岐阜県明智町にある明智光秀公像。
『豊臣兄弟!』で描かれる「本能寺の変」は、大河ドラマで19回目に突入しようとしています。長い戦国時代に終止符を打つべく天下統一を間近にした織田信長を、側近中の側近が裏切り誅殺するという歴史的大事件は、大河ドラマの中でも特に人気の高い題材です。
1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』は、大河ドラマで初めて織田信長が主人公になった作品です。信長に緒形直人(当時25歳)。父親の緒形拳さんが1965年『太閤記』で主役の秀吉を演じています。歌舞伎俳優以外で「親子とも主演」というのは緒形父子が初めてとなりました。秀吉役は仲村トオルさん、明智光秀はマイケル富岡さんが抜擢されました。濃姫は菊池桃子さんがキャスティングされましたが、堺に住みたいといい出し、ほとんど堺に滞在している設定でした。
「本能寺の変」を描いた大河ドラマは本作で8作目になりますが、明智光秀が信長を討つ動機といえば、「諏訪法華寺での信長からの打擲」「安土城での家康接待での失態」、いわゆる「遺恨、怨恨」説が多く採用されてきました。ところが、本作では、まったく別の視座で描かれました。
信長に擬した「石」をご神体に
天正7年(1579)10月24日、丹波、丹後平定した明智光秀は、安土城の信長のもとに報告しにいきます。『信長公記』に「惟任日向守、丹後・丹波両国一篇に申付け、安土に参り御礼。其時志々良百端進上候キ」と記述されたエピソードです。光秀は、高級反物「志々良織」を進物として持参したようです。
報告をひとしきり聞いた信長は、
「いまや、そちと秀吉は競いあいじゃのう。秀吉は播磨をそちより先に制したいと思うて死にもの狂いじゃ」
と、織田家中における出世争いについて言及します。
信長の面前には三方にのせた球形の石が乗せられていました。この石を摠見寺のご神体にしようというのです。「尾張の一奉行から天下をとった自分には強い運気があり、それは自分でもわかる。それで自分を祀る」「余を祀る寺にきて手合わせれば、必ず大いなるご利益授かるというものじゃ」「5月12日の余の誕生日は一年一回の摠見寺大祭といたし、余の領国の者みな参詣することを命じるものじゃ」などと語ります。
信長が自らの誕生日に参拝せよというエピソードの原形は、ルイス・フロイスの著した『日本史』に記述されているものです。『信長 KING OF ZIPANGU』では、古くからの重臣林通勝(演・宇津井健)が「自らを神とするは恐れを知らぬ所業」と諫言します。
激怒した信長は、「首はねられたいか」といいながら、右フックを林通勝に見舞います。その流れの中で、信長は脇差で左大胸筋、ついで右大胸筋に突き刺します。無表情で行なわれた自傷行為に驚いた林通勝はそれ以上なにもいえなくなったのです。
大河史上初めて「三職推任」問題が登場
物語は、都の公家が信長のもとを訪ね、お上=正親町(おおぎまち)天皇が天下静謐のため、太政大臣か関白か、それとも征夷大将軍のいずれかになってほしいと要請します。いわゆる「三職推任」の問題で、この話題が大河ドラマに登場するのは初めてとなりました。
このときの「公家言葉」=「お望みであらしゃいます」「織田幕府開かれてよいときにあらしゃいましょう」「足利殿の位、お解き申し上げることになりましゃりましょう」が印象に残る場面になりました。
血が降る悪夢
天正10年(1582)、甲斐討伐を終えた家臣らをねぎらった信長ですが、疲労困憊の光秀には褒賞はなく、「骨休めせよ」と休暇を与えます。坂本城に戻った光秀は、自室にこもると、大文字になって寝ころびます。
しばらくして目を開けると、じっと見つめていた天井に、赤いシミができてきます。シミは次第に広がり、赤い雫がぽたりと光秀の顔に落ちてきます。一瞬驚いた表情を見せるものの、そのまま赤いシミが広がるのを眺めている光秀。雫はやがて、ぽたぽたと光秀の顔に落ちてくるようになり、さらには体全体にも落ちてきます。その頃には、土砂降りの雨のようにバタバタと音を立てて、落ちてきます。両手をかざして、しぶきを避けようとする光秀。いつしか、身体中が真っ赤な血のように染まっていきます。と、はたと光秀が目を覚ますと、それは夢でした。顔にはびっしり汗を浮かべています。
そこへ、家臣が安土から使者が来ている旨、告げにきます。光秀は「すぐに参る」と言いながら、すぐには動けずにいます。それでも、行かねばなりません。ゆっくりと起き上がると、「疲れるは、気の緩みじゃ」とつぶやくのです。
