朝ドラ『風、薫る』(NHK総合)の第10週目には、新たな重要人物が登場した。夕凪という名の女性である。彼女は内科での実習がスタートしたりん(見上愛)と直美(上坂樹里)の新たな患者であり、直美のルーツに関する情報を持っているかもしれない存在。つまり、私たち視聴者がいまもっとも知りたいことを、彼女は知っているかもしれないのだ。

     しかし彼女を“重要人物”としたのは、これだけが理由ではない。夕凪(村上穂乃佳)は女郎であり、男とともに心中を図ったことで、りんたちの元へと運ばれてきた。彼女の登場がもたらしたものは、爽やかな朝とはほど遠いものだっただろう。私たちはここから、いったい何を読み取ることができるだろうか。

     本作は、激動の明治の世を舞台に、ふたりの“トレインドナース(=正規に訓練された看護師)”の活躍を綴っていくもの。りんと直美は医療の知識や技術だけでなく、看護をするうえで必要になってくる観察眼と、他者の痛みに対する想像力を養っているところだ。現在は夕凪の人生の一端に触れ、女郎という存在がどういうものなのか、実感を持って捉えつつある。

     夕凪が初登場を果たした第49話は、どうにも気分の滅入るものだった。瀕死の状態であるにもかかわらず彼女は床に放置され、医者が吐き捨てるように口にしたのは「女郎はあとだ」という言葉。一緒に運ばれてきた男と夕凪の命は、同等に扱われていなかった。

     そのうえ、意識を失って身動きが取れずにいるのに、男の両親からは厳しい言葉で怒鳴りつけられる。こうなってしまった理由は語られていないのに、なぜか彼女ひとりが責任を負わされている。彼女をはじめとする人々が当時の世でどんな存在だと認識されていたのか、りんも直美も私たちも、たちまち誰もが理解したことだろう。

     やがて目を覚ました夕凪は、一命を取り留めてしまったことを嘆き、「また地獄に戻んなきゃなんない」や「死んだほうがまし」といった言葉を並べる。生きることがどれだけ困難なのか、そして社会からどんな扱いを受けているのか、彼女の口からも語られたわけだ。これから仕事に復帰するとなると、こうして休んでいる分も借金として背負わされることになる。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(2025年/NHK総合)で遊女のうつせみ(小野花梨)が“足抜け(=逃亡)”に失敗し、ひどい折檻が待っていたことを思い出す。たしかに地獄であり、助けるほうが酷だともいえる。

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    リアルサウンド 映画部

     前作の『ばけばけ』(2025年度後期)にも遊女のなみ(さとうほなみ)というキャラクターが存在していたが、『風、薫る』の夕凪とはその描かれ方がまったく違っていた。彼女は遊郭から抜け出すことをずっと望んでいたが、夕凪が発したような言葉を口にすることはなかったし、なみはいつだって明るかった。

     いや、このように書くのは不適切だ。たしかに、なみは朗らかな人物だった。しかし私たちは、彼女のそんな一面しか見ていなかったともいえる。彼女だって誰かと並んだときに、対等に扱われなかった経験があるかもしれない。あの溌剌としたキャラクターだって、“地獄”を肌で感じることがあったかもしれない。『ばけばけ』は作品のトーンがコミカルなドラマだった。だからいくらヒロインの友人だとはいえ、なみが直面する負の側面までは描かなかったのだろう。

     しかし『風、薫る』は、ここを真っ向から描こうとしている。夕凪が直面する問題を描くことは、あの時代を生きていたある一部の者たちの人生を、ひいては社会を、描くことにもなるのではないだろうか。続く第11週はこれまで以上にシリアスなものとなりそうだが、そこでりんも直美も私たちも、いままで知らなかった他人の痛みを知ることになるはずである。

    ■放送情報
    2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
    NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
    NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
    NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
    出演:見上愛、上坂樹里
    脚本:吉澤智子
    原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
    制作統括:松園武大
    プロデューサー:川口俊介
    演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
    写真提供=NHK

    折田侑駿

    折田侑駿
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    1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、文学、服飾、酒場など。敬愛する映画監督は増村保造。

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