カンヌ国際映画祭の論点を整理する本特集。前回までに、「日本からのメッセージ」と題して、映画祭併設マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム(以降、マルシェ)」で今年「カントリーオブオナー(Country of Honour:COH)」となった日本の3セッション——藤村哲也氏のキーノート、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントのサンフォード・パニッチ氏と中山淳雄氏の対談、Crunchyroll×ソニー・ピクチャーズのセッション——から、日本映画・日本IPが今いる位置と、それを支える構造的要因「世界最大の埋蔵量」を整理しました。

    第3弾となる本稿では、マルシェなどで発信された今後の発展に向けた個別取り組み事例を整理します。ここでは、①政府の取り組み、②新しいファイナンススキームの模索(K2 Pictures×MUFG×西村あさひ)の2領域と実写映画の取り組みについて取り上げました。

    ※本記事で触れられている内容は2026年5月時点の情報です。

    マルシェ・ドゥ・フィルム© Mathilde Gardel / FDC

    《目次》

     

    ① 政府の役割——「国内は最小介入・海外は積極的後押し」

    5月15日に開催されたセッション“FOCUS on World Film Market Trends”では、European Audiovisual Observatoryが発表したレポート・データ(Focus 2026)をもとに、世界・欧州映画市場の状況と、その中で日本映画市場が置かれている位置が国際比較で示されました。

    回復を超えた日本市場——2020年がティッピングポイント

    データからはまず、世界全体の興行はまだ回復の途上にある一方、日本はコロナ前の水準を超えている(+5%)ことが明らかになりました。また、日本の2025年の興行収入TOP20のうち15作品が日本映画であり、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』のようなアニメに加え、『国宝』『8番出口』といった実写も健闘していることが挙げられました。

    「こうした日本市場の特徴の背景にあることはなにか」という問いかけに対して、同セッションに登壇した経済産業省 文化創造産業課長の梶直弘氏が語ったのは、まず、「2020年がティッピングポイント(転換点)だった」ということでした。このころから「海外売上が国内売上を上回るタイトルが増え、それまで”small pocket money / bonus”だった海外が”通常のビジネス”の位置づけになった」と説明。結果としてブロックバスター候補の製作予算が引き上げられて品質が上がり、グローバルの観客が日本映画を見つけるようになった、との考えを示しました。

    欧州との構造比較——「映画政策」中心の欧州、「コンテンツ政策」中心の日本

    European Audiovisual Observatoryのマーティン・カンツラー氏(Deputy Head of the Department for Market Information:市場情報部門副部長)は、日本市場の構造的な特徴を欧州との対比で示しました。欧州映画が財源の約半分(放送局を含めると6割超)を公的資金に依存するのに対し、日本の公的資金比率はほぼゼロ。既存原作の映像化(アダプテーション)比率は欧州が1割未満なのに対し、日本はTOP20のほぼすべてを占めます。共同製作比率も欧州の2割超に対して日本は数%にとどまります。

    カンツラー氏は「欧州にあるのは『映画・オーディオビジュアル政策』ですが、日本にあるのは(マンガやアニメなど全般を対象とする)『コンテンツ政策』」と指摘し、次の対比を示しました。


    欧州=文化的多様性の重視
    日本=IP(知的財産)と産業競争力の重視
     
    欧州=手厚い公的資金支援(映画ファイナンスの40〜50%が公的補助)
    日本=商業的なエコシステム(生態系)がサポート
     
    欧州=強力な規制介入
    日本=極めて緩やかな規制

    「日本における直接的な公的資金支援は規模が非常に小さく、輸出(海外展開)に重点が置かれており、制作へのキャッシュリベート(映像制作費の還付・優遇制度)にいたっては、ようやく2023年に導入されたばかりです」と違いをまとめ、「どうしてこのように違うのか」と梶氏に問いました。

    日本独自の政策ロジック——「規制(North Wind)ではなくインセンティブ(Sun)」

    梶氏は、欧州の「文化主導」モデルとは異なる日本独自の政策ロジックを「魅力的な作品があるから観客が来る——規制(クォータ)ではなく自由市場での競争で勝っている」と説明。続けて「文化的多様性は、民間活動の結果としてすでに実現できています。だから国内文化政策は最小介入。一方、海外展開については国家介入の正当性があります。島国であり、言語障壁もあるためです」と答えました。

    つまり、国内市場は基本的に民間に委ね、海外進出は国家として後押しする、という役割分担です。この方針は足元の予算と枠組みにも表れています。現政権下でコンテンツ産業は重点投資対象とする17の戦略分野の一つに位置づけられ、今年度から政府全体のコンテンツ支援予算は前年比2倍以上、経済産業省では3倍以上に拡大したと発表されました。アプローチは「規制(North wind:北風)ではなくインセンティブ(Sun:太陽)」を基本とし、海外撮影の誘致と国内製作の両面で展開するとされています。マンガ、アニメ、ゲーム、映画、音楽を横断的に支援する 「IP360」 という枠組みも提示されました。

