■目標金額達成のお礼とセカンドゴールについて

     

    皆さまの心温まるご支援のおかげで、第一目標の500万円に到達することができました!応援と励ましのお言葉の数々に心よりお礼申し上げます。皆さまのご支援は映画制作のための費用として大切に使わせていただきます。 

     

    このクラウドファンディングの開始当初よりページの中に、「映画の制作には宣伝費を含めて約4,800万円が必要です。不足分の約1,800万円の内、500万円を皆さまからの寄付で集めさせていただく予定です。」と書かせていただいておりました。

     

    ファーストゴールの500万円を無事に達成させていただきましたので、次の目標として1,000万円をネクストゴールとして設定させていただきたく存じます。

     

    おかげさまで長門市での撮影は無事に終えることが出来ましたので、仕上げのための作業(ポストプロダクション)費用やプロモーションのために使わせていただきます。

     

     具体的には

     

    音楽:映画音楽制作費、音楽スタジオレンタル費

    編集:編集スタジオ費、資料借用費

    CG:コンピューターグラフィック制作作業費

     

    また宣伝・広告などの費用もかかってきます。物価の高騰により、不足が出ることが予想されます。1,000万円という目標を再設定させていただき、映画の完成のために残りの期間も挑戦を続けます。仮にネクストゴールの金額を達成できなかった場合、ご支援いただいた資金で実施できる範囲にて、実施する予定でおります。

     

    世界的洋画家香月泰男の生き様を描く映画「サンジュアンの木-画家 香月泰男-」の制作、完成のためにどうか変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。

     

    香月泰男映画制作実行委員会委員長 上田俊成(2026年6月3日追記)

     

    青の太陽

    山口県立美術館所蔵

     

     

    たとえ戦争が終わったとしても  

     

    帰れない故郷  

     

    引き裂かれる家族  

     

    凍える大地に眠る魂  

     

    いまでも、世界のどこかで寒さに震え、帰りたい場所を想っている人がいます。

     

    山口県長門市に生まれた画家・香月泰男。

     

    その作品を一度でも目にした人は、絵に静かに宿る“体温”のようなものに驚かされます。

     

    寒さや飢え、絶望を描いているはずなのに、どこかあたたかい。暗く沈む色調の中に、かすかな希望が光っている。

     

    その独特の表現はどこから生まれたのか――その答えは、香月が“生きて体験した”シベリア抑留の日々にあります。

     

     

    《兎》1939

     

    「サンジュアンの木ー画家香月泰男」制作に取り組んでいる香月泰男映画制作実行委員会です。

     

    私たちは今、その香月泰男の人生と作品を映画という形で描き出そうとしています。

     

    これは香月が絵筆で示そうとした“心の物語”を映像として表現する挑戦です。

     

    この映画は、戦争映画ではありません。

     

    私たちが描きたいのは――   過酷な体験の中で一人の人間が何を思い、どう生き、なぜ希望を描くに至ったのかという、深い内面の旅です。

     

    監督は「戦争がもたらすものを撮る」ことを信条に、数多くの映画を手掛けている五十嵐匠。

     

    この挑戦を実現するため、クラウドファンディングに挑戦することになりました。

     

    皆さまのお力をお貸しください。凍える大地で見つけた”人間の光”を、未来へ届けるために。

     

    シベリアシリーズ海〈ペーチカ〉冬

    山口県立美術館所蔵

     

     

     

    山口県長門市三隅に生まれた画家・香月泰男。第二次世界大戦後、シベリアに抑留され、マイナス40度の極寒の地で約2年間、飢えと過酷な労働を強いられました。

     

    帰国後、彼はその壮絶な記憶を57点の油彩画「シベリア・シリーズ」として描き続けました。黒と黄土色を基調とした重厚な画面には、戦争の悲惨さだけでなく、家族への愛、帰郷への祈り、そして人間が持つ希望の光が静かに宿っています。

     

    その作品は今も多くの人々の心を揺さぶり続けています。

     

    《父と子》1967-69

     

     

    ■ 医師の家に生まれた孤独な少年(1911年)

    1911年10月25日、山口県三隅村(現・長門市)の代々続く医師の家に生まれた香月泰男。

     

