ずっと抱えていた心の空白が、見知らぬ街の空気と、誰かのさりげない言葉で少しずつ満たされていく。そんな経験はないだろうか。
吉本ばななの短編小説を原作に、日本と台湾の合作で生まれた話題の映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』が、6 月 26 日(金)より新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほかで全国公開される。

大切な人を失い、喪失感を抱える主人公・ちづみを演じるのは、確かな演技力で観る者を惹きつける岸井ゆきの。そして彼女が台湾で出会う青年・シンシンを、今台湾で最も注目される俳優ツェン・ジンホア(曾敬驊)が演じる。
言葉を越えた先で響き合う二人の繊細な感情の往復が、悲しみの先にある小さな光をそっと映し出す。本作のメガホンをとった真壁幸紀監督に、作品に込めた想い、そして台湾映画界の次世代を担うツェン・ジンホアの魅力について話を伺った。
台湾が誇る新たな才能「ツェン・ジンホア」という引力

台湾スターの系譜を語る上で、1994年にウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』で彗星のごとく現れた金城武の名を欠かすことはできない。そして、1998年に深田恭子と共演したドラマ「神様、もう少しだけ」で日本中の心を揺さぶり、日本での爆発的な知名度と人気を博した。
あれから約30年となる2026年、台湾の映画界が注目する新たな才能が現れた。その名は、ツェン・ジンホア(曾敬驊)。既に台湾では数多くのドラマや映画に出演し、出演映画が連続で台湾興行収入1億台湾ドル(日本円で約5億)越えを果たすことから「億万の幸運星(スター)」との異名を持つ彼。そんな彼が、初めて日本語の演技に挑戦し、日本人俳優と初共演を果たしたのが本作だ。
【真壁幸紀監督インタビュー】
見えない「音」が紡ぐ吉本ばななの世界

――原作が吉本ばななさんの著書と言う事ですが、映像化されたいと思われたきっかけを教えてください。また監督が特にこだわった点どのようなところでしょうか。
コロナ禍になって予定していた仕事も無くなり、果たして自分は何が作りたいんだろうと、自問自答をする日々の中で、自分は元々、都市から生まれる物語、に興味を持っていることに気づきます。これまで作ってきた映画も今治のお寺だったり、奈良の城下町だったり、その土地から発せられる空気が軸になるものでした。
海外渡航が制限されていた反動もあり、次は海外の街で映画を撮りたいと漠然と思うようになり、国際共同製作の道を模索します。そんな中、吉本ばなな先生の原作に出会いました。映画化をするべきだと強く思ったのは、書籍からは発することができないが、映像だと実現可能な“音”という事が、とても重要なモチーフとして原作に描かれていたからです。
“音”という表現にこだわりを持つことで、原作を立体的に、そして映画館で観るにふさわしいものに出来るのではないか?そんな想いから、映画化をスタートさせました。
言葉の壁を越えて響き合うふたりの表現者

――今作は岸井ゆきのさんとツェン・ジンホアさんのW主演となりますが、お二人をキャスティングされた理由は何でしょうか。
岸井さんに関しては、原作を読んだ最初から、岸井さんしか思い浮かばなかったです。もし岸井さんに断られていたら、映画の企画を畳んでいたでしょう。ジンホアさんは、お会いして、とても品があるというのが第一印象でした。
ただ、台湾の俳優の方は、品がある人が多いので、それだけでは決め手にならないのですが、ジンホアさんは品と合わせて、野生的な側面も、持ち合わせていることに気づきました。その両輪がとても魅力的で、シンシンの役の振り幅に合うと確信し、オファーをしました。

――実際に撮影を共にされて、お二人の第一印象とのギャップや撮影の合間に垣間見えた意外な一面などありましたら教えてください。
岸井さんが映画が大好きで詳しいというのは、知られていると思いますが、音楽も精通されているのだな、と感じました。例えば、ちづみがレコードを探す場面では、手捌きが長年レコードを触ってきた人、そのものでした。もちろん、ちづみの役柄としてはそうなのですが、ご本人に染み付いている所作だなと感じました。
加えて、岸井さんは耳がとても良いのですが、それは音楽を通して培ってきたものではないのかと思いました。ジンホアさんは、勝手に寡黙な印象を持っていましたが、実は、すごく良く喋ります。撮影に入る前から、彼と何回も日本語の練習をしたのですが、練習の合間にしてくれた、様々な話は、時間を忘れるほど、引き込まれました。
「ちづみ」と「シンシン」がまとう空気感

