を名のり初舞台。’14年、日本舞踊の吾妻流七代目家元吾妻徳陽を襲名。2020年、配信公演「ART歌舞伎」を上演。その後、海外での配信も行われ、映画館公開まで至る。映画「国宝」では “吾妻徳陽”の名前で所作指導。2025年11月には「ART歌舞伎」初の劇場公演を主催、公演を映像化しアーカイブ配信を行い話題に。2025年「Forbes JAPAN CULTURE-PRENEURS 30」を受賞。
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〈公演情報〉

Bunkamura Produce 2026
マルコス浄瑠璃『金閣寺』
2026/8/29(土)~9/6(日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
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