    しかし幼くして両親が離婚し、厳格な祖父母のもとで育てられます。複雑な家庭環境の中、友達と遊ぶより一人で絵を描くことを好んだ少年。「紙さえあると描きまくった」と後に語るように、絵を描くことだけが、彼の心の救いでした。

     

     

    ■ 母から届いた絵具箱(1927年)

    幼くして両親と離れ、祖父母のもとで育った香月泰男。中学時代、油絵を描きたいという夢を諦めきれず、津和野に住む生母に手紙を書きました。届いた絵具箱を、香月は生涯手放すことなく大切にし続けました。

     

    ■ 画家としての出発(1934年)

    東京美術学校(現・東京藝術大学)在学中、梅原龍三郎が主宰する国画会展に『雪降りの山陰風景』で初入選。1939年には文部省美術展覧会で特選を受賞し、画家としての道を歩み始めます。

     

    山口県立下関高等女学校教員時代(1939年)

     

    ■ 召集令状、そして満州へ(1943年)

    妻と3人の子どもを残し、香月のもとに届いた一枚の赤紙。満州へ出征した香月は、家族へ361通もの軍事郵便を送り続けました。そのほとんどに絵が添えられていたといいます。

     

    山口市西部第四部隊配属の頃

     

    ■ シベリア抑留、マイナス40度の記憶(1945年)

    終戦後、シベリアへ連行された香月は約2年間、極寒の収容所で強制労働を課されます。仲間が次々と凍土に倒れるなか、母から届いた絵具箱を枕に眠り、絵のアイデアを12の漢字で箱の裏蓋に刻みました。

     

    ■ 帰還、そしてシベリア・シリーズ第1作(1947年)

    5月、ついに舞鶴港へ帰還。その年の秋、香月は早くもシベリア・シリーズ第1作となる《雨〈牛〉》を描き上げます。凍える記憶を絵筆に託す、生涯をかけた創作の始まりでした。

     

    ■ 「厨房の画家」と呼ばれた日々(1950年代)

    帰還後、香月が描いたのは台所の野菜や魚、庭の草花など身近な世界でした。故郷・三隅を「〈私の〉地球」と呼び、愛する家族と過ごす日常を、色彩豊かに画布へ刻み続けました。

     

    《そらまめ》1956

    《いちご》1956

     

    ■ 黒と黄土色、シベリアへの回帰(1959年)

    50年代後半、香月のパレットから明るい色が消え、黒と黄土色が画面を覆うようになります。1959年、押し込めていた記憶があふれ出すように《北へ西へ》《ダモイ》など、シベリア・シリーズの本格的な制作が始まりました。

     

    ■ 日本芸術大賞受賞(1969年)

    シベリア・シリーズにより、第1回日本芸術大賞を受賞。政治的なメッセージではなく、一人の人間が体験した普遍的な感情――家族への愛、望郷の念、鎮魂の祈り――が、多くの人々の心を揺さぶりました。

     

    1957年アトリエにて

     

    ■ 「一瞬一生」、最期まで描き続けた祈り(1974年)

    3月8日、心筋梗塞により62歳で逝去。アトリエには未完の《渚〈ナホトカ〉》が遺されていました。生涯で57点のシベリア・シリーズを描き、「生きることは、私には絵を描くことでしかない」という言葉を残しています。

     

     

    1945年、香月泰男は、ソ連に抑留され、シベリア、クラスノヤルスク地区のセーヤ収容所で強制労働に従事しました。これが原体験となり、その後の作品全体の主題・背景となります。香月が絵画に込めたのは政治的な主義主張ではありません。

     

    あくまでも一人の画家の個人的な想いを描いたものであり、家族への愛情や自然の美しさ、運命に翻弄されることに対する怒り、悲しみ、諦め、そして希望といった普遍性を持つテーマが込められています。

     

    渚〈ナホトカ〉
    山口県立美術館所蔵

     

     

     

     

     

     

    香月泰男は、一生を「シベリア・シリーズ」の制作に打ち込む一方、夫人の婦美子さん、息子さんたちの温かい家族に囲まれ、ふるさと三隅をこよなく愛し、身近な風景や家族、動植物などをテーマに色鮮やかな多くの作品も残しています。

