朝日新書『教養としての新宿・歌舞伎町 立ちんぼから半グレまで、裏社会の現在地』
阿形充規
2026/05/23/ 08:00
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久田将義(ひさだ・まさよし)編集者。1967年東京都世田谷生まれ。明大中野高校ではラグビー部に所属。法政大学卒業。マーケティング会社を経て三才ブックス、ワニマガジン社、ミリオン出版(現・大洋図書)、月刊「選択」、「週刊朝日」などに在籍。月刊「実話ナックルズ」編集長などを経てニュースサイト「TABLO」編集長。主な著書に朝日新書『教養としての新宿・歌舞伎町 立ちんぼから半グレまで、裏社会の現在地』など。(写真・石村望)
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暴排条例の施行でヤクザは10万人から2万人に激減した。しかし、社会から忽然と姿を消した8万人はどこへ行ったのか。ジャーナリスト・久田将義氏がこの問題に切り込むと、「伝説の右翼」と呼ばれ、歌舞伎町の生き証人でもある、阿形充規氏は重い口を開いた。「手放しで喜んでいられない」。彼が証言したのは「ヤクザ排除の代償」、今の社会を蝕む、より巧妙で悪質な存在の出現だった。国が進めた“正義”の裏で、一体何が起きていたのか。(2026年5月13日発売の朝日新書『教養としての新宿・歌舞伎町』から一部抜粋)
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「消えた8万人」はどこへ
──10万人と言われていた渡世の人(ヤクザ)は今、全国で2万人ぐらいと言われています(注:暴排条例の影響で激減した)。でも残りの8万人は「消えた訳ではない」じゃないですか。
阿形氏 だから私は誰かに聞かれると必ず言う。10万人いて、8万人の人間が減った、その人たちがどうなっているか、ただ無造作に法律を作ってそれで少なくなったって手放しで喜んでいられない。
8万人の人たちが5年間はレッテルを貼られるわけ(通称「5年ルール」※)。その人たちがいったい何をやっているのか。いつも私はそのことを言っている。
やることが逆なんですよ。法律を作る前に、「これから厳しくなるぞ、今度は刑が3年になるぞ。ここで自分の生きざまをどう変えていくか考えろ」とか、最初にそういう部分をある程度しといてからなら、分かるけど順序が逆なんですよね。
※通称「5年ルール」/ヤクザを辞めてから5年が経たないと暴力団の組員と同じと警察に見なされる。
阿形氏 (ヤクザ人口が)10万人から3万人を割ったと当局は手放し状態で喜んでいた。暴対法ができたときは新宿でテントまで張って暴対法に反対した団体がけっこうありました。あの当時、地回り(ヤクザが自分たちの縄張りを見回ること。パトロールに似ている)の人たちがいました。
業界の人たち(ヤクザの意)は何かあれば飛んできてカタをつけてくれました。今はそういうことがなくなったから、商店街の人たちも、以前のほうが良かったってことになります。だからクラブだけじゃなくて、気の利いた高級な小料理屋なんて歌舞伎町にはなくなってしまいました。
──そういう富裕層が、もうこの街には行きたくない、と。
阿形氏 そうそう。見るも無残ですよ。それでも頑張ってやっている人はいますけどね。だから私は付き合いでそこに行ってあげるんです。「渡世人がいてくれたときのほうがよっぽど良かった」って言われるんですよ。
20年くらい前は、中央懇親会というのがあって、関東にある主だった団体からみんな何人か入って、それを月当番でやって毎月新宿で食事会をやりました。でも、その食事会もどんどん弾圧されました。
──争いをなくそうという会合ですよね。それがダメになったんですか。
阿形氏 暴排条例でダメになりました。(昔は)月当番で必ず何人かで、加盟している団体が当番制で各組織が月ごとに地回りしていたわけです。悪さするヤツらに、街の様子が分かるように、いわばデモンストレーション(ヤクザが見回っているというアピール)です。そういうことがあったけど、今は歌舞伎町なんて若い男がゴロゴロ立って、女の子に何しているのか分からない。良くないですよね。
──ホスト、キャッチとかにもタチが悪い人間がいますよね。
阿形氏 区役所通りの先に、ポン引き(旅行者など土地に不案内な人をだまし、金品を巻きあげる人)がいて、スピーカーで、中国語、韓国語、英語、日本語で「気をつけなさい」って流しているんですよ。その下で堂々とキャッチ行為をやっている。それでウチの若いヤツらが行って忠告して引っ叩いちゃった。そうしたらウチのヤツらが捕まりました。
記事は書影の下に続きます。
排除の”空白”が生んだトクリュウ
──暴排条例は警察行政の失策だと捉えています。あの条例施行以降、トクリュウみたいな人間が街で目立ちます。この構図をどうお考えですか?
阿形氏 その通りです。例えばこの道(区役所通り)を歩いていて、夜になって一人で何回か回っていると必ず誰かにあとをつけられて声をかけられる、警察も来たりします。
──阿形さんが、ですか?
阿形氏 いや、私なんかはないけど他の人間は大概そうです。
時々すました顔して、私が背広をキチッと着ていると、(私のことが)分からなくて声をかけてくる。そうすると若い衆が見ていてすっ飛んで来て、「てめえ誰に向かって話しかけてんだ」って(苦笑)。
──そういった歌舞伎町独特のルールと景色がありますよね。この街の良さってなんだと思います?
阿形氏 ヤクザが絡んでいて、高級クラブがあって、お互いに分かり合いながら共存共栄していったところがあったことです。取材もしていないマスコミが「見かじめ料」だとか「上納金」だとかくっつけていますけどね。
──恐喝的な感じのニュアンスですからね。
阿形氏 そうです。見かじめ料なんてうまいこと名前をつけています。それは脅して取っているような言葉でしょう。違いますよ。新宿の良さっていうのはね、私は水商売のことをいっぱい知っているから言うけど、確かに何かもめ事があると警察は来ますよ。来てくれるけど、注意して帰ってしまいます。そうすると今度は逆恨みされて、嫌がらせをされます。でも昔はそういう店にそれぞれの人(ヤクザ)がなんかの関係で行っていました。
例えば私の知り合いがどこかに行ってガチャガチャッとやったりすると、そこの親方が「阿形さん、ウチで生意気やったヤツから阿形さんの名前出たんだけど、ウチがこうやって面倒見ているから頼むよ」と。それで均整が取れていました。
──20年前お話ししたときも、そうおっしゃってましたね。
阿形氏 そうそう。私なんか千社札(せんじゃふだ)作ったら、ある人間が店に行ったとき、「飲みツケお断り」の下に私の千社札貼ってあったと言っていました(笑)。
* * *
阿形氏が語る「トクリュウ」の正体とは。その他、歌舞伎町で暴れまわり、23歳で殺された愚連隊リーダー・三木恢とは何者だったのか? あの”大物都知事”との裏面史とは? ここでは紹介できなかった証言の数々。その全貌は朝日新書『教養としての新宿・歌舞伎町』で。
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久田将義
1967年東京都世田谷生まれ。明大中野高校ではラグビー部に所属。法政大学卒業。マーケティング会社を経て三才ブックス、ワニマガジン社、ミリオン出版(現・大洋図書)、月刊「選択」、「週刊朝日」などに在籍。月刊「実話ナックルズ」編集長などを経てニュースサイト「TABLO」編集長。主な著書に朝日新書『教養としての新宿・歌舞伎町 立ちんぼから半グレまで、裏社会の現在地』など。
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