
映画「Michael/マイケル」プロデューサーのグレアム・キング
ステージ上で見せる圧倒的な輝き、音楽とダンスの表現を塗り替えた革新性、そして世界中の人々の記憶に刻まれた数々の楽曲。「キング・オブ・ポップ」と呼ばれたマイケル・ジャクソンの軌跡を描く伝記映画「Michael/マイケル」が、6月12日に公開された。
監督を務めたのは、「トレーニング デイ」のアントワーン・フークア。製作には「ボヘミアン・ラプソディ」を世界的ヒットに導いたグレアム・キングが名を連ねる。マイケルを演じるのは、彼の実の甥であるジャファー・ジャクソン。少年時代のマイケル役をジュリアーノ・ヴァルディが、父ジョセフ・ジャクソン役をコールマン・ドミンゴが担う。本作では、ジャクソン5時代から1988年までの歩みを通して、マイケルがソロ・アーティストとして世界的スターへと駆け上がっていく姿を描く。史上最も売れたとして知られるアルバム「スリラー」誕生やムーンウォーク初披露といった象徴的な瞬間を再現しながら、その巨大なイメージの裏側で孤独や重圧に苦しんだ一人の人間にも目を向ける。
神話化されたマイケル・ジャクソンを、この映画はいかに一人の人間として描こうとしたのか。キャスティング、伝記映画における事実とドラマのバランス、そして観客と批評家の反応について、プロデューサーのグレアム・キングに話を聞いた。
伝記映画を制作する上で重要なことは?

映画「Michael/マイケル」プロデューサーのグレアム・キング
——「Michael/マイケル」は、「ボヘミアン・ラプソディ」を超える世界興行成績も視野に入るほどの勢いを見せています。音楽伝記映画が本当の意味で社会現象になるのは、既存のファンを超え、その存在をリアルタイムで知らない世代にまで届いた時だと思いますが、今回の反響を受けて、マイケル・ジャクソンという存在が今の観客にどのように届いていると感じていますか?
グレアム・キング(以下、キング):かつての私がマイケル・ジャクソンのパフォーマンスやインタビューを見て、彼に恋をしたのと同じように、リアルタイムでマイケルを知らない人たちもこの映画で彼に夢中になっているのだと思います。マイケルは、実に特別なものを持っていました。私は1981年にマイケルと知り合う機会に恵まれましたが、彼がこちらの目を見て微笑むと、まるで自分自身を肯定されたような気持ちになるんです。彼にはそんなカリスマ性があり、人を惹きつける個性があり、子どものような笑顔があった。
だからこの映画には、私自身の記憶の中にあるマイケルも少し反映させたいと考えました。(マイケル役の)ジャファーに初めて会った時、彼は、私が1981年に一緒に過ごした頃のマイケルと同じ年齢だったんです。そんな偶然の一致もあり、この映画は私にとってとてもエモーショナルな旅でもありました。ドジャー・スタジアムでのパフォーマンスの場面もそうです。マイケルが兄弟たちとの最後のツアーになることを示したあの公演に、私は実際に立ち会っていました。彼は、物語を語るためのあらゆる要素を私に与えてくれたアーティストなんです。

映画「Michael/マイケル」場面カット
——キングさんはこれまで、フレディ・マーキュリー (「ボヘミアン・ラプソディ」)、ハワード・ヒューズ(「アビエイター」)、モハメド・アリ(「ALI アリ」)、そしてマイケル・ジャクソンのように、人々から神話化された人物を映画にしてきました。こうした人物を描く時、観客が持つ“神話”を壊さずに、その内側にある人間性を見せるには何が必要だと考えていますか?