     

    廃材を利用したオブジェ作品「おもちゃシリーズ」も高い人気を呼んでいます。

     

    《犬と散歩する人》1969

     

    その創作拠点となったアトリエの自宅の庭には、シベリアから帰国の際に持ち帰った「サンジュアンの木」が大きく育っています。

     

    香月の庭にあるサンジュアンの木

     

    そんな作品の一つひとつを読み解きながら、香月泰男の生き様の軌跡をたどり、家族との強い絆や深い人間愛を描きたい―その思いをドキュメンタリー映画という形で具現化することにしました。

     

    生涯こよなく愛した三隅での婦美子夫人との生活を中心に描いていきます。2年余りにわたって家族に宛てて送り続けた絵手紙(ハイラル通信)や、遊び心たっぷりに作ったオモチャなど、香月画伯の独自の世界をあますことなく映画に表現します。

     

     

    《動物》

     

     

    映画「サンジュアンの木 – 画家 香月泰男」

    戦後80年・仙崎港引揚80周年特別企画

    脚本・監督 五十嵐匠

     

     

    香月泰男役 萩原聖人

     

    映画「島守の塔」は完成するまでに、さまざまなハードルが次々と立ちはだかりました。  

     

    それらを全てを乗り越え、完成させて下さった五十嵐監督。「生きる証」に対するその執念は香月氏と同じものを感じます。  

     

    監督と香月氏が残したかったものを、またともに「執念」をもって作りあげられる事を心から楽しみにしています。    

     

     

    香月婦美子役 伊勢佳世

     

    この度、香月婦美子役を演じさせていただきます伊勢佳世です。

     

    「夫の右手」という婦美子さんが泰男さんのことについて書かれた本を読んだ時、なんて素敵なご夫婦なんだろうと、すごく温かい気持ちになりました。

     

    羨ましいくらい良いコンビだな、と思ったので、今回演じる上で、萩原聖人さん演じる泰男さんとのコンビ感やご夫婦の温もりを大切に演じたいと思っております。  

     

    また、五十嵐監督とのきっと熱くなるであろう撮影の日々もとても楽しみです!      

     

     

     

     

    2026年

    2月 シナリオ決定稿上がり

    3月 現地調査

    4月 撮影準備

    5月 撮影

    6月以降 編集

    10月 完成予定

     

    完成後、上映される劇場はまだ未定です。

     

     

     

    ■脚本・監督 五十嵐 匠

     

    「サンジュアンの木の下で」

     

    山口県大津郡三隅町(現長門市)出身の洋画家香月泰男-。香月泰男は昭和の時代を代表する洋画家の一人です。

     

    「ここが<私>の地球だ」と言ってふるさと長門をこよなく愛した香月は生涯故郷を離れることなく、人間愛と平和をテーマに創作活動を続けました。

     

    太平洋戦争によって召集を受け満州へと渡り、シベリアで約二年間もの抑留生活を送った香月は帰国後、兵役と抑留体験を元にした「シベリア・シリーズ」を描きました。香月はシベリアの収容所からサン・ジュアンの豆を持って帰って家の庭に埋めました。

     

    香月は妻婦美子に言いました。「自分が死んだら分骨して、サン・ジュアンの木の下に埋めてくれ。サン・ジュアンの木に生まれ変わったら、孫たちがよじ登ってくれるだろう・・・」。50年以上たった今も、三隅町の香月の自宅の庭にはサン・ジュアンの木が朝の光を浴び、黄金色の輝いています。

     

    映画「(仮題)サン・ジュアンの木-画家香月泰男―」は、画家香月泰男没後50年に際し、長門市が誇る世界的洋画家香月泰男の生き様を、生涯こよなく愛したふるさと三隅町(現長門市)での日常と、シベリアでの人間的葛藤と共にドキュメンタリー映画(一部ドラマ)として描くものです。

     

    世界的絵画「シベリア・シリーズ」を中心とした数多くの代表作の他、二年余りにわたって家族に宛てて送り続けた絵手紙(ハイラル通信)や、遊び心たっぷりに作ったオモチャなど、香月泰男の独自の世界をあますことなく映画化し、画家香月泰男の人間的魅力と作品の深さ、そして素晴らしさを全国に発信するものです。                                

