真山知幸の大河ドラマ解剖

    真山 知幸

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    伝記作家・偉人研究家

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    2026.7.4(土)

    安土城跡(写真:けいわい/PIXTA)

     2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長にスポットライトが当てられ、そのユニークな視点で話題を呼んでいる。天下人となる秀吉(演:池松壮亮)を、秀長(演:仲野太賀)は右腕としていかに支えたのだろうか。第25回「変事の予兆」では、安土城が完成し、祝宴の場では家臣たちが相撲を取ることに。そこで、信長の理不尽な命令が飛び出し、場は騒然となり……。今回放送の見どころについて、『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』の著者・真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

    織田信長が熱中した相撲とドラマの虚実

     今回の放送では、林秀貞(ひでさだ)、佐久間信盛(のぶもり)、安藤守就(もりなり)といった織田家の重臣たちが、織田信長に唐突に追放される場面が描かれた。

     それも安土城完成の祝宴という場で、近習の森乱(一般に「森蘭丸/もり らんまる」の名で知られる人物)と相撲をとらされた挙げ句、敗れると問答無用で追い払われるという、あっけにとられるような展開となった。

     実際の信長も相撲を見るのを好んだようだ。『信長公記』によると、元亀元(1570)年には常楽寺に近江の国中の力士たちを集めて、相撲観戦を楽しんでいる。

     また、天正6(1578)年2月、安土城に300人もの力士を集めて相撲大会を開催。さらに同年8月には、1500人もの力士を集めて、相撲を観覧したという。相撲大会の規模がだんだんと大きくなっていることからも、信長の相撲への入れ込み具合が伝わってくる。

     とはいえ、今回の放送のように相撲の勝敗で重臣をクビにしたという記述はなく、フィクションである。それ以前に、信長が重臣たちに相撲を取らせたという事実も見つかっていない。

    「相撲に負ければクビ」というのはドラマといえども、さすがに理不尽だが、後半で信長の真意が明かされる。織田家に貢献してきた3人が、なぜ追放されてしまったのか。要潤演じる明智光秀が、次のように説明している。

    「裏切りでございまする。上様の命で探っておりました。佐久間殿は本願寺と、そして林殿と安藤殿は、武田と通じている疑いがございました」

     相撲での敗北は追放の理由づけに過ぎず、実際は裏切り者たちを処罰したというのである。

     重臣たちの追放自体は、天正8(1580)年に実際に行われていた。3人の重臣たちはそれぞれどんな人物で、その去り際は史料でどう描かれているのか、解説していこう。

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