キング:大切なのはとにかく時間をかけることです。その人物たちを映画にするにあたって、膨大な時間を費やしました。英語には「壁に投げつけて、何がくっつくかを見る(throw something at the wall and see what sticks)」という表現がありますが、まさにそういう作業です。彼らの人生を徹底的に調べ、彼らをよく知る人たちに話を聞き、さまざまなエピソードを集め、小さな瞬間を拾い上げていく。マイケルの人生に関わった人たちと会うと、その人たち自身は重要だと思っていない話をしてくれることがあります。でも私は、その中に映画としてドラマ化できる小さな断片を見つけることがある。そういった調査を行うための環境があったことは非常に大きかったです。
特にマイケル・ジャクソンの場合、調査には何年もかかりました。世界中を飛び回って、彼を知る人たちに会い、信頼してもらう必要がありました。彼らからすれば、私は何者か分からない。ジャーナリストかもしれないし、ドキュメンタリー作家かもしれない。しかも率直に言えば、マイケルの物語はこれまで何度もねじ曲げられたり、必要以上に膨らませられたりしてきました。だから本当に、一歩ずつ、レンガを一つひとつ積み上げるような作業でした。そしてある瞬間、魔法のような組み合わせが生まれる。例えば、どこからともなくジャファー・ジャクソンを見つけたり、「ボヘミアン・ラプソディ」でラミ・マレックを見つけたり。
こうした映画の成功の鍵は、観客が「スクリーンに映るこの人は、あの象徴的な人物なのだ」と信じられることです。ただし、単なるものまねではいけない。例えばラミ・マレックとフレディ・マーキュリーを見比べると、実際にはそこまで似ているわけではありませんよね。でも観客は気にしない。人物の内面、人格、魅力、癖や気配、そういったものを信じているからです。だから私にとって調査の一部は、その人物を演じるのにふさわしい人を徹底的に探すことでもあります。以前、クリント・イーストウッドが私に「星の巡り合わせが合った時は、それを感じるものだ」と言ったことがありますが、まさに今回はそうでした。この人たちこそが正しいキャストであり、魔法の材料が揃ったと感じたんです。
——伝記映画においては「何を語るか」と同様に、「何を語らないか」も非常に重要です。その点はどのように判断を進めていくのでしょうか?
キング:難しいですね。特にマイケルの場合、多くの人が「なぜあの話を描かなかったのか」「なぜこの話を入れなかったのか」と思うでしょう。でも、この映画はマイケルを知らない一般の観客にも楽しんでもらわなければいけません。だから選ぶべきなのは、ただ世界中がよく知っている瞬間ではなく、「物語上、そして映画的な語りの上で意味を持つ瞬間」です。例えば、私たちは「ビリー・ジーン」の初パフォーマンスをドラマ化しました。そこには物語上の意味があったからです。さらにその舞台裏もドラマ化しています。現実にあの通りのことが起きたのかは分かりません。起きたかもしれないし、起きていないかもしれない。でも、それは重要ではありません。重要なのは彼の人生の有名な瞬間を取り上げ、その前後をドラマ化することで、一本の物語の糸を通すことなんです。
それがこうした映画の鍵です。我々は「スリラー」も描ける。「ビリー・ジーン」も描ける。モータウンのベリー・ゴーディとの関係も描ける。描ける瞬間は無数にあります。でも、どこかを犠牲にしなければならない。実際「なぜこの曲を入れなかったのか」「なぜあの出来事を描かなかったのか」と言われたこともあります。でもこれはNetflixの配信シリーズではなく、映画なんです。観客にもそれを理解してもらう必要がある。映画全体のトーン、エネルギー、テンポが観客の期待に合っていれば、観客は、描かれなかったものについても受け入れてくれるのだと思います。
映画「Michael/マイケル」場面カット
映画「Michael/マイケル」場面カット
映画「Michael/マイケル」場面カット
映画「Michael/マイケル」場面カット
映画「Michael/マイケル」場面カット
映画「Michael/マイケル」場面カット
——仰るように事実をただ並べるだけでは、必ずしもその人物の本質に近づけるわけではないと思います。時には出来事の順序を整理したり、複数の事実を映画的な流れの中に再構成したりする必要もある。プロデューサーとして、事実に対するリスペクトと、映画として観客に届くドラマを成立させることのバランスをどのように判断していますか?
