6月13日、「MUSIC AWARDS JAPAN 2026」(以下、MAJ)の授賞式が開かれた。主要6部門は、以下のような結果となった。

    最優秀アーティスト賞:Mrs. GREEN APPLE(2年連続)最優秀楽曲賞:サカナクション「怪獣」最優秀アルバム賞:藤井風『Prema』最優秀ニュー・アーティスト賞:HANABest Global Hit From Japan:XG「HYPNOTIZE」最優秀アジア楽曲賞:HUNTR/X「Golden」

     昨年5月に開かれた第1回を踏まえて、このアワードは今年どう変わったのか。

    レギュレーション改訂と残る課題

     まず大きな変化は、昨年最大の課題とされた旧曲が上位に入り込む問題が、レギュレーションの改訂で解消されたことだ。集計対象の取り方を見直した結果、今年はその種の問題は生じなかった。これは明確に功を奏した。

     昨年同様に演出も練られていた。冒頭の少女がウォークマンでさまざまな音楽を聴き、実際にそのアーティストと邂逅する動画は、個人の音楽体験が大きく広がっていくことを表現する素晴らしい内容だった。そしてサカナクションから始まり、受賞発表を挟みながらHANA、米津玄師と続くイベントは、最後まで見ごたえのある構成だった。完成度の高さは、今年も保たれていた。

     もちろん課題も残る。やはり最大の懸念は、去年と同様に開催時期だ。第1回の5月でも遅いが、今年は6月とさらに後ろへずれた。エンタテインメントの閑散期にあたる2〜3月頭であれば、賞としての存在感はもっと際立つはずだ(グラミー賞やアカデミー賞もその時期だ)。

    アイドル部門が映す民主化

     印象的だったのは、テレビ中継もされた最優秀ボーイズ&ガールズアイドルカルチャーアーティスト賞(グループ/ソロ)の結果だった。

     ガールズ部門ではCANDY TUNE、CUTIE STREET、FRUITS ZIPPER、超ときめき宣伝部、=LOVEらがノミネートされ、FRUITS ZIPPERが受賞した。このノミネートにAKB48グループや坂道グループの姿はない。CDをいまだに多く売り上げる彼女たちよりも、音楽の評価としてこの5組が選ばれたということだ。

     ボーイズ部門はさらに興味深い結果だった。ノミネートはM!LK、SixTONES、Snow Man、timelesz、そして嵐。M!LK以外はすべて旧ジャニーズ=現STARTO勢だ。「カリスマックス」のヒットもあったSnow Manが受賞すると見ていたが、受賞したのはM!LKだった。約5000人の投票者が、公正に昨年のM!LKの活躍を評価した結果だ(最優秀アイドルカルチャー楽曲賞もSTARTO勢を押さえてM!LKの「好きすぎて滅!」が受賞した)。

     結果発表の直後に司会の菅田将暉がインタビューした相手が、元SexyZoneの中島健人だったのも印象的だった。ジャニーズが政治を働かせていれば、それは不都合な状況だったはずだ。しかし、中島はM!LKへ惜しみない称賛を送った。

     予定調和が起きないこと──それこそがMAJの信頼性を担保する。業界政治でもCD売上でもない評価の場があることは、アーティストにとって強いモチベーションにもなるはずだ。

    透明性が担保する信頼

     この賞は当初から「透明性」を強く謳っていた。ステージでも、最優秀アジア楽曲賞のプレゼンターを務めるために韓国から駆けつけたJ.Y.Parkが、それに触れた。「公平で正確な評価は、ひとつの分野の成長に決定的な役割を果たすと考えています。この授賞式がその役割を担っていると確信しているので、本当にお祝い申し上げます」と。

     かつて韓国でも、日本のように談合的なの音楽賞の授受が問題化したことがあった。公正さを欠けば、賞そのものが信頼を失う。しかしMAJがシビアな評価を貫けば、「不都合」に見える現実もやがて不都合ではなくなる。結果を出したアーティストが、正しく報われるようになる。

     このイベントは、協賛にトヨタが入ったことの意味も大きい。大企業がビジネスとして関わるほど、不正はできなくなる。透明性は理念だけでなく、芸能界の〝内輪〟が外部のビジネスと接続することによっても支えられる。

    サム・スミスの歌唱が示したもの

     今年、海外への回路はより太くなったと感じさせられることがあった。それが、洋楽アーティストとして初めてパフォーマンスに立ったサム・スミスの存在だ。

     2015年のグラミー賞で4冠に輝いた実力者が見せた歌唱は、圧巻だった。編成はドラムとベース、そして3人のコーラスだけ。装飾を削ぎ落とした分、その声はよりダイレクトに届く。歌で会場をねじ伏せた。

     日本の音楽賞のステージに、これだけの歌唱力のアーティストが立ったことの意義は大きい。世界水準が同じ舞台に並ぶことは、出演する国内勢にとっても大きな刺激になるはずだ。加えて、ノンバイナリーを公言するサム・スミスが堂々とパートナーを思う「My Guy」を歌ったことも、日本社会では意味があった。

     K-POPの文脈からは、(日本人ながら)MISAMOが出演したことにも意味がある。日韓をまたぐ彼女たちがこの場に立つことは、MAJが掲げる国際性を示すからだ。欲を言えば、来年以降はアジアの他のアーティストの姿ももっと見たい。

    抜けた長いトンネル

     全体として、日本の音楽業界が長いトンネルを抜けたと感じさせるイベントだった。聴取の中心がCDからストリーミングへ移り、ビルボードジャパンの複合指標が「なにが人気か」をちゃんと可視化したことで、業界政治やCD売上に左右されない評価の土台が築かれつつある。そこにジャニーズ事務所の崩壊や芸能プロダクションの創業者世代の引退が重なり、芸能界を長く縛ってきた政治的なハードルも大きく下がった。

     こうした条件が揃ったいま、MAJが指し示しているのは音楽の民主化だ。だれがなにに票を投じたかを透明にし、結果がときに予定調和を裏切る。その不都合さこそが、努力したアーティストを正しく報いる回路になる。業界の力学ではなく、音楽そのもので競い合う場が、ようやく日本にも根づき始めた。

     やっと業界政治が終わり、音楽が前に出た。

     2026年のMAJは、従来の「芸能界・20世紀レジーム」から音楽・芸能界がやっと脱し、民主化したことを実感させるイベントだった。この透明性を、これからも手放さずに大切にしてほしい。

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