     
    ② 新しいファイナンススキームの模索

    5月16日のパネル“Film Financing in Japan: Where We Are, and What Comes Next”では、K2 Pictures(紀伊宗之氏・代表取締役CEO)、三菱UFJ銀行(本裕一郎氏・常務執行役員)、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(本柳祐介氏・パートナー)のほか、モデレーターとして国際セールスおよび製作会社の仏Charades共同創業者のヨアン・コンテ氏の4名が登壇しました。日本映画ファイナンスの「現在地」と「次の一手」を、制作・金融・法務・海外セールスの4視点から議論する機会となりました。

    製作委員会方式の課題

    紀伊氏から、現在「日本映画の99.9%が製作委員会方式」という状況が説明され、本柳氏がその仕組みを解説。製作委員会は、投資ストラクチャーではなく民法上の任意組合(パートナーシップ)として、映画関連事業者のみが参加でき、金融機関・純投資家・外国法人は参加しづらい仕組みであることが共有されました。コンテ氏は、フランスの国際セールス側から感じたこの仕組みの硬直性を、自身の体験を交えて紹介しました。

    パネルで挙げられた製作委員会方式の構造的課題は次のとおりです。製作段階では、外部投資家(海外マネー、金融マネー)が入りづらいことが挙げられました。全会一致原則のため意思決定が遅いこと(海外案件で3時間以内の回答が必要な場面で、承認に1〜2週間かかる)。また同様に、大ヒットした際に美術・衣装・ライティング・撮影監督に利益を還元しようとしてもなかなか成立しないこと。さらには、時間がたってから、例えば20年後にIPを動かそうとしたとき、権利が細分化されているため、当時の担当者を探すところから始めなければならないことや、外部から見て経済性が見えにくい点も挙げられました。

    「K2P Film Fund I」のような新たなスキームの必要性と金融インフラの整備

    紀伊氏は「製作委員会は、90年代・2000年代は十分機能した。しかし2026年、日本映画は世界に出ていかなければならない。世界の資金も入れなきゃいけない」との考えのもと、映画製作ファンド「K2P Film Fund I」を組成したと語りました。つまり、先述の製作委員会方式の課題を乗り越え、スケール拡大・グローバル展開・新規参加を目指しています。本柳氏は、このファンドは通常のPrivate Equityファンドと同じGP/LP構造を採用し、金融商品取引法を遵守したうえで、外部金融機関・外国投資家・大企業マネーを受け入れ可能だと解説し、「63条特例(適格機関投資家等特例業務)」の活用とGreen Light Committeeの設計についても説明しました。

    さらに本氏は、転換期を迎えている日本の映画産業がより強くなっていくことを目指して、金融機関として様々なチャレンジに取り組んでおり、後押しをしているとコメント。経済産業省からの委託事業として、映画製作におけるファイナンスのあり方について調査研究を行っていることを明かしました。

     
    実写映画の取り組み——K2 Pictures、IMAGICA GROUP

    マルシェ会期中に発表された実写映画に関する2つの注目すべき取り組みを紹介します。

    K2 Pictures:コーポレートコピー「ATTACK.」と映画ファンド「K2P Film Fund I」総額50億円でクローズを発表(5月17日発表/JWマリオット・カンヌ)

    K2 Picturesの紀伊宗之代表取締役社長CEOは、コーポレートコピー【ATTACK.】——「遠回りでも、困難でも、まだ誰も踏み込んでいない道を選ぶ」——を会見冒頭で披露し、映画製作ファンド「K2P Film Fund I」が2026年2月に総額約50億円規模でクローズしたことを正式に発表しました。

    また、発表済みの作品である是枝裕和監督『ルックバック』、西川美和監督『わたしの知らない子どもたち』、井筒和幸監督『国境』、ゆりやんレトリィバァ監督『禍禍女』、孫明雅監督『トロフィー』、広瀬奈々子監督『このごにおよんで愛など』に加え、三池崇史監督・市川團十郎主演のドキュメンタリー『襲名』(2026年9月公開)、大友啓史監督による日本・ブラジル・米国共同製作『コンデコマ(仮)』、二宮健監督による手塚治虫生誕100周年プロジェクト『人間昆虫記』など多くの企画作品が披露されました。

    IMAGICA GROUP:「オリジナル映画製作プロジェクト」第2弾(5月18日発表/カンヌ ジャパンパビリオン)

    IMAGICA GROUPは2025年に「IMAGICA GROUPオリジナル映画製作プロジェクト」を始動。グループ会社内から国際映画祭出品・受賞を見据えた映画企画を募集し、毎年1作品を選定・製作する5年間継続の取り組みです。第2弾となる今年は、グループ内44企画→16企画の選考を経て2026年4月初旬に『OUR SON』(監督・脚本:関友太郎、プロデューサー:ハン・サングン)に最終決定。審査員には映画監督の石川慶氏、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターの市山尚三氏、川喜多記念映画文化財団常務理事の坂野ゆか氏が参画しました。製作費はIMAGICA GROUPが上限7,000万円を出資し、製作委員会等を組成の上で最終決定することとされています。

    K2 Picturesは製作委員会方式の枠組みの外側で新ラインナップを世界に発信し、IMAGICA GROUPはグループ会社の創造力を国際映画祭に届ける継続プロジェクトとして、若手・新進クリエイターの世界進出を後押しする型を提示しました。性格は異なりますが、どちらも「これまでの実写の作り方」とは別の経路を試みる動きです。

    特集:カンヌ国際映画祭 2026

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