キング:それも何年もかけて調整したポイントです。「私たちは正しい物語を語っているのか」「このシーンを変えよう」「やはりここも変えよう」というように、何度も何度も検討を重ねました。例えば制作のかなり後半になってから、チンパンジーのバブルスがマイケルの家にやってくる場面を入れたら、観客にとってとても面白いシーンになるのではないかと思ったんです。彼はロサンゼルス郊外のエンシノという住宅街に住んでいました。普通、そこにチンパンジーが歩いていることはありませんからね。その場面で見せたかったのは、若きマイケルの風変わりな一面と同時に、孤独な一面でした。彼はあまりにも若い頃から有名だったため、とても孤独で、友人がいなかった。動物たちが彼の友だちだったんです。そこには非常に悲しいものがあります。そして私たちは、それが後の人生においてさらに悲しいものになっていくことを知っている。
映画の中で、彼はピーター・パンを始めとする現実逃避の本を持っています。彼はそれを後にネバーランドとして現実のものにした。もしかすると、それは彼にとって過ちだったのかもしれません。彼には人生の教訓がなかった。牛乳1パイントがいくらするのかも知らなかったし、普通の人間社会の感覚も十分には持てていなかった。彼には、物事を受け止める上でのフィルターのようなものがなかった。でも彼は、誰も見たことのないレンズを通して人生を見ていたんです。
ハリウッドでは企画を説明する時に「これはあの作品に近い」と既存の映画にたとえることがよくあります。そうすることで、その映画がどのような作品なのかを伝えるわけです。でも、マイケル・ジャクソンにはそうした比較対象がいません。もちろん、ハワード・ヒューズ的な部分も少しある。「アマデウス」的なところもあれば、「チャーリーとチョコレート工場」的な部分もある。あるいは、昔トム・ハンクスが「ビッグ」で演じた、大人の身体に子どもが入っているような人物にも重なるところがある。だからあらゆる角度から見て、それらをどう組み合わせるかを考えなければならなかった。そして観客に、この人物は他の誰とも違う人間だったのだと理解してもらう必要がありました。映画の中にはとても楽しい場面もあります。でもその下には、深い悲しみや感情が流れているんです。
マイケル役のキャスティング

映画「Michael/マイケル」プロデューサーのグレアム・キング
——ジャファー・ジャクソンさんは、マイケルを単に“再現”するのではなく、その精神や本質まで体現しているように見えました。キングさんが「彼こそマイケルだ」と感じたのは、どのような瞬間だったのでしょうか。
キング:初めて会った瞬間です。彼の中には、マイケルと重なる特別なものがあると感じました。それはDNAのようなもので、こちらから教えられるものではありません。本来、俳優に教えられることはたくさんありますが、カメラを通しても近くにいても伝わってくるあの感覚だけは、教えられるものではないんです。
私はかなり早い段階で彼に会って「彼こそマイケルだ」と思っていたのですが、彼は演技経験がなかったので、同時に世界中を探してほかにマイケルがいないかを確かめる必要があるとも感じていました。そこで彼と話し、「ラミ・マレックの時と同じようにトレーニングを受けてもらう。ただし今回は、もっと大規模なものになる。君が受かる保証はない。私はできる限り多くの人をオーディションして、正しいマイケルを探す」と伝えました。そして私は笑顔で「とにかく続けて。努力し続けて。それでどうなるか見てみよう」と言いました。彼は何度も私に連絡してきて「来てもらえますか」と言い、パフォーマンスを見せたり、シーンを読んだりしました。そのたびに、内心では「なんてことだ」と驚いていましたが、まだそれを表には出したくなかったんです。
だから、実際に彼に役が決まったと伝えるまでには、何カ月もかかりました。しかも彼はジャクソン家の人間です。そのことが、状況をさらに複雑にしていました。私は彼に、日中どこで何をしているのかを家族に話さないように言っていたんです。もしうまくいかなかったら、彼の家族は私に怒るだろうと思ったからです。だからしばらくは秘密にしていました。でもある日、彼が「毎日どこに行っているのか、家族に話さなければならない。みんな不思議に思っている」と言ったんです。
振り返ると本当に信じられない旅でした。今でも私は空を見上げて「マイケル、ありがとう」と言いたくなります。俳優になりたいという野心も持っていなかったこの若者へと、彼が私を導いてくれたように感じるからです。そして今、彼はマイケル・ジャクソンになっている。これこそハリウッドです。ハリウッドの魔法が、最も高いレベルで起きたのだと思います。
映画「Michael/マイケル」でマイケルを演じたジャファー・ジャクソン(左)とアントワーン・フークア監督
映画「Michael/マイケル」のアントワーン・フークア監督(左)と幼少期のマイケルを演じたジュリアーノ・ヴァルディ
——少年時代のマイケルを演じるジュリアーノ・ヴァルディさんには、天才少年としての輝きだけでなく、観客がその後のジャファーさんのマイケルへと自然につながっていくような説得力も必要だったと思います。そんな彼の存在をどのように見出したのでしょうか?
