その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はイシイジロウさんの『
    オタクベースの物語づくり入門 永久不滅のIPの法則
    』です。

    【はじめに】

     「日本のIPの構造を教えてほしい」

     2023年の夏、私は中国のテンセントから、思わぬオファーを受けた。

     テンセントは、中国を代表するテクノロジー企業であり、特にゲーム分野では世界最大級の規模を有している。その社員たちに向けて、日本のエンタメIPに関する講義をしてほしいと依頼されたのである。

     中国は巨大なエンタメ市場を抱えており、世界中のエンタメ企業が参入を目指す最重要マーケットだ。講義の依頼を受けたとき、私は驚きとともに強い責任感を覚えた。そして2023年から2025年まで、深圳にあるテンセント本社で講義してきたのだが、毎回、受講者たちの「日本のIPについて学ぼう」とする熱量に圧倒された。

     講義は『ガンダム』や『ゴジラ』などを事例として取り上げ、その他にも多数の日本のコンテンツを例に挙げながら話を進めたが、受講した社員たちは十分に予備知識を持っていて、個々の作品の概要説明などは不要で、日本のエンタメ企業向けの講義と同じように話を進めることができた(もちろん通訳を介している)。

     では、テンセントでの講義のテーマとなった「IP」とは何か。

    時代は「作品」から「IP」へ

     近年、エンタメ業界の現場やマーケティング、経営戦略の分野で、「IP」という言葉が使われる機会が急増している。

     「IP」とは、Intellectual Property(知的財産)の略であり、著作権や商標権などを指す。小説、映画、ゲーム、キャラクターといった創作物が、作者や企業の資産として保護される枠組みでもある。ただし、エンタメの現場で「IP」と呼ぶとき、それは単なる法律上の権利を超えた意味を持っている。端的に言えば、「長期的・多面的にビジネスとして展開できるコンテンツ」、それが今のエンタメにおける「IP」だ。

     たとえば『ポケットモンスター』は単なるゲームシリーズではなく、アニメ、グッズ、カード、『ポケモンGO』や『ポケモンスリープ』といった派生アプリなどに展開され、継続的に収益を生み出している。今や日本を代表する文化コンテンツとして、世代を超えて愛され続けている。このような存在こそが、まさにIPである。

     これに対して、『タイタニック』『千と千尋の神隠し』『君の名は。』などは公開当時、爆発的なヒットを記録し、何年たってもまた見たくなる普遍的な魅力がある名作だ。しかしこれらの作品は、続編もスピンオフも出ていない。こうした「作品」は、「終わる」ことで芸術的な価値を高めていると言えるかもしれない。

     IPは、「持続する」こと、「終わらない」ことを目指す。IPは、「作品」の限界を超えて広がり、世代をまたいで親しまれ、ブランドとして定着していく。それはやがて企業にとっての「資産」となる。

     IPは単年度のヒットで終わるのではなく、10年、20年というスパンで収益を生み出し続ける可能性を秘めている。だからこそ、作品を生み出す側には「どう作るか」だけでなく、「どう育てるか」「どう残すか」という視点が不可欠であり、戦略性が求められる。

     これからのエンタメビジネスでは、「面白いものを作る」だけでなく、「これはIPになりうるか?」という視点を持つ姿勢が求められていると言えるだろう。

    あなたがクライアントならどの作品とタイアップするべきか?

     「IP思考」が求められるのは、作り手だけではない。たとえば、あなたが企業のマーケティング担当者だったとしよう。新商品のプロモーションやキャンペーンに合わせて、アニメやゲーム、映画などの人気作品とコラボする案が上がってくる。そのような場面は、今では珍しいものではない。

     現代のマーケティングにおいて、IPとのタイアップは、一般的な選択肢の一つになっている。エンタメは人を動かすツールであり、マーケティング戦略上の基本要素だ。そして企業がコンテンツとのコラボレーションを検討する際には、「その作品は一時的なブームか、それとも長期的な展開が期待できるIPなのか」を見極める目が問われる。

     ここで重要なのは、「なぜ、その作品を選ぶのか?」という問いだ。「流行っているから」「SNSで話題だから」「個人的に好きだから」……。そのような感覚的な理由で選んでしまうと、せっかくのタイアップも、本来狙っていた効果を得られないまま終わってしまうリスクがある。

     本書はIPを作るための指南書だが、「IPの選び方」の軸となる視点を養う上でも役に立つだろう。商品やブランドを育てていく戦略を描く中で、「どのIPと、どのタイミングで、どんな形で組むべきか」を見極める目を持つこと。それこそが、IP時代を生きるビジネスパーソンに求められる、新しい判断力である。