――岸井さんが演じた「ちづみ」というキャラクターはいかがでしたか?
基本的には相手の出方に応じて反応するお芝居の中で、ちづみの感情が垣間見えるということを、岸井さんは丁寧に作り上げてくれました。私から、特に何か演出をするということより、岸井さんが感じた、ちづみを演じてもらって、その表現を最大限、魅力的に見せるためには、どういう撮り方をすれば良いのか。そこを考えるのが、私の仕事でした。
――ジンホアさんが演じた「シンシン(田川真吾)」というキャラクターはいかがでしたか?また、監督が思う「ジンホアさんだからこそ表現できるシンシンの魅力」とはどのような点でしょうか。

ジンホアさんと、撮影前に役について、何度も話して、シンシンというキャラクターの感情が、観た人によって解釈が違うようにできればいいね、ということは確認し合いました。
観た人が自由に感じたシンシンが正しく、それは作中で、シンシンが姿は見えないねずみの音を聞いて色々な事を想像したのと同じような、観た人それぞれのシンシンという人物のストーリーが出来上がる事を期待しながら、ジンホアさんと作っていきました。そのシンシンの振り幅の広さが、ジンホアさんの表現になっていると思います。
空間を共有し信頼を築く。監督と俳優の「哲学」

――スクリーンに映し出されるジンホアさんと岸井さんの空気感がとても素敵でした。監督とジンホアさんは言語が異なる中で、どのような意識でコミュニケーションを重ねて、作品を作り上げていったのでしょうか。
言葉が通じない私がジンホアさんに出来るのは、行動で表すことでした。シンプルなことなのですが、常にジンホアさんの側にいること。これは台湾スタッフとのコミュニケーションも同様で、常に、その場にいること。もしかしたらオンラインで済む打ち合わせも、台北に足を運び、対面で顔を見合わせながら、同じ空間で時間を過ごすことで、信頼関係を築くことを心がけました。
――ジンホアさんは本作が日本での映画初出演となりましたが、もし今後、また一緒に作品を作る機会があれば、次はどのような作品や役柄で彼を迎えたいですか?

ジンホアさんとの撮影のエピソードで印象に残っていることがあります。撮影も終盤、クランクアップまであと2日に差し掛かった、撮影終わりの夜。次の日のセリフの練習を通訳の方を交えて行っていたのですが、ジンホアさんが急に語り出しました。「僕は今回、この作品に参加出来て、本当に良かった」と。正直、私は嬉しさ半分、「いや、まだ終わってないよ」と思ったのですが、そこでジンホアさんの哲学に触れたような気がしました。
あえて言葉にするならば、結果や成功みたいなものより、自分自身が何を経験出来るのか、という事を一番大切にされている。それに気づき、彼がこれまでに出た作品や、話してくれたこれから出る作品を振り返ってみると、確実にその姿勢が貫かれていたのです。私もまた、彼が「これは経験したい」と思う役がある映画を作れるように、精進していきたいと思いました。
劇場という空間で「台北の空気を深呼吸するように」

――最後に、読者に向けて、映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』で特に注目してもらいたいポイントなど、メッセージをお願いします。
映画館のサウンドで観てもらうと、まるで、ちづみと一緒に台北に旅をしているかのような没入感を味わえると思います。エンドロールの曲も、この映画オリジナルなので、エンドロールの最後まで是非観てください。
【INFORMATION】
映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』6月26日(金)より新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほか全国公開。

【STORY】
母を亡くし、深い喪失感を抱えたまま日々を過ごす、ちづみ。心の空白は埋まらず、時間だけが過ぎていくなか、友人に誘われ、台湾を訪れた。そこで、台湾人の母と日本人の父を持つ青年・シンシンを紹介される。見知らぬ街の風景と、何気ない会話の積み重ねが、止まっていた心を少しずつ動かしていく。消えない悲しみを抱えながらも、小さなぬくもりを見つけて――。
出演:岸井ゆきの ツェン・ジンホア
藤原季節 中田青渚 伊勢佳世 柄本時生 / 飯田基祐
リン・チェンシー エンジェル・リー / リン・メイジェン
余貴美子
原作:吉本ばなな「SINSIN AND THE MOUSE」(新潮社刊『ミトンとふびん』収録)
監督・脚本・編集:真壁幸紀
共同脚本:加藤法子
主題歌:藤原季節 as マサミチ「Let Me Feel You」
サウンドプロデューサー:TAKU Tanaka
製作幹事・企画・制作プロダクション:ROBOT
共同幹事:TC エンタテインメント / 前景娛樂有限公司
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
2026年/日本/カラー/スタンダードサイズ/5.1ch/108分/G
Copyright © 2021 by Banana Yoshimoto All rights reserved.
Japanese original edition published by Shinchosha Publishing Co., Ltd., Japan in 2021.
The permission to use the original novel to produce this movie has been arranged with Banana
Yoshimoto through ZIPANGO, S.L.
©2026 映画「SINSIN AND THE MOUSE」 FILM PARTNERS