キング:彼と出会ったのはオーディションでした。部屋に入ってきた瞬間、その目を見て、彼には特別なものがあると分かったんです。しかも彼もまたそれまで演技経験がなかった。ジャファーもジュリアーノも、この映画まで映画の現場に立ったことがありませんでした。ジュリアーノが特別だったのは、初めて出会った時から生命力にあふれていたからです。パフォーマンスをし、話をする姿が、とても生き生きとしていた。私は本当に1時間もしないうちに「彼だ」と思いました。その後で知ったのですが、彼は週末にハリウッド・ブルバードやヴェニス・ビーチでマイケルのものまねをしていたんです。路上でマイケル・ジャクソンのように踊っていた。私はまったく知りませんでした。
面白い話があります。初めて彼とテストをした時、私は彼の年齢の頃のマイケルの曲、「ABC」や「帰ってほしいの(I Want You Back)」、「アイル・ビー・ゼア」を流しました。でも彼はその音楽を知らず、どう踊ればいいのかも知らなかったんです。彼が知っていたのは「スムーズ・クリミナル」「マン・イン・ザ・ミラー」「ビリー・ジーン」「スリラー」といった、後年の曲だけでした。だから私は彼に「今度は若い頃のマイケルの音楽を学ばなければいけない」と伝えました。
彼の存在はスクリーン上で非常に重要でした。観客が彼を信じられなければ、ジャファーを信じることもできないからです。彼はいわば、メインディッシュに至る前の前菜でした。観客は彼を追いかけ、応援したくならないといけない。そうすることで、ジャファーが登場した時にも自然に受け入れられる。その役割を、彼はしっかり果たしてくれました。
「批評家ではなく、観客を満足させる」

映画「Michael/マイケル」プロデューサーのグレアム・キング
——本作は批評的にはさまざまな反応がある一方で、観客からは非常に強い支持を受けています。プロデューサーとして、批評家の視点と観客の反応が分かれる時、その違いをどのように受け止めているのでしょうか?
キング:最初はとてもつらかったです。批評家のレビューは公開前に出ますから。私は「ボヘミアン・ラプソディ」の時にも同じ経験をしました。ロンドンでのプレミアの夜、会場には1万人の観客がいました。その時、私の携帯に批評が次々と届き始めたんです。ネガティブ、ネガティブ、ネガティブ、これもネガティブ……そんな反応ばかりでした。私はプレミア後、ステージ上で呆然としていました。なぜこんなことを書かれるのか理解できなかった。
その時、クイーンのメンバーであるブライアン・メイが私のところに来て、「どうしたんだ?」と聞きました。私は「言いたくない」と答えました。彼は「言ってくれ。何があった?」と言いました。それで私は「批評家たちが映画を気に入っていない」と伝えたんです。すると彼は「グレアム、批評家のことは忘れろ。ファンと一般の観客に語らせればいい」と言ったんです。映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中には、音楽批評家たちが楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」を嫌ったにもかかわらず、その曲が史上最も人気のある楽曲の一つになっていく場面があります。彼はそれを踏まえて「観客に語らせればいい」と言ったのです。私は「君の言う通りだといいけれど……」と答えて、実際そうなりました。
今回「マイケル」が公開される時も、批評家たちは受け入れないだろうとある程度は分かっていました。たとえ私たちが「アラビアのロレンス」のようなバージョンを作ったとしても、彼らは受け入れなかったでしょう。なぜなら、それがマイケル・ジャクソンだからです。彼らは映画を批評しているのではありません。彼の人生を批評しているんです。私はそれを無視しようとしました。いくつかは読みましたが、怒りも湧きました。「私たちは同じ映画を観たのだろうか」と思ったからです。でもその翌日、興行成績が大きく動き始め、SNSでは映画館に足を運び、作品を楽しんでいる人たちの姿が見え始めました。
もちろん、長い時間と労力をかけて作った映画に対して「これはひどい」「ここを間違えている」と言われるのはつらいことです。いくら努力しても全ての人を満足させることはできません。ただ、私の目標は「ニューヨーク・タイムズ」を満足させることではありません。世界中の観客を満足させることです。若い人たちのうち、どれだけが批評家のレビューやロッテン・トマトを読んでいるでしょうか。今回は、批評家たちの方が恥をかくことになったのではないかと思います。

映画「Michael/マイケル」プロデューサーのグレアム・キング
PHOTOS:HIRONORI SAKUNAGA
映画「Michael/マイケル」
◾️映画「Michael/マイケル」
全国公開中
監督:アントワーン・フークア
脚本:ジョン・ローガン
製作:グレアム・キング、ジョン・ブランカ、ジョン・マクレイン
出演:ジャファー・ジャクソン、ジュリアーノ・ヴァルディ、コールマン・ドミンゴ、ニア・ロング、ケンドリック・サンプソン、
マイルズ・テラー、ローラ・ハリアー他
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ
®, TM & © 2026 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
https://www.michael-movie.jp/
