北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数270万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!

    ロッテルダム国際映画祭で再発見された「Vシネマ」 DFFが示す映画祭の新たな役割画像1

    6月18日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで「PEACE FOR ALL×難民映画基金(Displacement Film Fund/DFF)ショートフィルム特別上映会」が開催されました。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、東宝の協力のもと、ユニクロのチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL」とDFFのコラボレーションTシャツ発売を記念して実現したイベントです。

    会場では、第1期支援作品であるマリナ・エル・ゴルバチ監督「Rotation」、ハサン・カッタン監督「Allies in Exile」の上映に加え、ロッテルダム国際映画祭(IFFR)マネージング・ディレクターのクレア・スチュワート氏、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターの市山尚三氏らによるトークイベントも行われました。

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    一見すると、映画と社会課題を結びつける上映会のように映るかもしれません。しかし、このイベントの背景には、現在の国際映画祭が目指している新しい役割が凝縮されています。

    映画祭はいま、映画を上映する場所から、映画を「支える」場所へと変わり始めています。

    作品を紹介するだけではなく、映画作家を支援し、まだ語られていない物語を世界へ届け、新しい映画文化そのものを育てる。その象徴とも言える存在が、IFFRが運営パートナーを務めるDisplacement Film Fund(DFF)です。私は今年からIFFRの日本映画プログラミング・スカウトとして映画祭に参加していますが、現地で最も強く感じたのも、まさにこの「映画祭の役割」の変化でした。

    ●「難民映画」ではなく、「映画作家」を支える基金

    DFFは2025年、第54回ロッテルダム国際映画祭で、UNHCR親善大使であるケイト・ブランシェットによって発表されました。避難を余儀なくされた映画制作者、あるいは避難民としての経験を描いてきた映画作家を対象に、短編映画の製作資金を助成する新しい制度です。運営はIFFRのHubert Bals Fundが担い、UNHCR、ユニクロをはじめとする企業や慈善団体が創設パートナーとして参加しています。

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    興味深いのは、この基金が「難民問題をテーマにした映画」を支援する制度ではないことです。支援するのは、映画作家そのものです。

    世界では2025年時点で1億2000万人を超える人々が故郷を追われています。しかし、その現実はしばしば「数字」として語られ、一人ひとりの人生や感情は見えにくくなります。映画には、その数字を「ひとつの物語」へと変える力があります。政治やニュースでは伝えきれない痛みや希望を、一人の人間の視点から描き出すことができるのです。

    ●映画祭の理念を「街」へ持ち出したユニクロ

    今回の上映会がユニクロとのコラボレーションをきっかけに開催されたことにも、大きな意味があります。映画祭は、多くの場合、映画館や会場の中で完結します。しかしユニクロは、映画祭が持つ理念を日常へと広げようとしています。

    今年のIFFR期間中、ロッテルダム市内のユニクロでは、IFFRとの限定UTme!コレクションが販売されました。タイガーをモチーフにした映画祭らしいデザインだけでなく、DFFとの連携も紹介され、映画祭の理念を街の中へ広げる試みとなっていました。映画祭のロゴが入ったTシャツというより、「映画には社会を動かす力がある」というメッセージを、一枚の服に託したような印象を受けました。

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    映画館を出たあとも、その理念が街へ、人へ、そして日常へと広がっていく。その光景を目の当たりにして、私は映画祭が目指す未来を少し理解できたような気がしました。

    その未来を最も強く感じたのが、私自身が参加した今年のロッテルダム国際映画祭です。

    映画祭全体を包む自由な空気、世界中から集まる若い観客たち、そして「Focus: V-Cinema」で巻き起こった日本映画への熱狂――。そこには、日本映画がこれから世界でどのように受け止められていくのか、そのヒントが数多く隠されていました。

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    ●自由な映画祭だからこそ見えてくるもの

    現地で改めて実感したのは、IFFRが世界でも稀有な「自由な映画祭」であり続けていることでした。

    今年のIFFRでは、92の国・地域から441作品が上映され、そのうち217作品がワールドプレミアでした。来場者数は28万人を超え、20~30代の観客は前年比20%増加。街を歩けば映画祭のバッグを肩に掛けた若い観客とすれ違い、上映後にはカフェやバーで夜遅くまで映画談義が続いています。映画祭そのものが街の日常に溶け込み、映画をきっかけに人と人が自然につながっていく光景が、とても印象的でした。

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    今年のタイガー・アワードは南アフリカ、オランダ、カタール合作の「Variations on a Theme」、ビッグスクリーン・アワードはバングラデシュ映画「Master」が受賞しました。いずれも映画産業の中心地とは異なる地域から生まれた作品ですが、IFFRはそうした新しい才能を積極的に紹介し続けています。世界各地の多様な映画文化が交差し、新たな才能がここから羽ばたいていく。その姿勢こそが、半世紀以上にわたりIFFRが世界中の映画人から支持されてきた理由なのでしょう。

