「司馬史観」という言葉に代表されるように、かつては多くの作家や知識人が自らの「史観」を盛んに世に問いかけていました。しかし、最近は「史実」の真偽に注目が集まる一方で、「史観」についてはあまり関心が持たれなくなっているようです。法政大学の河野有理教授は、新刊『日本史はいかに物語られてきたか』(新潮選書)において、戦後に発表された様々な史論を振り返りながら、「史観」衰退の謎について迫っています。同書の「はじめに」を抜粋・編集し、試し読みとして公開します。
***
本書が扱うのは戦後思想史、とりわけ戦後日本の政治思想史である。ただし、「戦後日本の政治思想史」という言葉で普通にイメージされる構成──たとえば戦後論壇を彩った知識人の主著の梗概(こうがい)を時系列で紹介していくスタイル──を本書はとっていない。
思想史を描くにあたり本書が着目するのはもっぱら「日本史」である。それぞれの論者が描く日本史、あるいは彼ら彼女らが立論にあたって前提にしている日本史を俎上にあげ、その特徴について分析し、相互に比較していこうというのである。
ここで言う日本史とは、さしあたり「本能寺の変の真犯人は誰か」とか「国鉄下山総裁事件の真犯人は誰か」といった個別の史実のことを指しているのではない。とはいえ、なぜそうした特定の史実の解明が、時にはそれを種にした謎解き歴史ミステリーとして広く人口に膾炙することになるのかという問題は重要である。
特定の事実(織田信長や下山総裁の死の真相)が「史実」となり、その他の無数の事実(たとえばこの本の筆者が昼食に何を食べたか)が史実として扱われないのはなぜなのか。それは端的に言えば、多くの人にとって織田信長や占領期の国鉄総裁の死の真相の方が、この本の筆者の昼食より重要であると感じられるからであろう。そしてそこには、織田信長や占領期の国鉄総裁の挙動を、日本史の大きな流れを考える上で重要と見なす歴史の見方(史観)がある。
この「史観」こそが何が重要な歴史の対象かを決めるのであって、その逆ではない。仮に時の権力者より名もない庶民の生活が大事だという「史観」に立てば、筆者の本日のランチの内容も二一世紀の庶民の生活史を描く上で意味のある史実となるだろう。本書が扱うのはこうした意味での「史観」である。
本書では本職の歴史学者だけではなく、作家や批評家、政治学者や社会学者や人類学者の残したテクストを多く扱った。というのも、専門の歴史家は「史観」の露出にしばしば消極的だからである。専門や学問のしばりに拘泥しない著作家の方に豊かな「史観」が見られることがある。たとえば、「国鉄下山総裁事件の真犯人」の謎に挑戦したノンフィクション『日本の黒い霧』(一九六〇年)で著名な松本清張も、その中には含まれている。事件の真犯人に興味があるからではない。この事件を含む占領期の怪事件を扱う清張の史観を検討することに意味がある。これが本書の立場である。
保守や革新、右翼や左翼という出来合いの軸にそれぞれの論者をマッピングしていく式の戦後政治思想史のイメージを、本書では「史観」という視点から眺めることで革新していくことを目指している。ここで扱われるそれぞれの論者の主張や構想は、その「史観」と密接不可分に結びついている。表面的な対抗関係や同盟関係は、しかし、その地下茎の如き「史観」から見れば、また異なったつながり方や、離れ方を見せてくれるのである。戦後の思想空間を、異なる史観が競合する豊かな「史論」の空間として描き直してみたい。
戦後を独自の「史論空間」として描こうとする本書の姿勢の背景にあるのは、近年における「史論」の衰退という問題意識である。日本社会においてある論者が特定の主張をするときに、そこに必然的に「史観」が含まれるという構造は近年(おおむね二一世紀に入ってから)壊れつつあるのではないか。戦後がある種の史論空間であるとするならば、その衰弱は同時に戦後の終わりでもあるのだろう。史論空間としての戦後の興亡を見直すことで、史論なき時代、史観なき社会への備えとしたい。本書のささやかな野心はこのようなものである。
(以上は本編の一部です。詳細・続きは書籍にて)