    IPの持続的成功を支える三つの要素

     なぜ『ガンダム』は半世紀近くもシリーズを継続できているのか? なぜ『ポケットモンスター』は、ゲームだけでなく、アニメ、映画、グッズ、アプリのすべてで成功しているのか? これらは偶然ヒットし、たまたま長く続いているというわけではない。成功が持続するシリーズには、一定のパターンや条件が存在している。

     一方、持続しているIPの陰では、大ヒットを記録したものの、ファンの熱が持続せず、短期間で姿を消してしまった作品も少なくない。こうした成功と失敗の分かれ目には、どんな違いがあるのだろうか。

     持続的なIPの誕生には、いくつかのパターンがあることはよく知られている。日本では、マンガの連載からスタートして、アニメ化されて人気が広がり、グッズやゲームなどに展開されるというパターンが多いが、ゲームからスタートしてアニメ化されグッズに広がった『ポケットモンスター』のようなパターンもあるし、アニメからスタートした『ガンダム』や映画からスタートした『ゴジラ』のようなパターンもある。

     だがIPの成功にとって重要なのは、そうしたパターンではない。持続するIPには、メディアの違いやパターンを超えて、コンテンツとしての魅力を支える要素が存在している。

     それは「ストーリー」「キャラクター」「世界観」である。

     この三つの要素とIPの持続性を結びつけて、「ストーリーIP」「キャラクターIP」「世界観IP」という捉え方をすると、過去の名作や大ヒット作などに対する見方が変わってくるはずである。

     本書では、持続的に成功するIPの構造と成長の仕組みを、「ストーリーIP」「キャラクターIP」「世界観IP」という三つの視点から解き明かしていく。主として日本のコンテンツ、特に私が見てきたオタクコンテンツを中心に論を進めるが、IPを論じる上で絶対に外せない外国作品、たとえば『スター・ウォーズ』やマーベル作品などについても触れていく。

    なぜ、心を打ったあのヒット作が続かないのか?

     私の本業はゲームクリエイターで、「イシイジロウ」という名前で活動している。ゲームだけでなく、アニメ、映画、舞台、ボードゲームなど、複数のメディアにまたがる作品づくりにも長年携わってきた。物語やキャラクターが、異なるメディアで再解釈され、どのように展開されるかに関心を持ち続けている。私が総監督をした『428 ~封鎖された渋谷で~』は、ゲーム雑誌「ファミ通」のクロスレビューで異例の「40点満点」という評価をいただいたが、この作品は、リアルタイムに進行する群像劇を実写とインタラクティブなテキストで表現したゲームであり、ストーリーテリングとメディア表現の可能性を模索した挑戦だった。

     物語を生み出す側として常に意識していたのは「どうすれば心に残る作品が作れるのか?」という問いだった。ただ、あるときからその問いだけでは足りないと感じ始めた。なぜなら、心に残る作品の中にも、あっという間に消えてしまうものと、何十年も語り継がれ、経済的にも文化的にも継続的な力を持ち続けるものとがあるからだ。その差はどこにあるのか?

     この疑問に最初に直面したのは、自分の原体験に遡る。オタクロードをまっしぐらに進んできた私が、子どものころに心を打たれた作品の一つに『宇宙戦艦ヤマト』シリーズがある。中でも11歳のときに観た劇場版『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』は、文字通り「人生を変えた作品」だった。緻密な世界観設計、死や戦争といった重厚なテーマ、そして明確な目的意識を持って行動するキャラクターたちの姿に、幼い私は圧倒され、感情を強く揺さぶられた。あのときの衝撃が、私を「物語を作る側」へと導いたと言っても過言ではない。

     しかし、その後『宇宙戦艦ヤマト』シリーズは何度も復活を試みながらも、あの劇場版シリーズほどの社会現象を再び巻き起こすことはできなかった。『YAMATO2520』は未完のまま製作中止となり、『復活篇』も未完結で終了。あれほど心を揺さぶられたシリーズですら持続的な成功を収められなかったことは、ファンとしてとても悔しかった。

     「一度ヒットした作品」が、必ずしも「長期的なIP」として定着するとは限らないことは、私にとって大きな気づきだった。私の中には「作品とIPの違いを捉え直したい」という強い動機が生まれた。

     こうして「ヒットした作品」と「残り続けるIP」との違いを構造的に捉え直そうと試みたのが、『IPのつくりかたとひろげかた』(星海社新書、2020年)である。そしてIPの出発点となる「ストーリー」をより掘り下げたのが『ストーリーのつくりかたとひろげかた』(同、2021年)だ。いずれも、エンタメを成長と設計という観点から分析した本で、その反響として、ありがたいことに大手企業からの監修依頼や講演依頼が増えていった。冒頭に記したテンセントからの招待も、その一つである。そしてテンセントなどでの講義を通じて、私自身の中でも「IPとは何か?」という問いへの理解がさらに深まった。「IPが持続するのは、偶然ではなく、戦略と構造と時間の積み重ねの結果なのだ」と。