    ●世界が熱狂した「Focus: V-Cinema」

    そんな今年のIFFRで、日本映画に関する最大の話題となったのが、「Focus: V-Cinema」でした。

    1980年代後半、日本で誕生したVシネマは、劇場公開ではなくレンタルビデオ市場を前提とした作品群です。低予算、短い製作期間という制約の中で、多くの監督たちが自由な表現に挑み、日本映画の新たな可能性を切り開いてきました。しかし、その価値は、日本国内ではもちろん、海外でも映画史の文脈の中で十分に語られてきたとは言えません。

    今回の特集を語るうえで欠かせない存在が、プログラム・キュレーターを務めたトム・メス氏です。長年、日本映画を海外へ紹介してきたメス氏は、IFFRスタッフとともに約3年をかけて上映素材の発掘や権利調整を重ね、「Focus: V-Cinema」を形にしました。日本でもスクリーンで鑑賞する機会が少なくなった作品群を、国際映画祭という舞台で再び上映へと導いたこの企画は、まさにメス氏の長年の知見と情熱が結実したプログラムだったと言えるでしょう。

    トム・メストム・メス

    上映作品には、「クライムハンター 怒りの銃弾」「極道戦国志 不動」「勝手にしやがれ!! 英雄計画」「邪願霊」「亡霊学級」をはじめ、日本映画史を語るうえで欠かせない18作品が並びました。

    中でも象徴的だったのは、「クライムハンター 怒りの銃弾」です。1989年にビデオ作品として発売され、日本映画史に大きな影響を与えながらも、これまで一度も映画館で上映されることのなかった本作が、約40年近い時を経て、世界中の映画ファンが集まるロッテルダムで初めてスクリーン上映されました。

    メス氏は本企画の解説で、「クライムハンター 怒りの銃弾」を「日本映画史上、最も影響力のある作品の一つでありながら、映画賞とは無縁で、海外ではほとんど知られず、映画史にも語られてこなかった作品」と紹介しています。その一言は、今回の特集が単なる懐古企画ではなく、日本映画史そのものを新たな視点から捉え直す試みであることを端的に示していました。

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    満席となった会場では、海外の観客がスクリーンに引き込まれ、笑い、驚き、息をのみながら作品を見つめていました。その光景を目の当たりにし、「映画史」とは決して固定されたものではなく、新たな視点によって何度でも書き換えられていくものなのだと改めて実感しました。

    ●Vシネマが育てた、日本映画の才能

    また、大川俊道監督と鶴田法男監督を迎えたトークイベントも大きな盛り上がりを見せました。鶴田監督は、「Vシネマという歴史がなければ、三池崇史、中田秀夫、清水崇、黒沢清の才能も開花していなかったでしょう」と語ります。その言葉は、Vシネマが単なるビデオ市場の一ジャンルではなく、日本映画の創造性を支えた重要な土壌だったことを改めて示していました。

    実際、Vシネマは興行成績を最優先する劇場映画とは異なり、レンタル市場という独自の流通システムに支えられていました。そのため監督たちは、より大胆な演出やジャンル映画としての実験、新しい映像表現へ積極的に挑戦することができました。三池崇史監督の圧倒的なエネルギー、黒沢清監督の静かな恐怖、中田秀夫監督や鶴田法男監督が切り拓いたJホラーの世界観。その多くは、この自由な創作環境から生まれたと言っても過言ではありません。

    大川俊道監督大川俊道監督鶴田法男監督鶴田法男監督

    ロッテルダムの観客が熱狂していたのは、決して「昔の日本映画」だったからではありません。そこに宿る創造性やエネルギー、そして現在の世界映画にも通じる革新性に魅了されていたのです。

    映画祭は、新作を紹介するだけの場ではありません。忘れられていた作品に新たな文脈を与え、もう一度世界へ送り出す場所でもあります。「Focus: V-Cinema」は、その役割を象徴するプログラムだったと言えるでしょう。

    ●日本映画は、新たなフェーズへ

    ここ数年、日本映画は世界の映画祭で確かな存在感を示しています。

    今年のカンヌ国際映画祭では、3本の日本映画がコンペディション部門に入選、国際的な評価を受け続けています。一方で、今年のロッテルダムでは、新作ではなくVシネマという「過去」が大きな注目を集めました。

    この二つの出来事は、決して別々の現象ではありません。日本映画はいま、「新しい才能を生み出す国」としてだけでなく、「豊かな映画史を持つ国」としても再評価され始めているのです。

    これまで世界で語られる日本映画史は、小津安二郎、黒澤明、溝口健二といった巨匠たちが中心でした。しかし近年は、インディペンデント映画、ジャンル映画、Vシネマといった、これまで十分に光が当たらなかった作品群にも注目が集まっています。これは、日本映画そのものが新しいステージへ入ったことを意味しているのではないでしょうか。

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    ロッテルダムは、常に「次の映画」を探す映画祭として知られています。しかし今年私が感じたのは、それと同時に「忘れられた映画史」を未来へつなぐ映画祭でもあるということでした。DFFは、世界の映画作家たちの未来を支えています。そして「Focus: V-Cinema」は、日本映画の過去を未来へとつないでいました。

    未来を育てることと、過去を掘り起こすこと。一見異なる二つの取り組みは、映画文化を次の世代へ受け継ぐという一点でつながっています。来年以降、ロッテルダム映画祭が日本映画をどのような視点で紹介していくのか。スカウトとして現場に立つ私自身も、大きな期待を抱いています。

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