     

    【監督作品】

    ⻑編ドキュメンタリー映画「SAWADA」(1996)毎日映画コンクール文化映画グランプリ。
    映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」(2000)(浅野忠信主演)毎日映画コンクール 主演男優賞。
    映画「HAZAN」(2003)(榎木孝明主演)ブルガリア・ヴァルナ国際映画祭グランプリ。
    映画「⻑州ファイブ」(2007)(松田龍平主演)ヒューストン国際映画祭 グランプリ。
    映画「二宮金次郎」(2019)(合田雅吏主演)
    映画「島守の塔」(2022)(萩原聖人、村上淳、吉岡里帆、香川京子・監督脚本)。
    映画「じょっぱり-看護の人 花田ミキ」(2024)(木野花、王林、伊勢佳世・監督脚本)ブルガリア映画祭赤十字特別賞。

     

    ■香月泰男映画制作実行委員会 委員長 上田俊成

     

    ある時、先生が「絵というのはこう描くんだよ」と言って、さっとデッサンを描かれたことがありました。それは風景の木だったと思います。見事なものでした。「先生、それをください」と言ったところ、「こんなものをもらってどうする。自分で描け」と言われましてね・・・。「今から外へ行って、自分で描いてこい」と。そんなことを言われたのを今でも思い出します。  

     

     先生とは、長門市三隅出身で日本の昭和画壇を代表する香月泰男画伯です。

     

    私の大津高校時代の恩師であり、私自身、美術を教えていただきました。大変にお世話になりました。今でも当時の授業の一コマが脳裏に蘇ります。

     

     卒業後、先生から自宅に「ちょっと来ないか」と呼ばれたこともありました。何とも独特な雰囲気を持った先生で、本当に心の優しい方でした。あの当時を思い出すと、胸がいっぱいになります。

     

    香月先生は「ここが<私>の地球だ」と言ってふるさと三隅をこよなく愛し、生涯、ふるさとを離れることなく、「人間愛と平和」をテーマに創作活動を続けられました。従軍とシベリア抑留という過酷な体験から誕生した名作「シベリア・シリーズ」はいつの時代にも世界的に高い評価を受け続けています。

     

    そんな香月先生を映画で描きたい―五十嵐匠監督の長年の思いが実現しようとしています。

     

    香月先生の没後50年となった2年前に、この映画の話が持ち上がり、今年は生誕115年を迎えます。「戦後80年・仙崎港引揚80周年」という節目の特別企画としても映画制作が進んでいます。

     

    私自身、「何とか形にできないか」という思いで委員長の役をお引き受けしました。この映画が素晴らしい成果となり、長門の誇りとなる作品になることを心から期待しています。

     

    どうか皆さまのお力で、このドキュメンタリー映画が末永く語り継がれ、長門の誇りとなる作品になりますことを心から願っています。

     

    昭和16年山口県長門市生まれ。國學院大學卒業。飯山八幡宮宮司、山口県神社庁長、神社本庁理事、山口県文化連盟会長、長門市文化振興財団理事長を歴任。現在、松陰神社名誉宮司・顧問。

     

     

     

    ■香月泰男に魅せられて 俳優 池波志乃さん

     

    主人の中尾彬は、俳優活動以前に画家を目指して、当時の武蔵野美術学校に通い、シベリア鉄道でパリに行ったという。志はともかく画家は断念して俳優となったが、好きな絵は描き続けていた。

     

    私も絵画鑑賞は好きだが、中尾のおかげで見方も変わり、海外でのスケッチ旅行に同行して、光、色、空気、香り、風を感じることを覚えた。二人で美術館や画廊をめぐり、美術関係の本や画集はどんどん増えていった。

     

    中でも、中尾が一番好きな画家は香月泰男だった。山口県長門市での講演で、熱い思いを語ったほどだ。香月のリトグラフ『パリの屋根』十二枚は、細かく注文を出して額装し、ここ数年はリビング中にそれだけを掛けていた。

     

    そして中尾は、本人の希望どおりリビングに置いたベッドで……静かに穏やかに旅立っていった―― 

     