この時点で、すでに光秀が限界にきていることがわかります。
斎藤利三と明智光秀
いよいよ本能寺の変が差し迫った場面です。場所は亀岡城。
光秀が疲れた様子で座ったまま目を閉じているところへ斎藤利三(演・渕野俊太)が入って来て、信長の今後のスケジュールを伝えます。斎藤利三は、疲れきっている光秀に対して休むように促しますが、光秀はこの忙しい時に休んでなどおられぬと拒みます。そのうえで斎藤利三は、「それにいたしましても、上様はなんと理不尽なことでござりましょう。殿のご心痛をお察しするに、余りあるものにござりまする。何年来の休み返上して、徳川様の馳走役、お引き受けられたにも関わらず、いきなりそれを中断され、羽柴殿応援のため、今度は備中に出陣せよと。それよりも何よりも、此度、この丹波と滋賀、急に取り上げ、出雲、石見の二国任せると仰せにござりますが、出雲、石見は未だ敵の国にござる。戦いて奪えと仰せのようにござりますが、負けたらいかにいたすのでございましょう。上様は殿に死ねと仰せにございますか」と言いつのります。黙って聞いていた光秀が「静まれ! そのような話聞きとうない!」「もうたくさんじゃ! しばらく休む」と怒鳴ります。
疲れ果てた光秀が正常な思考ではない様子で、光秀は部屋にこもっているが寝ていない、時折独り言をいっている場面が描かれます。
長台詞の決意表明
疲労困憊、正常な思考が失われているように描かれる光秀ですが、ついに決断します。
「今宵、出陣いたす。軍勢都に向け、上様を討つ」と重臣らに発しますが、皆唖然とします。
1983年の『徳川家康』では、重臣らがこぞって、主君光秀に対して決起を促していましたが、本作では、突然の光秀の決意表明に驚き、自重するように促す重臣らの姿が描かれました。
重臣を代表して斎藤利三が、「あまりに突然のことにござりますれば、今一度考え直してくださいませ。確かに、上様の殿に対するご処置、腹に据えかねるものござりまする。されど、これより都へ参り、上様を討つことなどできましょうや。できませぬ! 都に入る前にその動き怪しまれ、大軍をもって潰されまする」と光秀を諭します。
別の重臣も光秀の決意表明に異議を申し立てますが、光秀の決意はゆらぎません。光秀のやや長めの決意表明がなされます。本作は大河ドラマで初めて、信長が単独主人公となった作品で、「八上城での光秀母の見殺し説」「安土城での家康接待における腐った魚問題」など、フィクションとされるエピソードを廃していることに注目です。
以下、長々と光秀が信長を討つ理由を語ります。
よく聞くのじゃ。わしは私利私欲、恨みごとあって上様を葬るのではない。世のため、人のために上様滅ぼすのじゃ。わしは何日も何日も眠ることなく考えた。そして、上様はこの世にあってはならぬお方と結論したのじゃ。あの方は日本国中焼き払われ、意に反する者ことごとく殺し、この日本を血の海にされるに違いない。その上でご自分ひとりが天下に立とうとされておるのじゃ。あの方に神仏敬う気持ちあろうか。ない! 二条城を築かれた時も、洛中の地蔵を破壊し、石像に至るまで礎石にして使われてしまったではないか。朝廷をお守りする比叡山も焼き払われたぞ。僧たちも皆殺しにしたぞ。甲斐でも、快川和尚をはじめ、多くの僧を焼き殺したぞ。それでも知らぬ顔をしておるのか! あの方は将軍家を追い払われ、足利家の美しき流れ、踏みつぶされたぞ。そればかりではない。あの方は朝廷をないがしろにしておる!
つい先ごろ、朝廷より征夷大将軍受けるようお話あって、織田幕府開くよう勧められたのじゃ。その朝廷の御意向、無視したのじゃ。あの者何を考えておるのかわからぬか! やがては朝廷の上に立ち、我らに手合わせて拝めと申すに違いない! そのような者、野放しておくことできようか! あの者ひとりのために日本国中苦しむのじゃ! それでも今一度考え直せと申すか! 日本国中駆け回り、これ以上人殺して歩いてどうするのじゃ! 日本国中平定したいのは、あの者ひとりの望みであろう。そのために、我らはあと何十年人殺し続けるのじゃ! もうたくさんじゃ! あの者ひとり、この世から葬ればよいのじゃ。さすれば、天下に静謐蘇る! 今日、明日が逃すことできぬ好機じゃ。あの者は今、本能寺で茶会開き、今夜は安眠むさぼるであろう。しかし、己の力過信して軍勢率いておらぬ。しかも、今都の周りにおるのは我が軍勢だけじゃ。恐れることはない。明朝本能寺襲いて、あの者葬るは、赤子の手ひねるがごとく簡単じゃ! 聞いておるのか! あの者葬れば、天下もまた我らのものじゃ。我らは朝敵倒した正義の軍勢となるのじゃ!
