「建築」という視点で見たときに久しぶりに「書(&描)きたい!」と思える新作映画に出会った。5月26日に渋谷の試写会で見た『新凱旋門物語』だ。一般公開は2026年7月17日(金)とまだ先なのだが、細部を忘れそうなので感想を書いておく。
久しぶりに『シネドラ建築探訪』のスタイルでイラストを描いてみた(イラスト:宮沢洋)
筆者(宮沢)は、人に自慢できるほどの映画ツウではないが、2023年に『シネドラ建築探訪』(日経BP 日本経済新聞出版)という本を出している。その前の2年間くらいは、「建築」や「建築家」と接点のある映画・テレビドラマをとにかく見まくった。その中から「人に薦めたくなる」「語りたくなる」作品をイラスト入りで解説したのが、この本だ。

その後も、それ系の新作映画は大体見ている。どれも「なるほど」とは思ったものの、「あの本に載せたかった」と悔やまれるものはなかった。筆者は重度の建築好きなので、「建築」そのものであれば、どんなものでも褒める自信があるのだけれど、「映画」はそれほどのツウではないので、相当のインパクトがないと心が動かないのだろう。
そんな筆者が言うので、たぶん、この映画は建築好きであれば誰が見ても面白い。

新凱旋門物語
原題:L’Inconnu de la Grande Arche/英題:The Great Arch
7 / 17 [金] 公開
106分 フランス・デンマーク
監督・脚本:ステファン・ドゥムースティエ
出演:クレス・バング、スワン・アルロー、グザヴィエ・ドラン
原作:「新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ」 ロランス・コセ著 北代美和子訳(草思社)
字幕:齋藤敦子
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ、デンマーク王国大使館
協力:ユニフランス
公式サイト:https://mimosafilms.com/thegreatarch/
公開前にどこまでストーリーを言っていいのかわからないので、あらすじは公式サイトをコピペする。
STORY
1983年、パリ。ミッテラン大統領はフランス革命200周年を祝う新モニュメントの建設を構想していた。国際設計コンペで選ばれたのは、無名のデンマーク人建築家ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセン。イタリア・カッラーラ産の大理石によるキューブ状のアーチと、そのふもとに雲のような屋根が浮かぶ大胆なプランは、大統領の心を射止め、彼を一夜にして時の人にした。しかし、完璧を追い求める彼の前には、予算や政治的圧力、周囲の思惑が立ちはだかる。理想を貫くか、現実に折り合いをつけるか。巨大プロジェクトの渦中で、一人の建築家が下す“ある決断”とは――。
これを書いた配給チームの方には大変申し訳ないのだが、このあらすじには筆者が「面白い」と思った肝心の部分が書かれていない。多くの人に見てもらいたいので、勝手に一文加えさせてもらうとすると、「~周囲の思惑が立ちはだかる。理想を貫くか、~」の間にこの内容↓が抜けている。
「コンペ案に共感して協力を名乗り出たフランス人建築家、ポール・アンドリューとも、次第に溝が深まっていく。」
2人の溝が深まっていく過程が、(建築好きにとっては)この映画の核心である。
実際のポール・アンドリューの印象は、実直な“仕事人”
スプレッケルセンは「誰?」と思う人が多いだろうと思うが、ポール・アンドリューはこのサイトをご覧になる方なら大体知っているだろう。筆者が書きたいのはアンドリューの方だ。(スプレッケルセンのプロフィルについては、映画のストーリーそのものになってしまうので、ここでは、極力触れない)
ポール・アンドリューは1938年、フランス・ボルドー生まれ。フランス工科大学、ボルドー国立美術学校卒業。パリ空港公団に在籍し、1974年に開港したシャルル・ド・ゴール空港のターミナル1の設計を皮切りに、ターミナル2、ターミナル3など拡張計画の設計に関わり続けた。
パリを訪れたことのある人は、シャルル・ド・ゴール空港のデザインが記憶に残っている人も多いだろう。出世作となったターミナル1は、外観は円形の要塞のようだが、内部の独創性、未来感がすごい。円形の中庭をガラスチューブ(段差のないエスカレーター)が多方向から交差する。SF映画のワンシーンのようだ。
このガラスチューブは、この映画の中でも、スプレッケルセンとアンドリューが信頼を築く舞台として描かれていた。
アンドリューは、ターミナル1が開港した1974年には36歳だった。デザイン力はもちろんだが、周囲を動かす調整力や先読み力がずば抜けていたことが想像できる。