    四か月後、かねてからの遺言どおりに、墨とパステルで描かれた静物画と陶板画とともに「香月泰男美術館」に寄贈させていただき、本当は一緒に来るつもりだった美術館を一人でゆっくり巡った。 

     

    強烈に胸に迫ってくるシベリアシリーズと、全く違う素描の「ねぎ」「トマト」や「蝉」「かめ」等々、また妻と子供に向けて駐屯地から送られた、絵と文章で埋まった三六一通ものハイラル通信が、同じ慈愛に満ちた眼差で描かれたことをしっかり確認できた気がした。

     

    数奇でドラマのようなドキュメンタリーは、香月泰男の絵の魅力だけでなく、忘れていた大切なことを気付かせてくれるはずだ、私が立ち直れたように。

     

     

    ■香月泰男美術館 館長 斎藤郁夫さん

     

    画家香月泰男の代表作が戦争・抑留体験を描いた《シベリア・シリーズ》57点であることは、万人が認めるところでしょう。けれども香月はそのほかにも、ふるさとの風物、動植物、人物などを描き続け、生涯に3000点をくだらない数の油彩画を描いたといわれています。

     

    その旺盛な制作活動の現場となったのが、彼の生まれ育った長門市三隅の自宅アトリエでした。「生きることは、私には絵を描くこと」と語っていた画家の日々の様子は、画家自身が書いたものなどを通して、ある程度想像することができます。

     

    しかしすでに半世紀以上も前のこと。はっきりとしたイメージとして思い描くことは、もはや現代の私たちには難しくなっているといえるでしょう。

     

    それが今回の映画化によって、生き生きとした映像として描き出されるならば、家族とともに田舎に暮らしながらひたすら制作に没頭した一人の画家の存在を、より具体的にリアルに、それゆえいっそう身近に感じさせてくれるのではないでしょうか。

     

    生前の画家の姿を知らない私も、この映画に大きな期待を寄せつつ、その完成を楽しみに待っています。

     

     

    ■香月泰男が行きつけの理容院店主 塩田憲治さん

     

    香月泰男先生には、私の床屋によく来ていただいていました。

     

    散髪をしながら交わす何気ない会話の中で、奥様やご家族のことを本当に大切にされているのが伝わってきて、静かな語り口の奥に温かい人柄を感じたものです。

     

    そんな先生ですが、とてもお茶目な一面もありました。香月先生は髪をきれいにセットするイメージは嫌われるんです。私が「せめて散髪した時は、くしぐらい入れさせてください」と言うと仕方なく髪を整えさせてくれますが、「よし、できましたよ」とお見送りすると、先生は店の外で私に向かってニコッと笑いながら、せっかく整えた髪を自分でぐしゃぐしゃにしてしまうんです。

     

    そして眩しいほどの笑顔で帰っていかれる。その姿が何とも先生らしく、今でも思い出すと自然と笑みがこぼれます。

     

    シベリア抑留という過酷な体験を背負いながらも、どこか人を和ませるような優しさを持った方でした。

     

    今回の映画が、そんな香月先生の人柄や人生の思いを多くの人に伝えてくれることを願っています。

     

     

    ■元山口県立美術館副館長(在職中は香月泰男担当) 安井雄一郎さん

     

    「戦争を知らぬ人等(ひとら)が空港を有事拠点にしてゆく恐さ」。宮崎日日新聞の宮日歌壇にあった短歌です。この短歌でいう空港とは宮崎空港のことです。

     

    台湾有事を想定して沖縄など南方諸島からの避難民の人たちをどんな割合で西日本各地の自治体が引き受けるかの本格的議論が始まった、と新聞の社会面では報道していました。国は緊急時には直接自治体に命令できる法改正を検討しているともありました。

     

    あれもこれも遠く対岸の風景に見えていたものが、対岸ではなくなりつつあることに、いまなにが水面下で進行しているのか、想像するだになんとも緊張感を覚えます。

     

    戦争の傷跡を多少でも見知って幼い記憶に残している、戦争を知らない戦後世代(団塊)をはるかにはるかに超えて、本当に戦争を知らない世代が社会を動かしている現実も、短歌にあるように恐ろしい。こんな時代だからこそ、戦争体験を芸術として遺した先達の仕事がより重要さをましてくるのです。