明智光秀を演じたマイケル富岡さん一世一代の長台詞です。光秀の胸中に思いを馳せるとき、目頭が熱くなり、自然と涙こぼれる名場面となりました。
加納随天とともに本能寺で果てた信長
そして、ついに本能寺の変が勃発します。
寝間着姿のまま厠へ行って、手を洗って、顔もぬぐっていた信長。馬のいななきが聞こえるようですが、信長はあまり気に留めません。ところが、手を拭いていた信長の右腕に、いきなり矢が刺さります。一瞬驚くも、すぐに冷静な表情に戻る信長。蘭丸(演・石野太呂字/現・竜小太郎)が敵に応戦しながらやってきて、「上様、お部屋へ!」と叫びます。
信長が何者か尋ねますが、蘭丸は信長にとりあえず部屋に入るよう促しつつ、他の者たちに「出あえ、出あえ!」と叫び異変を報せます。冷静な信長は蘭丸に向かって「まず矢を抜け」と命じます。
集まってきた者たちに信長は「表を見て参れ!」と指示し、自身は片肌を脱いで、小姓に傷口を縛れと命じます。坊丸(演・芦田昌太郎)が廊下を走ってきて、「上様、謀反にございまする! 明智光秀が謀反にござ……」といっている最中に、鉄砲で撃たれてしまいます。倒れた坊丸を信長と蘭丸のふたりで引きずって部屋に入れます。まだ息のある坊丸が「明智が、明智が……」というと、信長「ようわかった」と冷静に応えます。坊丸「兄上……」というと、蘭丸は怒りで部屋を飛び出し、落ちていた刀を拾って、鉄砲を撃ってくる敵を次々と斬り殺していきます。
「明智光秀か……。ありそうなことじゃ」そう言って、信長は弓矢を取りに行きます。
お気づきでしょうか? 『信長 KING OF ZIPANGU』は、本能寺の変が描かれる8作目の大河ドラマになりますが、これまでの大半の作品で採択されていた「是非に及ばず」「是非もなし」の台詞がないのです。信長が発したのは「明智光秀か……。ありそうなことじゃ」です。
黒人家臣「ソテロ」と加納随天
すると隨天(演・平幹二朗)とソテロ(演・リード・ジャクソン)が入ってきます。
信長「おお、隨天。明智光秀が謀反じゃ」というと、隨天が、自分がいながらこのようなことになって申し訳ないといいます。信長はソテロに妙覚寺に走り嫡男信忠(演・東根作寿英)に知らせよと伝えます。隨天には、その方はここを動くでないぞ、と言いつけます。ここで登場しているソテロは、一般的には「弥助」という名で知られる信長の黒人家臣になります。イエズス会の巡察師ヴァリニャーノ(演・ブライアン・バークガフニ)がアフリカ出身(モザンビークといわれる)の「弥助」をインドから日本に連れてきたといわれています。そのソテロは、鎧兜を着た敵兵を次々と素手でパンチして倒し、城の外へ出て走ります。
庭で激しい争いが繰り広げられます。信長は欄干に脚をかけて弓矢で敵を射ります。信長は長槍に持ち変え応戦しますが、太ももを鉄炮で討たれてしまいます。心配する小姓に対して信長は「余にかまうな、ひとりでも多く倒せ」という。どこまでも冷静です。しかし、明智軍の鉄砲隊が信長を狙い、信長は肩を討たれます。上様を守れといって小姓らが人で盾を作ります。
討たれた信長は、蘭丸と部屋に入っていきます。
信長「ようやった、これまでじゃな」
蘭丸「はい」
信長「火をかける。明智などに余の姿見せてはならぬ。急げ」
明智光秀に亡骸を絶対に見せてはならぬという「厳命」です。思えば、信長は、「朝倉義景、浅井久政、長政親子」のしゃれこうべを薄濃(はくだみ、漆塗りに金箔を施したもの)にして宴席に供したことが『信長公記』に記述されています。武田勝頼の首実検のエピソードもよく知られた話ですし、八上城の波多野三兄弟の首をさらし、荒木村重の妻女など係累を六条河原で斬首・さらし刑に処すなどしてきた信長にとって、自分の首がさらされることだけはなんとしても阻止したいことだったと思います。
奥の間で隨天とふたりきりになった信長。隨天が信長を守ろうと、自ら盾になります。すぐに鉄炮で何発か打たれますが、隨天は立ったまま。さらに鉄炮で撃たれ、弓も放たれますが、まだ歩いて敵兵に迫っていきます。怖気づく明智軍。
隨天「来れば死ぬぞ」といって、来た方に戻っていく。その背中に鉄炮、矢。しかし杖の音を鳴らしながら去っていくのです。呆然とする明智軍、動けず。
一方信長は、「余が最期にできる新しきことは、死ぬことかもしれぬ」とひとり呟きます。
少し前に、安土城も、関所も、新しいと思ってやったことも次の瞬間もう古くなっている、当たり前になってしまう、と語っていた信長です。隨天が倒れて目の前で死ぬのを見て、信長は切腹します。ここでも介錯人はいませんでした。
炎が燃え盛る向こうで、静かに前かがみに倒れていく信長の姿がひときわ印象的でした。
外では、光秀が「信長を探せ!」と叫び続けているのです。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