この映画の主題である「グラン・アルシュ(新凱旋門)」(1989年竣工)も、アンドリューの代表作とは言われないものの、アンドリューの力があって実現したものだ。
筆者はてっきり、コンペで当選したスプレッケルセンが建設途中(1987年)で亡くなったから、アンドリューがその後を引き継いだのだと思っていた。だが、この映画を見ると、コンペ後の早い段階から協働していたようだ。
再び映画の名セリフ。スプレッケルセンが「キューブ」と言っているのは立方体を門型にくり抜いた形のグラン・アルシュ(新凱旋門)のことで、協力者のアンドリューは最初からこれを「アーク(聖櫃)」と呼んでいるのがその後の伏線
アンドリューはスプレッケルセンよりも9歳若い。映画の冒頭でも描かれるように、スプレッケルセンは1983年のコンペ時(54歳)には建築家としてほぼ無名だった。だが、45歳のポール・アンドリューはすでに世界に名を馳せていた。そのアンドリューが、「共同設計者」ではなく、「実現に徹する」サポート役として協力することをスプレッケルセンに申し出る。映画通りなら、めちゃくちゃいいやつである。
だが、映画の中のポール・アンドリューは、悪人とまではいわないものの、スプレッケルセンの案を実現可能な方向へと変えていく“敵(かたき)役”として描かれる。そしてあるとき、お互いにキレてしまう。さて、どうなる、という映画だ。
筆者は、前職時代に2度、アンドリュー本人を取材したことがある。2度とも大阪市が建設した「なにわの海の時空館」(2000年竣工、現・THE JEWELRY)の取材。最初は施工段階、2度目は完成後だった。
このときのアンドリューの印象は、実直な“仕事人”。偉ぶることは全くなく、質問に対して具体的な数字を交えながら丁寧に答えてくれた。外国人建築家が日本で手掛けたプロジェクトには「絵だけ描いたのでは?」と思えるものも少なくないが、アンドリューは少なくともこのプロジェクトに関しては細部まで把握していた。当時は、「パリ空港公団副総裁」という経営者の顔も持っていた。組織で偉くなるのもよくわかる、という感じの人だった(悪い意味ではなく)。2018年10月に80歳で亡くなった。
そんな本物のアンドリューを知っているので、映画の中盤くらいからは、敵役であるアンドリューに「お前は悪くない」「がんばれ」とエールを送りながら見てしまった。
軽い下書きだけで一発で描けたポール・アンドリュー。けっこう似てる(イラスト:宮沢洋)
「あなたはスプレッケルセンとアンドリュー、どちらに共感しますか?」というのが監督の狙いであろうから、まんまと術中にはまってしまったわけである。
実際のグラン・アルシュは「いいのか悪いのか微妙」
この映画は106分の作品として面白いことに加え、筆者に“今後への勇気”を与えてくれた。それは、「建築を伝えるうえでの“物語”の意義」についてだ。
この映画の演出で感心したのは、最初から最後まで、完成した「グラン・アルシュ」の姿が一度も映らないこと。それは確かに重要で、完成したグラン・アルシュが名建築なのかそうでないのかは、映画を見た人が想像するものとして残したのだろう。
筆者は実物を2度訪れたことがあって、2度とも「ふーん」くらいな印象だった。パリには、I・Mペイのガラスのピラミッドやらピアノ&ロジャースのポンピドゥーセンターやら、現代建築の傑作がゴロゴロある。そういうものを見た後では、「まあ、それなりだ」くらいにしか思えなかった(あくまで私見)。
しかし、この映画を見た後で次にこの建築を見るときには、全く違うテンションで見ることができると思う。「これがスプレッケルセンとアンドリューの格闘の結果か!」と。
そういう楽しみとして、映画内では完成像を見せなかったのだろう。なので、筆者も写真をたくさん持ってはいるのだが、ここでは写真は載せない。
「建築を伝えるうえでの“物語”の意義」に話を戻すと、筆者は、一般の人に建築の面白さを伝えるのには“物語”の発見が重要だと思っている。だが、考えてみると、これまでは「有名建築」か「知られざる名建築」のどちらかについてだけ書いてきたように思う。このグラン・アルシュのように「いいのか悪いのか微妙」という建築は取り上げてこなかった。普通に考えれば書きにくい。そんな題材にここまでの物語を付与することができる、という事実は、筆者に大きな勇気を与えてくれた。
原作は日本語でも読める。『新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ』 ロランス・コセ作/北代美和子訳/草思社刊(2024年)
ちなみに「知られざる名建築」の物語では、筆者が最近書いたこの記事↓も結構面白いと思うので、ご興味があれば読んでみてほしい。(宮沢洋)
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