※写真はイメージです(Gettyimages)
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    「暗い話は読んでもいいけど、暗い人とは付き合いたくないですよね」

    【写真】生き生きとしたミナを描いた本『夫を亡くして』

     門井慶喜さんはそう言って笑った。近著となる長編小説『夫を亡くして 北村透谷の妻・ミナ』について話を聞いていたときの一言だ。本作は、近代文学史に大きな足跡を残しながら20代で自ら命を絶った天才詩人・北村透谷(とうこく)と、その妻・ミナの生涯を描いている。

     門井さんの言う「暗い人」とは、まさに北村透谷その人のことだ。 透谷は現代に生きる私たちが読んでも胸が締め付けられるほどの生きづらさを抱えていた。「自分には価値がない。唯一の解決法は死である」という、自己否定と厭世観を行ったり来たり。それを、表現を変えながら生涯にわたって執筆し続けた。

     本作は朝日新聞の朝刊連載としてスタートした小説である。一日の始まりに届く新聞の紙面で、なぜ門井さんは、あえて「暗い人」とその家族を題材に選んだのか。そこには、単なる歴史の再現にとどまらない、文芸作家としての「史実へのこだわり」と「心理を確定させる決意」があった。

    門井慶喜著『夫を亡くして 北村透谷の妻・ミナ』
    門井慶喜著『夫を亡くして 北村透谷の妻・ミナ』

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    「透谷という人は、本当に暗い。だけど妻のミナは驚くほど前向きで、いつも太陽のほうを向いているような人。たまたまほかの小説のために調べ物をしていてミナの存在を知り、面白いと思った。いつか書きたいと思っていたところに、朝刊の連載のお話をいただいた。ミナなら、朝から読んでも読者が暗くならずにすむ、と思ったんです(笑)」

     門井さんは、そう振り返る。ミナは文人だった夫の死後、幼い娘を家族に託し、34歳で単身アメリカへ留学。帰国後は英語教師として30年間定年まで勤め上げた。明治の世において異例中の異例といえるキャリアだろう。

     歴史小説を読んでいて気になるのは、その「内実」だ。 北村透谷の日記や書簡は残されている。ミナがいつ渡米し、いつ就職したかもわかる。だが、そのときミナが「どう思ったか」「なぜその判断をしたか」の資料はない。そんな人物の「心」を、作家は一体どうやって描くのだろうか。

    「そこが、歴史小説を書くときの、一番の苦しみであり面白さですね」

    歴史小説「心理のリアリティー」

    「僕の場合、まずは周辺の事実をガッチリと固めるんです。何年にどこへ行った、誰と会った、いくら借金をした。外側の事実を、これでもかと積み上げていく。そうすると、最後にポコッと真ん中に『空白』が残る。それが、その人物の心理です。周囲の事実をギリギリまで突き詰めていくと、この状況なら『この人はこう考えたに違いない』という、逃げ場のない一点にまで想像が追い込まれるんですよ」

    「こう考えただろう」では弱い。 「こう考えていたに違いない」という地点まで追い込む。それが門井さんの言う、歴史小説における心理のリアリティーだ。

    「例えば、お嬢さん育ちだったミナが、透谷と結婚して明日の米にも困る極貧生活に入る。ある日、夫の友人が家に来て、ミナは食事を出すわけです。そのとき彼女はこう思う。 『お菜(おかず)ぐらいつけないと、みっともないじゃないの』 これ、すごく生々しいと思いませんか?」

     門井さんはほほ笑みながら言葉を重ねる。

    「家父長制がどうとか、思想がどうとかいう以前に、彼女は生活者なんです。そして、かつてのお嬢さんが『みっともない』と世間体を気にしている自分自身に、ふと気づいてショックを受ける。こういう心の動きは、歴史の資料には書いてありません。でも、事実を追っていけば、ミナは確実にこの痛みを通過しているはずなんです」

    「普遍的な人間を見いだしたい」

     理想だけでは飯は食えない。そして人は生活の中で、少しずつ変わっていく。100年前の人の物語がこれほどまで身近に感じられる理由は、その「人の普遍性」にありそうだ。夫婦のすれ違いへの苛立ち。生活への漠然とした不安や孤独感。仕事と家庭のバランス――。

    「身もフタもない言い方をすれば、今の読者にとって意味がなかったら、歴史小説なんて書く意味がない、と僕は思っているんです。単に『昔、こういう人がいました』『こんなことがありました』なら、教科書や伝記で十分でしょう」

     静かな、作家としての矜持がうかがえる言葉だ。

    「だからどんな時代の、どんな人物を書くときでも、そこに『普遍的な人間』を見いだしたい。100年前にミナが悩んだことの中には、SNS時代の女性たちと同様のものもあるはず。だからこそ、ミナがそれにどう向きあい、どう切り抜けたかを描くことに価値がある」

     その思いが確実に届いていたことは、読者からの声で明らかになった。

    「連載中、男性読者からも多くの反響をいただきました。生きづらさを抱えた透谷の姿に自分を重ねる人もいれば、ミナの『生きる力』に救われたという会社員の方もいた。性別も時代も超えて、読者がそれぞれの場所で、登場人物たちと対話してくれたのはうれしかったですね」

    「ただ、生き続ける」という課題

     タイトルの『夫を亡くして』という言葉。門井さんがそこに込めた思いは、シンプルゆえに深いものだった。

    「大切な人を亡くす、あるいは人生の大きな支えを失う。それは、いつの時代にも誰にでも起こりうる、決定的な『喪失』です。透谷の死は物語の大きな転換点ですが、僕はそこをクライマックスにはしたくなかった。人間、どんなに悲しくてもおなかはすく。夜は眠らなきゃいけないし、明日の生活がやってくる。ミナという人は、その『生活を止めなかった人』なんです」

     悲劇のヒロインとして立ち止まることを、生活が、彼女の意思が、許さなかった。

    「彼女は、女性解放運動の旗手になろうとしたわけでも、歴史に名を残そうとしたわけでもない。ただ目の前の生活を実直に続け、やりたいことに正直であり続けた。結果的にそれが、30年の教師生活という、当時としては誰も歩んだことのないキャリアにつながった」

     心折れるような出来事に一時期沈んでも、根本的な彼女の明るさが、その後の人生を大きく浮かび上がらせた。

    「もし今、頑張りすぎて、自分で作った枠の中で息苦しくなっている人がいるなら、北村ミナという女性の軽やかな足跡が少しでも役に立てたらうれしい」と門井さんは言う。

     遠い先を見通そうとすると、不安しかない。ならばミナのように「目の前」に集中することで不安を乗り越える活力が湧いてくるかもしれない。

    ※『夫を亡くして 北村透谷の妻・ミナ』の試し読みはこちらからできます!

    ◎門井慶喜(かどい・よしのぶ)

    1971年生まれ。2003年に「キッドナッパーズ」でデビュー。2018年に『銀河鉄道の父』で第158回直木賞受賞。『家康、江戸を建てる』『ゆうびんの父』など著書多数。

    文/浅野裕見子(AERA Books)

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