     

    その筆頭にあげられる山口県三隅町(現長門市)出身の洋画家、香月泰男。私が、自著『香月泰男 凍土の断層「シベリア・シリーズ」を読み解く』(東京美術)の序文に、同書を「本当に戦争を知らない世代」に捧げると書いたのは、間違いなく香月先生からのメッセージを継承し、次の世代に中継ぎしていく使命を団塊の世代たる私たちが自覚しているからです。

     

    『サン・ジュアンの木―画家香月泰男』は、香月先生の没後50年に際して企画された、先生の記憶を再び今日に蘇らせてくれる大変意義深い映画作品です。より多くの方がたにみていただきたいと思います。とともに、とくに若い人たちが応援団になってこの企画をぜひ成功させて欲しい。そう切に念じています。

     

     

    ■漫画家 広中建次さん

     

    「人間が人間に対して殺し合いを命じるような組織の上に立つ人間を私は断じて認めない。戦争を認める人間を私は許さない」

     

    画家・香月泰男の言葉です。 香月画伯の代表作「シベリヤ・シリーズ」には反戦のメッセージが強く込められています。

     

    世界のあちらこちらで戦争が起こっている今こそ、日本でも戦後生まれの戦争を知らない世代が政治を行っている今こそ、この映画を観て欲しいと切に願います。

     

    5万円、10万円、20万円、50万円、100万円、200万円のリターンとして複製画をお送りします。以下の複製画からお選びいただけます。

     

    クラウドファンディング終了後に、ご希望の番号と作品名をメールでおうかがいいたします。 詳細は2026年7月1日までにメールでご連絡します。 ぜひ今からご希望の複製画をお考えいただけると幸いです。

     

     

    複製画(中)専用マット付額装商品

     

     

    複製画(中)サイズ

     

     

     

     

     

    複製画(大)専用マット付額装商品

     

     

    複製画(大)サイズ

     

     

     

    映画の制作には宣伝費を含めて約4800万円が必要です。これまでも資金調達をしてまいりましたが、残りの約1800万円の内、500万円をクラウドファンディングで集めさせていただく予定です。

     

     

     

    現代を生きる私たちは、直接戦争を体験することがなくなりました。

     

    戦後80年が過ぎ、人々の記憶からあの時代が遠ざかろうとしています。しかし世界のどこかでは、今も戦争が起きています。誰かが故郷を奪われ、家族と離れ、寒さや恐怖に震えています。 

     

    そんな時代だからこそ、香月泰男の作品は大きな意味を持ちます。     

     

    映画という表現は、香月泰男の心の動きを、絵画とは別の角度から伝えることができます。

     

    雪の静けさ、息が白く凍る音、仲間の小さな笑い声、凍土に差し込む薄い太陽――それらを映像として再構築することで、香月の世界をより多くの人が“体験”できるようになります。  

     

    しかし、こうした丁寧で時間のかかる制作は、大きな経済的支援なしには実現できません。クオリティを妥協せず、香月泰男の魂に向き合う作品にするためには、多くの方の力が必要です。

     

    「未来に残すべき物語」を私たちとともに作り上げていただきたいのです。

     

    香月泰男という一人の画家の人生は、巨大な歴史の中の小さな点に見えるかもしれません。しかし、その小さな点が、誰かの心を揺さぶり、価値観を変え、生きる力を与えることがあります。

     

    芸術とは、そうした目に見えない力を持つものです。

     

    だからこそ、この映画を通して香月泰男のメッセージを次の世代へ手渡したいのです。 映画制作に向けたクラウドファンディングは、その第一歩です。皆さま一人ひとりの支援が大きな力になります。  

     

    どうかこの挑戦に、力を貸してください。凍える大地の中で見つけた“人間の光”を、多くの人の心へ届けるために。 香月泰男が生涯描き続けた祈りを、映像という新しい形で、未来へ受け渡すために。 

     

    自作のオブジェを眺める香月

     

     

     

     

    掲載している名称および画像は香月家より掲載許諾を得ています。

     

     

     

     

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