     こうした実践の成果を踏まえ、本書では以前の著作で述べた理論をさらに精緻にして、「ビジネスパーソンが使えるIPメソッド」をより実践的に体系化した。また分析例として取り上げる作品もアップデートした。

    オタクを制する者が時代を制する

     私が育った昭和の時代、大人になってもアニメを見てゲームに熱中していると、「普通の大人」からはバカにされた。そうした「限られた趣味人」は「オタク」と呼ばれるようになり、それはアニメやゲームが好きな人たちを指す言葉となった。

     しかし今では、極論すれば日本人の大部分はオタクである。オタクはもはや堂々たるメインストリームとなり、それゆえオタクという言葉も、かつてほど特別な響きを持たなくなった。

     その変化は誰の目にも明らかであり、オタク文化が生み出す経済規模も、もはや無視できるものではない。そのオタクカルチャーが映画、ゲーム、YouTube、音楽シーンにまで広がり、経済を動かし、文化を形づくり、時代の先頭を走っている。Netflixなどのグローバルなプラットフォームは積極的にアニメの製作に出資し、配信戦略の中心に据えている1。「オタクを制する者が、時代を制する」と言ってもいいだろう。

     オタクコンテンツを、感性だけで語る時代は終わった。今こそ「オタク的な視点」をロジックに変換し、IPを設計するビジネスの言語として理解する必要がある。

    1 Netflix/Anime for Every Fan 世界につながる物語の新時代へ https://about.netflix.com/ja/news/anime-for-every-fan-fueling-new-era-global-fandom

    本書の構成

     本書の構成は以下の通りだ。

     第1章の「永久不滅のIPの条件」では、長寿IPと短命コンテンツの違いを明らかにし、「作品の面白さ」と「IPとしての持続性」は別であるという視点を提示する。

     第2章「ストーリーIP」では、IPの出発点としてのストーリーの重要性、IPを持続させるためのポイントを解説した上で、ストーリーIPの限界も指摘する。感動的なストーリーは一度きりの強さを持つが、続編や拡張には向いていないことが多い。

     第3章「キャラクターIP」では、キャラクターを中心にしたIPの構造に迫る。ストーリーを超えてキャラクターが支持されるとき、IPは新たな段階に進む大いなる第一歩となる。キャラクターの魅力は愛着や親しみを生み、シリーズを持続させる力となる。だが、そこにも限界が存在し、実写化やゲーム化が難しいという弱点もある。

     第4章「世界観IP」では、キャラクターが交代しても、物語が変わっても、舞台となる世界そのものに魅力があれば、IPは継続していけることを説明する。世界観IPは長期的な展開が可能で、多様なメディアへの展開や商品化などにも柔軟性がある。

     第5章「ガンダムの軌跡」では、世界観IPの例として『ガンダム』シリーズを取り上げる。富野由悠季の作家性、構造としての初期設計、ストーリーとキャラクターと世界観の三要素の絡み合いなどを分析する。『ガンダム』の歴史をIPという視点から追っていく。

     第6章「ジャンプvsマーベル IPモデルの日米比較」では、世界的な大ヒット作を生み出し続ける日本と米国のIP創出メカニズムを比較・分析し、それぞれの強みや、その背景にある著作権構造の違いを見ていく。

     第7章「100年続くIPになるために」では、未来に向かうための私なりの視点を説きたい。

     巻末の解説「ストーリー作りの基本」では、ストーリーの作り方を簡潔に解説する。ハリウッドの映画製作で磨かれたストーリーテクニックを中心に、そのゲームへの適用なども含めて説明している。

     本書は、「感覚」や「好き」だけでは語りきれないIPという存在を、構造として理解するための座標軸を提示する。それがこの本に込めた私の役割だ。IPとは、偶然の産物ではない。戦略を通した成長の結果なのだ。作る人にも、届ける人にも、判断する人にも、本書が強力な「武器」として役立つことを願っている。

    【目次】

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     新刊『オタクベースの物語づくり入門 永久不滅のIPの法則』の刊行を記念して、著者のイシイジロウ氏が独自のIP分析論を語るイベントが、2026年8月4日(火)19時から、青山ブックセンター本店(東京都渋谷区)で開催されます。入場料は1650円(税込み)、先着100名のお申し込み順(現在受付中)で、本書を持参もしくは購入いただいた方はサイン会にご参加いただけます。

    詳細はこちら>>日経BOOKプラス「イベント」特設ページ

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